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人質生活14日目

朝から使者が屋敷の扉を叩く。

手紙が執事からマシューに、マシューからレジナルドへ渡る。

「ちょっと待て!俺はまだトーラティカ語に通じて無いぞ!」

「おおっと、そうでしたね。お読み上げを」


フィリップ王子が演じる上級使者からの手紙だった。

「”明後日、城下町へご招待したい。生活に必要な道具が不足しているだろうから、そこでお好みのものを買い求められるとよい”」

「ふむ!」

レジナルドはアゴを撫でた。

買い物は人生、人生は買い物だ。

人質とはいえ屋敷の敷地内とその周辺しか歩けないなんて気分が腐ってしまう。

散財で城下を湧かせてきたレジナルドの血が久々に騒いだ。


手紙を読み、マシューも納得した。

「(探していただきたいとお願いしていた180kgまで計れる体重計が何台も見つかったのだろう。それをレジナルド様に直接見せて選ばせていただけるとは!さすが王子様は心がお広い。いや、本人が選んだなら文句も言えないだろうからクレーム避けだろうか?どちらにしても賢いお方だ)」


まさか人質に高額なものをねだらせ、祖国に恥をかかせる算段だとは夢にも思うまい。

「私も同行させていただきますが、具体的に何をお買い求めになられるおつもりですか?」

「全部♪」

「馬を出して!買い物をやめるように伝達を…」

「ウソウソウソウソ!!!!冗談だ冗談!!!!」

レジナルドは必死の形相だ。

「冗談に決まっているだろう!まあ、透けない封筒と紙だな。アリディンバリスの王家に手紙を送らなければならないが、この屋敷にあるものは、いかにも貧相で俺に相応しくない」

「そうでしたか。気付かずに申し訳ありません」

「いや、本来ならレターセットを持ってくるものだからな…」

貴族や王族はレターセットを入れた専用のレザートランクを持ち歩く。

紙類、ペンとインクだけではなく、封蝋が推せるようにスタンプ、蝋、蝋を炙る用のロウソク、ロウソクに火をつけるマッチが一緒に入ったものだ。

高貴な身分の人間や商人など、日常的に手紙を書く必要がある人間なら旅行先にまで持っていくのが常だった。

「しかし、俺は…手紙をまともに書いたことが無かったからな。いつも従者に代筆させていた。服や工芸品を持ってくる事ばかり考え、レターセットの事は考えもしなかったんだ」

「仕方がありませんよ。あまり大きな声では言えませんが、我が国の先王様が何の荷物も持たずにアリディンバリスへ向かうとおっしゃられたんですよね?ただ、本来ならばある程度の調度品を持っていくのが礼儀らしく…。レジナルド様とご家族の王族の皆さま、臣下の皆さまには、我々の先王様に合わせていただいた形となってしまい、申し訳なさを覚えます。常識的に必要な道具も持ってこられず、最低限の服と雑貨だけとは…」

「ま、まあ、そうなるのか…?うむ、許す許す!」


まさかレターセットの重要性を人質になってから初めて認識したなんて言えない。

明後日あさって、文房具屋に寄っていただけるようにお願いしましょう」

「うむ!」


――――――――――


アリディンバリスの王城。

使用人2人が掃除道具を積んだカートを押し、こっそりレジナルドの部屋に侵入する。

目撃者がいない事を確認して、扉を閉めた。

2人は紙とペンを出し、部屋の中にある骨董品、工芸品、オブジェ、ありとあらゆる価値のありそうな調度品をメモしていく。

色、形、素材。

「これって…」

「…こっちは?」

あらかたメモし終わると、サッと部屋から出て行った。

本来の仕事である、隣の部屋の掃除を始める。


――――――――――


今日は昼食にキャサリンとバーバラを呼んだので、乗馬のレッスンは中止だ。

そのことを告げると、乗馬インストラクターのセーラは丁度良かったと言う。

「今日は装蹄そうていを呼んでいたんですよ。装蹄作業の見学にしようと思っていましたが、また機会があるでしょう」

「装蹄師はやはり蹄鉄ていてつ投げも上手いのか?」

「全員が上手いのかはわかりませんが、連れてきた装蹄師はホースシューズの世界チャンピオンです」

「せ、世界大会があるだと!?」

「ええ。彼女はソロ部門、デュオ部門、トリオ部門、スクアッド部門、エクストリーム部門(※蹄鉄の重さが約20kgある)、ブラインド・ホールド部門、バックスロー部門、ストーンシュー部門、ウッドシュー部門、すべてでメダルを獲得している、ウチの牧場の名物装蹄師なんです」

「石の蹄鉄や木の蹄鉄って蹄”鉄”って言わないだろ…?もう装蹄とかどうでもいいから、蹄鉄投げを見学したいな…?」

「最近新設された部門のロングスローに今は挑戦しているそうです。普通のホースシューズでも杭まで12m離れていますが、遠投部門だと120mも先にある杭に投げなければならないので、肩を鍛えているみたいですよ」

「えぇ…」


――――――――――


伝説のホースシューズプレイヤーはともかく。

レジナルドはキャサリンとエロイーズを出迎えた。

父のマシューが2人をハグする。

レジナルドは、昨日練習したトーラティカ語をさっそく披露した。

「シェフも食事を振舞えるのが嬉しいと言っているぞ」

「ありがとうございます。ところでお食事と言えば、この国の食べ物はお口に合いますか?」

エロイーズの質問に、レジナルドは照れながら答える。

「俺の体型を見ろ」


エロイーズは笑った。


――――――――――


4人は使用人が引いたチェアに座り、ダイニングテーブルについた。

茹で卵がエッグスタンドに置かれて出てきた。

レジナルドは殻を割ろうとナイフを叩きつける。


スコーン!


「卵の先端が飛んで行ったぞ!?」

驚くレジナルドにシェフが耳打ちした。

「シェルブレーカーで割ってあるんです。ナイフやスプーンで叩き割る必要はないですよ」

レジナルドは恥ずかしくなり、カッと顔を赤らめた。

いつもは従者に卵の殻を剥かせていたので知らなかったのだ。


――――――――――


「うむ、旨かったぞ!シェフ、素晴らしい仕事だ」

いつもは放り出したり皿に叩きつけたりする布ナプキンをそっと畳み、上品にテーブルの上に置いた。

キャサリンとエロイーズも満足そうだ。

「素晴らしい食事でした」


シェフがサプライズを用意していた。

「みなさん、デザートはお庭に移動してお召し上がりになりませんか?」


庭に出ると、ガゼボに帆布が張ってあった。

「おおっ、これなら日差しが熱くないな」

横側にも半透明なカーテンが張ってある。

風は通るので涼しく、見た目が美しい。

4人が席に着くと、焼きたてのアップルパイが出された。

付け合わせは生クリームのホイップ、バニラのアイスクリーム。

そしてお約束でキャラメルソースがかかっている。

「この組み合わせはどの国でも変わらないというわけか!」


最初から生えているように、バニラのアイスクリームにはミントの葉が乗っていた。

庭に賑やかな笑い声が響く。


――――――――――


「レジナルド様は歌や楽器は演奏されないんですか?」


レジナルドの動きがピタッと止まった。

王族はもちろん貴族、階級は平民でも財産がある家庭では、たしなみとして楽器のひとつも習うのだが…。

「俺は音楽鑑賞が好きなんだ。あくまでも、聞くほう」

「そうなんですね」

「色々聞いてきたな。古典はトーラティカでも好まれているだろう?昨日キャサリンが吹いてくれた”転生したら壊れた時計だった件~1日2回正しい時刻を指しますが、何か?”は何度聞いてもいいな!」

「そう言ってもらえて嬉しいです。演奏した甲斐がありました」

「歌もよかったぞ!第2章の”きっかり1時間遅れている時計にライバル視されています~店の正面ウィンドウから追放されて嬉しい~紫外線直撃環境を望んだライバルお気の毒様”の高音が透き通っていて、心が震える歌声だったな!」

「フフ、魔法学校の音楽科に進学したほうがいいかもしれませんね」


――――――――――


レジナルドとマシューは、馬車に乗り込む2人を見送った。

「満足だ。久しぶりに音楽の話を心ゆくまでしたぞ」

「…レジナルド様、トーラティカ語が上達されましたね!もっとも、古典劇や音楽の話で出てくるのはもっぱらモルリヴァールの単語ですが」

「ん?そういえば、古典は共通の語を使うな」

「モルリヴァール語なんですよ。いにしえの大国、芸術の都、転生てんせいさせ女神めがみに愛された音楽の聖地。今では経済も政治もアレでアレな感じですが…」

「言われてみれば、古典演劇はモルリヴァールで書かれたものが翻訳されているだけだからな。ふーん…」

「勉強は興味があることを題材にすると早く進みます。もしよろしければ、音楽や演劇をテキストにしてみませんか?」

「すばらしい!ナイスアイディアだぞマシュー!」


――――――――――


屋敷の2階、何に使われているわけでもない、ちょっとした部屋。

「1階は全て使用人達の住居、洗濯場、キッチンなど、屋敷の運営に使われています。2階は私の仕事部屋、執事の部屋、手紙を届けてくださる使者の待機部屋などがありますが、空き部屋もありますからね。…この部屋を図書室にしませんか?」

「うっ…」

「?」

「勉強には興味が出てきたが、読書は嫌だ。誰かに文字を読み上げてもらって、それを聞く方が頭に入る」

「もちろん、それでもいいでしょう。使用人に頼めば本を音読してもらえますよ」

「いいのか!?じゃあライブラリーを作るぞ!!」

「ええ。ではさっそく、明日、町の本屋でトーラティカ語の本を購入しなければなりませんね」


――――――――――


場所は変わってアリディンバリスの古物屋。

兵士が使用人の書いたメモを持ってきた。

高齢の古物商が、じっくりとそのメモを読む。

「…書いた本人たちは?」

「使用人があまり宿舎を留守にすると怪しまれるからな。俺が代わりに持ってきた」

「ふむ…いくつか気になるものがありますね。まずは宝石からでしょう」

「宝石はまずい。侍従長じじゅうちょうは貴金属保管職も兼ねてる。城を練り歩いて、月に一度は各部屋の宝石箱の中身が無事かどうかを確認してるんだ」

「どうやって?」

「どうやってって…宝石箱を見るんだ。こう、中身を出して…」

「鍵は?」

「かかっていない。従者や侍女が、すぐに王族の着替えを補助できるように、いつでもひらいている」

「なんとまあ。レジナルド第二王子様は鍵のかかっていない宝石箱の中に宝石を残していったというわけですか」


兵士と古物商は声を出して笑い合う。

「けどな。やっぱり宝石はダメだ。無くなったことがバレるだろ?侍従長はリストを見ながら、一個一個宝石があるかどうか確認するらしい。絶対にバレる」

「なるほど、贋作も本物を近くに置かなければ作れませんしね…残念です。それなら、この美術品はどうでしょう?」

「”湿っている仮面”?オエッ、気持ち悪いな」

「私の予測が当たっているなら…断言して模造品ですが、それでも価値があります。なんらかの魔法がエンチャントされているか、水の魔法石が埋め込まれているはずです。前回のように布にくるんで持ってくるように。くれぐれも、関わる人を増やしてはいけません。盗みがバレやすくなりますよ」


――――――――――


気分が良いレジナルドは庭を散歩することにした。

厩舎の近くへ寄ると…小さな山が動いている。

「山の精霊だ!土魔法が使えない俺にも見えるぞ!!おーい誰か!」


見慣れた厩舎係がヌッと顔を出す。

乗馬用グローブを貸してもらっていた、馬の世話をしてくれる使用人だ。

「どうされました、レジナルド様?」

「見ろ!山の精霊が馬と遊んでいるぞ~なんて可愛らしい光景なんだ」

「彼女はオービター牧場から来た装蹄師ですよ」

「えっ…」


2m50cmぐらいある女性がこれまた巨大な爪ヤスリ(おもしろいことに、人間が使う爪ヤスリをそのまま巨大化した形をしている)を握りながらやって来る。

「レジナルド様!お会いできて光栄です。トーラティカへようこそ!」

「ワァッ…人間だった…」

「?」


――――――――――


「ハッ!」


装蹄師が投げた蹄鉄は一直線に杭に向かい、カランカラァン!と金属と金属がぶつかり合う気持のいい音させた。

「うまいな!」


百発百中、見ていてスカッとするほど上手だ。

「俺にも投げさせろ!」

「どうぞ」

「それっ!」


ぼてっ…


「距離感を掴むために、中間地点へ投げた。次が本番だ。それっ!」


ぼてっ…


「一度左へずらしておかないとな。キャリブレーションに必要だった。次が本番だ。それっ!」


ぼてっ…


散歩へ出たまま、なかなか戻ってこない主人をマシューが迎えに来るまで楽しく遊んだ。


――――――――――


アリディンバリスの城下町。

大衆演劇はここ10年20年で広まり、それまでは貴族や金持ちの趣味だった観劇は、市民にも広く親しまれるようになった。

とある劇場の支配人が声を荒げる。

「最後の練習をするぞ!明日は初公演だ!」


仕事が速すぎる支配人、兼興行主は、レジナルドの上の妹、第一王女から受け取った台本を元にした舞台を企画した。

演奏もそれらしくつけ、俳優たちの練習も充分だ。


シンバルの音に合わせて幕が開く。

舞台の下にいるバイオリンやフルート、小太鼓が、劇に合わせて音楽を付ける。

「やあやあ、私はふとっちょ王子だ!市民どもよ…」


架空の国、架空の人物。

もちろん誰が見てもアリディンバリスの第二王子、レジナルドがモデルなのだが。

「兄や妹たちを異国へ人質に行かせるわけにはいかない!ここは私が…」


ちなみに演者は細身なので、服の中にクッションを詰めて体格をよく見せている。

「そんな!1日1食、水とカビしか食べられないだなんて…」


脚本家が険しい表情で隣の興行主に声をかける。

「ドアマット主人公は確かに人気演目の要素のひとつです。が!どんなにひどい仕打ちを受けている主人公でも、”水とカビの生えたパン”、”雨水と腐ってカビの生えた野菜”ぐらいが限界ですよ!カビそのものを食べれるわけないじゃないですか?書いていて苦痛でした!」


興行主は険しい表情を返した。

「前例踏襲でカネが稼げるか!いいか?インフレだけがエンターテインメントだ!!!!」


脚本家は引っ込んだ。

酷い仕打ちにあっている主人公を、とあるキャラクターが助ける。

「あなたは…転生させ女神!?転生させ女神様!私をここからお助けください!」


脚本家は、また興行主に顔を近づけ、耳元で話す。

「前回と、前々回と、前々前回と同じシナリオですが?書いていて苦痛でした!」

「客は”お約束”を好むんだ!いいか?期待してる展開が期待してるタイミングで来るベタさだけがエンターテインメントだ!!!!」


脚本家は引っ込んだ。

日中、営業をかけてきた転職エージェントの”登録だけでも…”という言葉が頭をよぎる。

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