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人質生活13日目

レジナルドは朝食を楽しんでいた。

「ひとりで食べるのもいいが、やはりマシューと食べるとトーラティカ語の勉強になるな」

「ありがとうございます。熱心に学ばれているお姿、故郷のご家族や臣下のみなさんにもお見せしたいですね」

「…そうだな」


レジナルドの声が小さくなった。

「俺は、あまり勉強してこなかったからな」

「そうはおっしゃっても王族ですから、朝から晩まで教師がついて大変だったでしょう?」

「まあな。だから逃げた!」

「ハハハ!」

「俺は勉強して決まりきった型にはまるより、自由な感性をのびのびと生かすことに向いている。そう悟ったんだ。マナーを覚えるのも、勉強をするのも、誰かに何かを押し付けられているだけじゃないか!」

「なるほど」

「それに、お兄さまにも言われたんだ。天真爛漫な方がお前は愛らしいし、皆から注目されるし、魅力的で、逞しく生きる力もつくとな」

「レジナルド様の特性を理解されていらっしゃったんですね」

「兄には感謝してもしきれない。俺が嫌になって何かから逃げ出すたびに、俺の味方になってくれたんだ。唯一の味方にして最高の理解者だった」


マシューは微笑んだ。

「きょうだいの仲が良いこと以上に素晴らしい事はないですね」


――――――――――


一方、アリディンバリス。

昨晩にかけて小雨が降り、夜が明けても王城は霧に包まれていた。

その霧の中。

城の北側出入り口から、2人の使用人が荷物を持ち出す。

布に包まれたそれは、レジナルドのコレクションのひとつだ。

「おい、それは何だ?」


兵士に呼び止められ、使用人はビクつく。

「ああ、ゴミなの、気にしないで!!!!」

「そうそう!私たち当直が終わって、宿舎に帰るついでに捨てに行くだけだから!!!!」

「ふーん。ずいぶん重そうだな。いま荷車を持ってきてやるよ」

「ううん!!!!!!!いいから!!!!!!!!!!!」

「気にしないで~~~~~~!!!!!!!」

「…なんか変だな?」

「………」

「………」


人間、度胸が無ければ悪事は働けない。

盗みを働いて平常心でいられるほうが珍しいだろう。

「…お願い、誰にも言わないで」

「レジナルド様の部屋から、高そうな置物を盗んだの」


シーツをめくり、チラッと赤いそれを見せる。

兵士は驚いた顔をした。

「!」

が、彼は度胸がある側の人間だった。

「…誰にも言わない。だから、一枚嚙ませろよ」


――――――――――


乗馬のレッスンでは、再び丘を回る。

常歩なみあしも板についてきて乗馬を楽しむ余裕ができた。

クリップ、クロップ、クリップ、クロップというリズミカルな足音が耳に心地よい。

蹄鉄と小石は相性抜群の楽器のようだ。

「乗馬の楽しさがわかって来たぞ!」

「道が整備されている丘ですので、馬柵うませから出てすぐの練習にうってつけですね。あまり自然が多い場所だと、馬が道草をってしまうんですよ」

「ハハハ!馬も緑が多い場所だとあちこち寄り道したくなるのか?」

「いいえ、文字通り道草をうんです。道に生えている草を食べはじめると、当然歩行も止まってしまいますからね。困りますでしょ」

「えっ…」

「森の中など道草をい放題ですから、なかなか前に進まないこともあります」

「あれって文字通り、そういう意味だったのか!?」


――――――――――


厩舎へ戻るとブラッシングを教わった。

馬の毛で作られたブラシで馬をブラッシングする事に面白みを感じる。


休憩しようと屋敷へ入った。

セーラは持ってきたレザートランクを、もったいぶってゆっくり開ける。

「前回のお話の通り、大きなサイズの乗馬用グローブをお持ちいたしました。カラーも豊富ですので、きっと気に入るものがあるはずです。”まずは”既製品をどうぞ…」

「ふふっ、まあ、そうだな…マシューのためにもワガママは言わないでおいてやるか」

「乗馬用品のワガママはワガママのうちに入りませんよ?」

商魂たくましい。

いつくか試着してみると、ピッタリのものが見つかった。

手をグッパグッパと握ったり開いたりして、着け心地を確かめる。

「色も黒でカッコいいなぁ~、うむ、これにしよう!」

「ありがとうございます。ところでこれは、今後の参考としてなのですが…」


オーダーメイドのグローブが次から次へと出てくる。

ド派手に着色されたものから、蹄鉄や四葉のクローバーなどワンポイントの焼印が押されたもの、背側がレザーではなく植物繊維の生地になっており風通しが良いもの、そして家系のシンボルが描かれたもの。

「…ああ」


レジナルドは、兄の乗馬グローブに王家のシンボルがついていたことを思い出した。

乗馬グローブだけではなく、ありとあらゆるものに王家の図柄を入れさせて、父である国王、臣下達を喜ばせていた。

シンボルが刺繡されたハンカチを話題に、楽しそうに貴族達と会話する兄。

兄とお揃いのものがほしくてねだったこともある。

「(俺も同じハンカチを持ちたいんだ!作らせてもいい?)」

「(それはレジナルドのためにならないぞ。王家の図柄を入れたモノを持つという事は、王位を継ぐ争いに参加するという主張でもある。レジナルドは私と国王の座を争うつもりなのか?)」

「(まさか!そんなつもりは…)」

「(王位継承のためには不断の努力を重ねなくてはならず、気が休まる瞬間が無い。暗殺や毒殺を恐れて四六時中警戒しなければならないし、笑って会話している相手の事を、心から信頼することもできない。わかるだろ?お前をこんな辛い目に合わせたくないんだ。王家のシンボルを身につけることはしないと約束してくれ。誰でも自由に使える図柄の中にも、品が良いモノがたくさんあるぞ?)」

「(…うん、わかった)」

「レジナルド様………レジナルド様?」


セーラに名前を呼ばれている事に気付く。

「ん?あ、ああ…」

「アリディンバリスの王家でも、城に仕立て職人を住まわせておりますよね?グローブも伝統的な作りの品をお持ちになられていましたでしょう?」

「いやいや!俺はもっぱら城下で被服を作らせていた。貴族ご用達の有名な仕立て職人ギルドがあって…そこに頼んでいたからな!伝統とはかけ離れたものばかり持っていたぞ」

セーラは微笑んだ。

伝統的な作りの被服や装飾品なら、素材の産地や職人の技術がバリエーションの限界。

しかし先進的なアウトフィットとなれば話は別。

レジナルドがその世界に親しんでいたのならセールストークも弾むというものだ。

「宝石などで装飾された、儀式向けのものもございます。火の魔法石の粉末が練り込まれた糸をご存じでしょうか?その糸をで織られた布を裏地にすれば、真冬でもポカポカです。さらに…」

「ああ!最高だな!」


心の中に引っかかる何かを見ないように、レジナルドは彼女の話に相槌を打つ。


――――――――――


トーラティカの王子、フィリップは城下の乗馬用品店に来ていた。

先触れが話を付けておいてくれたらしく、店の中には客がいない。

フィリップは護衛と共に店を見回す。

店の主人は手を広げて彼を迎え入れた。

「商人として、王族の方にお越しいただくのが夢でございました。今日はそれが叶い、恐悦至極に…」

「様々な工房の品を集めた店らしいな?」

「はい。わたくしはただのバイヤーですが、国内外から選りすぐりの逸品を集めてございます」

「高額な商品から説明してくれ」

「…かしこまりました」


商人は、どこかの乗馬インストラクターと同じ笑みを浮かべた。


――――――――――


「…こちらがモルリヴァールで11代続く馬具職人の家系の、グラス氏が手掛けたヘルメットでございます」

「いくらだ。先に値段を言え」

「198万ゴールドです」

「…愚かな」


邪悪のイチキュッパに胸が締め付けられる。

200万ゴールドあれば城壁のペンキをぐるっと塗り直すことが可能だろう。

トーラティカの王城は建国のその年から建っている伝説的な城なのだが、いかんせん老朽化が激しい。

フィリップは呆れながら尋ねた。

「ただの乗馬用ヘルメットに見えるが?」

「もちろん機能面で優れております。金剛アルマジロの殻が使われているので、乗馬中にモンスターに襲われても(ヘルメット本体は)無傷です」

「えっ!?それは凄いな!」

「さらに、内部にフェニックスの抜け羽があるんです。見てください!」

「おおっ!」

「フェニックスの羽は透明樹脂に封入されており、一度までなら使用者の命を助けるようなそんな雰囲気のあるデザインです。こちらはあくまでもそんな気がする見た目のデザインなのですが、縁起が良いので…所有しているだけでも不老不死になれる可能性があります」

「所有しているだけで不老不死に!?」

「さらに、毎年すべての商品が売り切れてしまうので…超貴重な限定商品で今買い逃すと二度と手に入りません」

「超貴重な限定商品で今逃すと二度と手に入らない!?」

「実は予約が入っていて、このヘルメットを買いたい顧客とこれから会わなくてはならないのです。その客以外にも世界中にコレクターが存在しておりますので投機商品としても…1年後には100倍の価格に上昇している可能性もあります」

「1年後に100倍の価値に上昇!?逆に儲けることが出来るのか!」

「フィ、フィリップ王子っ!!!!」


さすがに護衛が止めに入る。

「王子!!!!彼らはセールストークのプロです!口先三寸で家を建てるような者どもの話を真に受けてはなりません!」

「でもこのヘルメット…」

「なりません!」

「でも…」

温室育ちもそれなりに問題のようだ。

人生初の城下町ショッピングの結果、護衛の制止空しく、フィリップは購入契約書類に自筆のサインをキメていた。

「…なんのために乗馬用品店に来たんだっけな…ああそうだ!ええと、店主。後日この店を貸し切りにして客を呼びたいのだが。可能だろうか?」


商人は微笑んだ。

断るわけがない。


――――――――――


同じ城下町でも、こちらはアリディンバリスの古物商。

骨董品や魔法道具がガラスケースに入れられて、まるで博物館のような雰囲気の店内。

入り口の床…がキシキシ鳴るのならまだ理解できるが、どれだけ古い建物なのか、まさかの天井がキシキシと鳴っている。


女性の使用人2人と、他の兵士に仕事を頼んで抜け出してきた男が、進入禁止の円錐オブジェを持ち込んでいた。

メガネをかけた高齢女性が、拡大鏡片手に鑑定する。

「…これは、著名な彫刻家の作品ですね。エンチャントも唯一無二のユニークスキル、立ち入り規制魔法でしょう」


そして天気の話でもするように軽く聞く。

「盗品で?」

「…」

「…」

口ごもる使用人を横目に、兵士が堂々と答えた。

「そうだ」

「どこから入手を?」

「口は堅いだろうな?」

「こういったものを買い取らせていただいて、もう50年以上になります。キャリアでご判断いただければ」

「…王城だ」

「正直でよろしい。王城からの盗品はかなり多いですよ。というか有名な品なので、嘘をつかれたら買い取りを断るところでしたね」


その言葉にショックを受けたように、使用人たちが互いの顔を見る。

老婆はサラサラと話す。

「こちらとしても高く売りさばけそうなら、それ相応の額をお渡しできます。有名な貴族や王族のお品ですと、品物が平凡でもそれだけで価値が付くというもので…」

暗に誰の物だと聞かれ、買い取り額を増額させたい兵士は躊躇なく答える。

「レジナルド第二王子様の所有物で間違いない」

老婆の目が輝いた。

「ますます正直でよろしいですね。このように風変わりなオブジェを作らせるのは、そのお方以外にいらっしゃらないでしょう。第二王子様のコレクションの噂はかねがねお聞きしていましたが…この日を待っておりました」

「いくらになる」

「ひとり60万ゴールド、3人合わせて180万ゴールドでいかがでしょう」


使用人の顔がほころぶ。

兵士は違った。

「少ないな」

古物商は手のひらを見せ、振った。

「これだけでは」

「何だと!?」

「”第二王子様は国境の向こう。トーラティカの王城からすぐ近い、山のふもとで人質生活。帰ってくるのはいつになるやら”…怪しい古物屋の主人でも新聞ぐらいは読みますからね。で、わたくしとの取引がこれっきりとは。勿体のないお考えで」


共犯の3人は背中にうっすら冷や汗をかく。

古物商は進入禁止の円錐をそっと触り、呟いた。

「少しずつ、お支払い額を増やしていくとお約束いたしましょう」


――――――――――


「城へようこそ!」

午後。

風呂に入ってお気に入りの服に着替えたレジナルドは上機嫌だ。

覚えたてのトーラティカ語を使って、マシューの妻と娘を歓迎する。

「城、ではなく、カントリーハウス、屋敷、邸宅ですよ」

マシューの訂正を、人差し指を振ってチッチッチッチ!と否定する。

「ここは”俺の城”だ!そうだろ?」


苦笑しながらもマシューはレジナルドに家族を紹介した。

「妻のキャサリンです。キャサリン、こちらはアリディンバリスの第二王子、レジナルド様」

「レジナルド様、はじめまして。夫から手紙でご様子をお伺いしております。わたくしがお力になれることがあれば、何なりとお申し付けください」

「ああ」

「そしてこちらが、娘のエロイーズです。エロイーズ、こちらはアリディンバリスの第二王子、レジナルド様」

「はじめましてレジナルド様、お会いできて光栄です」

「ああ」


休憩がてらお茶を飲み、さっそくキャサリンのフルート、エロイーズの歌を聞かせてもらった。

「………!」

エロイーズの美しい歌声が、屋敷いっぱいに響く。

仕事をしていた使用人達は手を止め、流れる水は音をたてないようにゆっくり落ちる。

風も枝葉を揺らすのをやめ、小鳥は歌を聞くために窓枠へ集まった。

「素晴らしい!感動した!!!!」

スタンディングオベーションでレジナルドは彼女の歌を絶賛する。

マシューも久々に会った妻と娘に拍手を送った。

「キャサリン、エロイーズ、俺は数か月ぶりに音楽を聴いた…本当に、今までで一番感動したんだ、ありがとう」

「こちらこそ、褒めていただけて嬉しいです」


エロイーズが歌ったのは、この世界の転生てんせいさせ女神めがみを称える一般的な歌詞の歌だ。

ちなみに転生てんせいさせ女神めがみとは、ナーロッパ世界で広く信仰されている神で、異世界から魂やら肉体やらをナーロッパに運んできてくれるし、その逆でナーロッパ人どこか別の世界に送り出す…らしい。

女神に祈れば、それなりの確率で願いを叶えてもらえるので人気がある。

ただ遊びに来て帰っていくだけの場合もあるが、お土産をくれることもあるので憎めない女神だ。

「よろしければもう一曲…」

「ぜひ頼む!」


食事の約束を取り付け、その日は名残を惜しみつつ別れる。

レジナルドは彼女たちが帰った後、マシューの腕を掴み、初めて夕方から夜までトーラティカ語の勉強をした。

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