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人質生活12日目

小雨が降っていたので乗馬は中止だ。

その代わり、厩舎でロープワークを学ぶ。

「馬は放っておいたら逃げてしまいますから。しっかりと紐で木などに結び付けなければなりません」

「確かに、見たことがあるな」

餌場えさばや洗い場でも自由にさせておくとトラブルの元ですし、他の馬にちょっかいを出したりするので”降りたら結ぶ”を徹底してください」

「わかった!」


不器用なので、肝心のロープワークは何度やっても結べない。

「できたぞ!」

「馬に繋がっているほうのロープを引っ張ってみてください」

「ほどけたぞ!」

「そちらがほどけてはダメですね?」

「…」

「もう一度頑張ってみましょう」

「できたぞ!」

「では今度は、人が持っているほうのロープを引っぱってみてください」

「ほどけないぞ!」

「そちらがほどけなかったら困りますね?」

「…」

何度か練習したが、上手くできないので休憩することにした。

屋敷へ戻って茶を用意させる。

レジナルドはアームチェアにゆっくりと腰掛けた。

「このカントリーハウスで働く使用人は、ある程度アリディンバリス語が喋れる。俺のために集められたそうだから当然だが」


乗馬インストラクターはティーカップを持ち上げた。

「そうなのですね」

「だが、お前…じゃなかった、セーラは特に上手い。マシューは通訳という事もあって問題なく会話できるのだが、たま~に発音や語順に違和感を覚える。しかし、セーラの喋りは驚くほど流暢だ」

中身の減ったティーカップが、カチャリと小さな音をたててソーサに置かれた。

「出身がアリディンバリスなので。母の仕事でモルリヴァールへ引っ越し、そこで夫と出会い結婚しました。夫の家系は代々トーラティカで馬牧場を経営しており、今ではあとを継いで牧場主、というわけです」

「なるほどな」

「王子…じゃなかった、ええと、上級使者様から紹介していただき、レジナルド様とお会いできて嬉しいんです。私もたまにしかアリディンバリス語を喋らないので、たくさんお話しできて」

「たまには喋る機会が?」

「隣国ですからね。なんだかんだ第三国を通じて貿易もしておりますし、人の行き来が禁止されているわけでもございませんから、トーラティカにもそれなりにアリディンバリス出身の者がおります。もちろん、アリディンバリスにもトーラティカ出身の人間がいるでしょう」

「へえ…あまり考えた事が無かったな」

「そうそう、お礼を言っていませんでしたね。平和の懸け橋になってくださり、ありがとうございます。あなたは英雄ですよ」

「え、英雄!?俺が?」

「当然です。だって人質としておひとりで隣国にいらっしゃったのですから。私たちの先の国王様と引き換えにね」


レジナルドの顔がいつになく真剣なものになる。

「気が付かなかった…!つまり俺は、トーラティカの前国王と同じだけの価値がある人間、という事か?」

「…それは…どうでしょう…?」

セーラは困ったようなほほえみを浮かべながら、ティーカップを再び持ち上げた。


――――――――――


トーラティカの王城、フィリップ王子の執務室。


彼の元に経費の利用を申請する手紙が届いていたのだが、処理するのが面倒で放置していた。

しかし、本来の使者にマシューが苦情を入れたらしく、国王に告げ口される前に手を付けるかと、重い腰を上げて書類に臨んでいた。

差出人はレジナルドの住む屋敷の執事だ。

「”体重計を探したが、手近にあるものでは130kgまでしか量れず、しかたなく近隣の羊牧場から畜産用のはかりを借りてきて、屋敷のエントランスに設置した。至急、180kgまで計れる人間用の体重計を探していただきたい”…フフッ…!」


フィリップは肩を震わせて笑う。

文字まで震えないように注意しながら返信をしたためる。

「”人間用の体重計を探したり購入することは認められない。代わりに経費での立て替えを認めるので、羊牧場に新しい畜産用のはかりを買い直すように伝えろ。感謝の言伝ことづてが王家からあったと忘れず伝えるように。また、立て替え金とは別に、報奨金として50万ゴールドを羊牧場に与えろ。くれぐれも人質の名ではなく、王家の名の下に与えるように。”…っと。これでアホのレジナルドの住む屋敷には、動物用のはかりが置かれ続けるだろう。ハハハ!」


ひと笑いすると、冷静になる。

レジナルドをトーラティカから追い出すには、無駄遣いをさせることが重要だ。

しかし、彼は隣国の第二王子で、ちょっとやそっとの金遣いでは議論の俎上にのせることも出来ない。

「”予算が無い”のがネックなんだよな…どれぐらい使ったら批判できるのかがわからない以上、やっぱり金額ではなく、内容で攻めるべきだろう。人質という立場をわきまえない、母国アリディンバリスの、王家の面汚しになる様な、しょうもないカネの使い方をさせないと………やはり服、だな。しかし、面と向かって常識外れな金額の服を作れとそそのかせば、私のたくらみが露見してしまうし…どうしたらよいものか」


フィリップは以前、レジナルドが使える金額について議会で論じたことがある。

議員たちも宰相も、”良識的な範囲内。ケチ臭すぎず、かといって無尽蔵ではない額”というぼんやりした回答を述べていた。

まあなか貴賓きひんのように国同士がやり取りする人質なわけだから、決まっているのもおかしいのだろう。


経費利用の申請書はもう一枚あった。

「”乗馬用グローブを使用人に借りている状態であり、グローブを購入したいとのこと。いきなりオーダーメイドがいいと言い出し、通訳を困らせていたが、市販品で我慢していただきたいと説得”………!!!!」


ガタッ!とチェアから立ち上がる。

「装飾品!これだ!いきなり高額な服を買わせるのではなく、贅沢な装飾品をコツコツ買わせて件数を積み上げよう!」


フィリップは営業向きの性格をしている。


――――――――――


午後。

昼食を終えると、さっそくマシューを教師にトーラティカ語の勉強が始まる。

アリディンバリス語で書いた日記をトーラティカ語で書き直していた。

「”最近は、音楽を聴く機会がなく、寂しい”」

「では単語を置き換えていきましょう………レジナルド様は音楽がお好きなんですね?」

「ちょっと待て!綴りを間違ってしまった!」


レジナルドは紙を引っぱる。

「ノートを破かないでください!」

「だって格好悪いだろう?」

「いいえ、勉強では間違ったところが大切なんです。訂正の横線を引いて、間違いはそのままに新しく文を書いてください」

「いやだ~!頭をよく見せるために間違った部分は無かったことにしたい~!それに失敗を見返したらモチベーションが下がるだろ?」

「見た目は悪いですが、自分の不得意な部分を理解する方が上達に繋がりますよ。真の勉強は心の鍛錬でもあるのです」

「…わかった」


物腰が柔らなマシューがけっして折れない姿勢を見せる。

レジナルドはおとなしく従うことにした。


書き終わったレジナルドは顔を上げた。

「それで、さっきの質問だがな。歌唱でも楽器演奏でも何でも好きだぞ!」

「なら、今の環境は本当にお寂しいですね」

「まあな…劇場に連れ出してくれるのか?」

「流石にそれは。でも明日、妻と娘がこの屋敷を訪ねて来てくれる予定なんです」

「…俺のせいでお前は単身赴任だものな」


マシューは笑った。

「通訳の仕事はあっちへ行ったりこっちへ行ったりですから、家族は慣れていますよ。妻の実家がこの丘の下の町にあるので、ついでに顔を見せてくれるだけです。それでですね。妻はフルートを吹けるし、娘は魔法学校の合唱団に所属しているので…」


ミニ演奏会をどうでしょう、とマシューが聞く前に、レジナルドは笑顔になっていた。


――――――――――


夜。

パジャマ姿のレジナルドは、ベッドの下から宝物の入ったチェストボックスを引っぱりだした。

毎晩こっそり宝物を見つめ、明日への英気を養うのが習慣になっている。

一点一点手に取り、眺めた。

「…アリディンバリスに早く戻りたいな。俺の部屋にあるコレクションに誰も触れていなければ良いが」


――――――――――


少し時間が巻き戻って、昼頃。

アリディンバリスの王城、レジナルドの部屋。

彼は人質としてトーラティカへ送られたが、未だ彼の部屋は彼のものなので、荷物や調度品もそのままにされていた。

無人の部屋にもホコリは積もる。

第一王子からの命令で、仕方なく部屋の掃除に来ていた使用人が2人。

あるじの居ない部屋で自由に会話する。

「この宝石箱を見てよ!すごいね、指輪や腕輪がぎっしり…」

「侍従長が管理してるし、綺麗に並べられてるから、こんなの1個でも無くなったらすぐにバレるよ」

「そ、そんなことするわけ…」


ニヤリと口角を上げる。

「そもそも宝石なんて盗んでも売りさばけないよ。王宮お抱え職人のサインが入ってるんだから足が付いちゃうでしょ」

「…どういう意味?」

「ねえ、この進入禁止の円錐のオブジェ、凄いと思わない?これならそこら辺の古物屋で高く売れそう」

「まずいよ、そんな事…!」

「ちょっとさ、このオブジェを越えて向こうに行ってみてよ」

「!?」

「行けなくない?」

「進行を妨害する魔法がエンチャントされてるのかな?」

「ものすごく高価そう~」


2人の使用人の頭に、良からぬ考えが浮かんでくる。

「………私たちの他に誰がこの部屋に入ってくる?」

「………あの太っちょは永遠に戻ってこないだろうし?」


シーツに包まれたオブジェが、そっと部屋から持ち出された。

掃除道具を運ぶワゴンに入れてしまえば誰も気付けない。

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