人質生活15日目
アリディンバリスの王城。
レジナルドが書いた手紙が届き、それをみんなで読む。
国王は不思議がった。
「またトーラティカ語で書かれているな。いつまで格好をつけ続けるつもりなんだ?通訳が書いたものを写すだけでもそれなりの手間がかかるだろうに」
上の妹がからかった。
「もしかして下のお兄さまはアリディンバリス語を書けないのでは?我が国の言葉で手紙を書くより、イチから隣国の言葉を習ったほうが早いのかもしれません」
臣下や国王、下の妹が笑う。
第一王子が手紙を読んだ。
「”乗馬を始めた。食事は量をわきまえており、酒も飲んでいない”」
国王は疑う。
「あいつがそんな真っ当に過ごしているわけがないだろう。間者の報告は?」
臣下が上がってきた報告をそのまま伝える。
「おおむね、そのように過ごされているようです。食卓でも礼儀作法を守り、契約通りに与えられた邸宅から出ず過ごされているかと」
「なんと…そうか。あまりにも人質として不相応な振る舞いを見せれば毒を飲ませ、病気にするか殺すかして人質を交換するつもりだったが、まだ我慢しているようだな?」
「驚くほど問題を起こしておりません」
下の妹、第二王女イザベラが言った。
「まだひと月も立っていないことをお忘れなく」
兄である第一王子ブレンダンが、手紙の結びを読み上げる。
「”今になって、どれだけ従者に世話になっていたのかを痛感する。ぜひ第一使用人の名前を教えて欲しい。それでは、敬愛する国王様に遠い場所からお辞儀を。愛する兄、上の妹、下の妹にハグを。皆の無事息災を願っている”」
「…ふん!」
「どうせ他の者に考えさせた文章なのですから!」
妹は2人は、不愉快そうに部屋から出て行ってしまった。
第一王子が父に問う。
「誰も返事を書かないのなら、また私が書きます。いいでしょうか?」
国王は手をヒラヒラさせながら首を振った。
「そんなことに時間を割くな。第一使用人の名前を教えろと書いてあったな?今後はそいつに返信させるようにしよう。お前がレジナルドの手紙なんぞに気をかける必要はない。で、その従者は今何をしている?」
臣下は顔を見合わせた。
誰も何も言わない。
「なんだと!?王子付きの第一従者だった者の所在を誰も把握していないのか!?侍従長を呼べ!」
――――――――――
「お呼びでしょうか、国王陛下」
深く頭を下げる侍従長の脇に、見覚えのある顔があった。
「おお、早いな。もう見つけてきたのか」
「見つけてきたとは?」
頭に?を浮かべている侍従長を無視して、国王はレジナルドの元従者に、手紙を投げつけた。
「これを読め。ああ、トーラティカ語で書かれているから、通訳に手伝ってもらうがよい。お前はレジナルドの第一使用人だったな?これからは手紙交換の役職を与える。間者からの報告もお前に上げさせるようにするから、何か問題があった時だけ私に繋げ」
侍従長が驚いた顔をした。
「そうでございましたか。私は高齢ゆえ、もうお暇をいただこうかと考えていたのです。彼はレジナルド第二王子様のワガママや無茶な行動に耐え、王子様の従者が何人も交代している中で8年も仕事を続けてきました。また、継続勤務も20年を超え、人柄も良く、慕われておりますので、彼に役職を譲ろうと指導していたところなのです」
「待て待て、暇だと!?聞いていないぞ?」
「後進を育ててから退職願いを書こうかと…」
「ならぬ。お前は母の代からこの城を守ってきてくれた。死を持って去ること以外は許さん」
「そんな…!もう目も悪く、体もあまり動かなくなってきたので、職務の遂行に不安がございます…」
「ならぬと言っているだろう!なら、レジナルドの従者!お前を侍従長補佐官とする。いいか?」
「…は、はい」
「よし。手紙交換の仕事と補佐官の仕事は兼務できるな?」
はい、と答えるしかなかった。
「くれぐれも手紙と間者からの情報は、使者から直接聞くように。スパイの存在がバレぬよう内密に…そうだな、手紙交換の仕事はレジナルドの部屋を使え」
「お父さま!」
第一王子が割って入る。
「お約束いたします。手紙の返信を書くことはしません。しかし、どうしても弟の近況が気になるのです。その手紙交換の場に出席させて下さい。お願いします」
国王は悲しそうな顔をした。
「早かれ遅かれ、何らかの問題を起こして帰って来るんだ。また見たくもない顔を見ることになる。それなのになぜレジナルドの事を心配するんだ?」
「家族ではありませんか!」
「…」
レジナルドの元第一使用人は国王に向かって口を開いた。
「…エイデンと申します。手紙交換の仕事をやり遂げられるよう、全力を尽くします。しかし私だけでは能力不足です。聡明な第一王子様に同席していただければ、それより心強い事はありません」
――――――――――
ドッドォッドドッドドッドッドォッドドッドドッ!
地面が揺れる。
発酵焙煎チョコレート号が興奮し、暴れていた。
「耐えてください!そのうち大人しくなります!!」
「…!!!!」
「手綱は引かず、体を立てて!」
「…!!!!」
インストラクターの声が響く。
何事かと屋敷の中から使用人達が出てきてしまった。
「戻ってください!見慣れない人を見て怖がってしまう事があります!」
セーラの声を聞き、使用人はエントランスへ戻った。
遠巻きに様子を伺う。
レジナルドは馬上で恐怖に固まり、絶句している。
焙煎発酵チョコレート号はドドッと地面が振動で揺れるような足踏みをやめ、少しずつ冷静さを取り戻していく。
興奮状態が収まりウロウロ歩き出したので、レジナルドはやっとあぶみから両足を抜き、踏み台が無い地面に飛び降りた。
ダッシュでセーラの方へ逃げてくる。
「怖かったぞ!」
馬係が横から近づき、発酵焙煎チョコレート号の手綱を取った。
セーラにしがみつくように怯えているレジナルドは涙目だ。
「今日の乗馬はここまでにしておきましょう。馬の上で騒いではいけません。わかりましたね?」
今日は虫が多く、レジナルドは乗馬中に虫を追い払うように腕をブンブン回し、声を出して喚いたのだ。
怯えた発酵焙煎チョコレート号が常歩をやめ、バックし出したのでつられてレジナルドも慌てた。
足で腹をバンバンと蹴り前進する指示を出しながら、しかし手綱は急停止させるように何度も強く引いたので、焙煎発酵チョコレート号は混乱してしまった。
興奮して体を揺らし、ドドドドと強く地面を蹴って暴れた、というわけだ。
「…なんだと!まずは謝罪だろうが!インストラクターのくせに!」
「馬が暴れたのはレジナルド様が馬上で大声を出して虫を払おうとしたからです。馬は臆病な生き物だとお伝えしたでしょう。人がどう振舞うかで、馬も…」
「もういい!」
レジナルドは怒鳴った。
「もう…もう乗馬なんてやめだ!大体、今まで馬に乗ってこなかったんだから、これから馬に乗れるようになる必要も無いんだ!」
「レジナルド様!」
「もう来なくていいぞ!フン!」
乗馬インストラクターに背を向け、怒りながら屋敷へ向かう。
血が上った状態で歩いたので、つまずきそうになった。
よろけながらエントランスへ入る。
――――――――――
屋敷の中に戻ったレジナルドは、怒りながらヘルメットやグローブを脱ぎ、床に投げつけた。
他に怒りをぶつけられそうな調度品を探したが、良い具合に手に取れるようなオブジェは何もない。
キョロキョロしているレジナルドに、使用人が駆け寄り話しかける。
「レジナルド様、お茶の時間にしましょう」
「…ああ………」
「ご自室でお召し上がりに?」
「…そうだな」
使用人はマシューに助けを求めた。
マシューは茶と菓子が乗ったワゴンを押す使用人と共にレジナルドの部屋へ行く。
部屋の中から鈍い音が聞こえてきた。
ノックをして扉を開けると、レジナルドが部屋の壁を蹴っていた。
マシューはレジナルドの粗暴な行為を見てみぬふりをして、いつもと変わらぬ雰囲気で話しかける。
「今日のおやつは季節のフルーツのタルトだそうです。でも、希望があればシャーベットにも…」
レジナルドはボソッと答える。
「…タルトでいい」
「なら私もご一緒させてください。何があったんですか?」
レジナルドは虫がまとわりついてくるのが嫌で、馬上で声を出して騒いだこと。馬が暴れて静まるのに5分ぐらいかかり、その間、落馬するんじゃないかと思って怖かったことを話した。
目からはポロポロ涙が落ちる。
「ああ、レジナルド様はこういうとき背中をさすってもらいたいタイプですか?」
「ほっとけ!」
「ほっときます」
「…すごく怖かったんだ」
マシューは相槌を打ちながら話を聞いた。
季節のタルトがワンホール無くなってしまうぐらい長話をする。
「怖かったんだ!」
「わかりますよ。私も何度落馬したことか」
「怖かったんだ…!」
「ショックでしたね」
「あと、セーラに怒られた」
「インストラクターの仕事ですから」
「もう乗馬はやめる。来なくていいと言った」
「怒られたからですか?」
「そうだ。本当に腹が立つ…俺は別に、発酵焙煎チョコレート号を驚かせたくて大声を出したわけじゃない。虫を払いたくて、ついうっかり騒いでしまっただけなんだ。それなのに、あんな風に怒鳴りつけて…本当にムカつく!わざとやったわけじゃないのに!!!!クソっ!」
「セーラ様はレジナルド様をしかったわけじゃありませんよ」
「いいや!怒りのこもった声でしかられた。なんでそんなことしたんだ、愚かな、っていう風に…すごく屈辱的だ!怒りで胸が苦しい…!」
「いいえ、怒ったのは振る舞いについてです。レジナルド様という人間をしかったわけじゃないと思います」
「なんだと?どういう事だ」
「”人”と”こと”を分けて考える事が大切です。うっかり馬に踏まれたり、変な落ち方をすれば、ケガをするどころか死んでしまう危険性もあるでしょう?レジナルド様という”人”を守るために、馬上で騒ぐという”行為”をたしなめたのです」
「…でも、でも…すごく腹が立つ…人から怒られるのは嫌だ…」
昼食に呼びに来た使用人に、マシューはもう少し後で行くと告げた。
「そうですよね。普通の声の調子で怒られるだけでも嫌な気分になるのに、怒鳴られるとより強くストレスを感じますよね。でも、怒る側が”人”と”こと”を分けて考えるように、怒られた側も”感情”と”事実”を分けて考えなければなりません」
「…」
レジナルドはグスッと鼻をすすった。
マシューはハンカチを渡す。
「怒られた事に腹が立つのは、人間の生理的な反応なので、どうしようもありません。しかられてムカつくのは、運動したら喉が渇くのと同じように、当たり前の事なんです」
「…そうなのか?」
「誰だってしかられると悲しい気持ちになりますよ。私だってそうです。でも、事実は事実として改善していかなければなりません。実際に馬に乗る前に、色々習ったでしょう?例えば、真正面や真後ろから馬に近づいてはいけないとか」
「ああ…馬は臆病な生き物だからと、そういう注意を受けたな…」
「あれも馬を思っての事ではなく、結局人間に危害が及ばないようにするための注意なんですよね。後ろ足で蹴られたり、突進して突き飛ばされたりしないように…」
「わかるぞ。わかるが…わかるがっ!!!!それでもムカつく!!!!」
「心の整理には時間がかかるでしょう。とりあえず、ランチにしませんか?」
「…そうだな」
ダイニングルームへ移動し、いつもより少し遅い昼食を取る。
「それで、レジナルド様。明日は上級使者様が街へ連れていってくださる予定ですので、どちらにしよ乗馬はお休みです。なので、乗馬を習うのを辞めたいとお考えになられているようですが…」
「…うむ」
レジナルドはキノコのソテーを頬張る。
マシューもキノコのソテーをフォークで刺した。
「明日一日、ゆっくり考えてみてください。考えが変わるかも知れませんよ。乗馬が出来ると色々便利ですし」
「どう便利なんだ?」
「馬に乗れると………」
「…」
「馬に乗れるんです!」
「明日、街で新しい通訳を見つけてこないとな?」
――――――――――
夜。
アリディンバリスの古物屋に、シーツに包まれた”常に濡れている仮面”が持ち込まれた。
シーツはシケっていて気持ち悪い。
「…これはっ!」
古物商の手が震える。
南の山脈にある巨大ダンジョンから発掘されたエイシェント・レリクス・シリーズの模倣品だ。
模倣品ではあるが、現代の技術で作られているので、元々の遺品より精巧な品である。
使用人のうち、ひとりは落ち着いていたが、もうひとりは顔が青い。
「で、いくら?」
「…」
古物商は答えた。
「ひとり65万ゴールド、御3方合わせて195万ゴールドでいかがでしょう」
「すごい!」
「…」
兵士の分は預けたままにして、使用人たちはカネを受け取り古物屋を出た。
「65万ゴールド!前のお金と合わせると、もう半年分の稼ぎを…」
「…あのさ、もうやめない?」
「!?」
「もう125万ゴールドだよ?これだけ貰えれば…」
「私だけでも、盗み続けるけど?」
「えっ…」
「あなたの分も貰えるから、一人で130万ゴールドかぁ~、夢が膨らむなぁ~♪」
「………ちょ、ちょっと怖くなっただけだし、やっぱりまだこの”副業”を続けようかな。あれだけガラクタみたいな工芸品が転がってるんだから!」
「そうそう、誰も気付かないでしょ?」
――――――――――
レジナルドの元第一使用人、エイデンは、久々に主人のレジナルドの部屋に来ていた。
魔法道具のランプに明かりを灯し、部屋をぐるりと見渡す。
「少し乾燥しているな…人がいないとこんなものか」
宝石箱を開け、中を見る。
「もう少しで侍従長になれる所だったのに…遠回りか。国王め。まあいい…」
レジナルドから届いた手紙と、間者からの報告を読み返す。
「想像よりずっと大人しくしているようだな…これなら贋作づくりに宝石を出しても、急に帰ってきて慌てる事にはならないだろう」
ピンク色の宝石がついた指輪を出し、ハンカチに包んでポケットに入れた。
「今日、貴金属の照会をしたばかりだからな。次にここを覗くのは1ヶ月後…それまでに贋作が完成すればよいのだが。まったく、侍従長になればこんな心配もせず、宝石箱を丸ごと持ち出せるのに」




