人質生活11日目
レジナルドは前日に書いたアリディンバリスへの返信を、使者に託した。
まず内容を確認されてからアリディンバリスに送られるのだろう。
「(だが、兄からの手紙には破られた跡はなかった。封蠟もついたままだったし…不思議だ)」
たまたま執事が通りかかる。
帳簿を小脇に挟み、忙しそうだ。
「レジナルド様、もうすぐ乗馬の先生がいらっしゃいますよ」
「ああ執事、名前は何だったか?」
「ハインリヒです。偽名ですが」
「怖っ?!ええと、お前は魔法に詳しいか?」
「一般的な知識しか持ち合わせておりませんが、それなりには。風魔法の適性がございますので」
「封をした手紙を覗く魔法なんてないよな?」
「ございますよ」
「!?」
「ライトをぎゅっと絞って見るのです」
「光魔法か?」
「はい。真っ暗な部屋に入って、ライトを発動します。光量を多く、狭くして封筒に当てると、中の文字が読めるんです」
「…」
「魔法が使えなくても大丈夫ですよ。封筒の中に裏地がついていなかったり※1、手紙の裏面に細かいロゴなどが印刷されていない場合、窓にピタッと当てれば文字が透けて読める場合があります」
「………」
「レジナルド様?」
「………」
「あの、レジナルド様?」
「…ん?あ、ああ!もう外へ行かなくてはな、インストラクターが来てしまう」
「私も失礼いたします」
レジナルドは慌てて外へ出た。
「………えぇ…?こわっ!?!?」
確かに、言われてみれは原理的にその方法で封筒を開けずに手紙を読むことが出来るだろう。
しかし聞いてすぐに、やり方がスラスラ出てくる執事は何者なのだろうか。
※1 封筒の裏地は紫などの濃い色が望ましい グレーだと場合によっては透ける
――――――――――
トーラティカの王城、フィリップの執務室。
なんとか希望をつないだ彼の頭には、もう次のアイディアが湧いていた。
「あの日、アイツが着ていた派手な服…!」
思い出すだけでギラギラと眩しい、贅沢の権化のようなナーロッパ礼服を思い出す。
よくわからんフサフサやレースで飾られた、テッカテカに輝くやつだ。
「相当なゴールドがかかっていたな…あれほどの服好きが、持ってきたモノだけで満足できるとは思えないが」
誕生日にレジナルドがねだった”馬術の講師”は、常識的でいかにも王族らしく、むしろ好感さえ持てるような希望だった。
「もっと浪費家である面を見せてもらわないとな。無理を言ってもらえれば、アリディンバリスの王族に恥をかかせることが出来る…おじいさまの名誉を傷つける事無く、トーラティカへ呼び戻せるぞ!」
――――――――――
今日の乗馬のレッスンは、小高い丘を乗馬で回った。
常歩ではあるが、座骨を立て、良い姿勢を保ったままサドルに乗らなければならないので、かなり疲れる。
あぶみを押す足にも力が入った。
「かなり遠い所まで来たようだが、この丘も敷地の一部なんだろうな?」
「いいえ、ここは敷地外ですよ。さきほど門から出たではありませんか」
「何っ!?」
「乗馬は、ただ屋敷の周りをぐるぐると回っているだけでは上達しませんよ。馬だっていろんな景色を見たいでしょう?私がついているので特例です。レジナルド様がおひとりで屋敷から出ることはもちろんダメですよ」
「ああ、なんだ特例か。罰されると思って勝手にビビってしまったぞ!」
丘の頂上まで来た。
手綱を引き、馬を止める。
そこまで高い場所ではないが、それでも田畑を見下ろすのは気持ちがいい。
カントリーハウスの屋根に集まった小鳥が一斉に羽ばたき、森へ飛んでいく。
「清々しい気分ですね。さあ、来た道を戻りましょう」
「うむ!帰るぞ、発酵焙煎チョコレート号!」
両足を軽く叩きつけると、発酵焙煎チョコレート号は再び歩き出した。
――――――――――
厩舎へ戻り、馬係に手綱を渡す。
過ごしやすい季節なのに、長めに乗馬していたので汗だくだ。
「ところでレジナルド様、乗馬の道具を揃えるおつもりはございませんか?」
「!」
目が輝く。
「詳しく聞かせろ!」
「屋敷の中でお話しましょう」
小さな応接室で、2人は冷たいハーブ水を飲み干した。
インストラクターはちゃっかり持ってきたカタログをテーブルの上に出し、ページをめくる。
「今、レジナルド様が使われているグローブは、この屋敷の馬係から借りているものですよね?」
「ああ」
「もっと良いものをご用意できますよ。例えばオーダーメイドのグローブなど…」
「オーダーメイド!久々に聞いたが、なんと良い響きか!」
水をのおかわりを注いでいた使用人が柔らかい声で聞いた。
「私はアリディンバリス語が得意ではないのですが、今、オーダーメイドと聞こえたような気がいたします。一応、マシュー様をお呼びさせていただきますね?」
「あっ!待て、その必要はない…!」
素早い動きで使用人は去っていった。
「クソっ!」
初老のインストラクターも舌打ちする。
先程まで見せていた品の良い女性らしさがウソのようだ。
――――――――――
マシューは当然怒った。
「レジナルド様!お会計が伴うお話には私を同席させるようにお願いしたじゃありませんか!」
レジナルドはしれっとした顔をしている。
マシューはもうひとりのほうを向いた。
「セーラさん、あなたもですよ!商売人丸出しではないですか!!」
「滅相もない!いいですか、人質とはいえ乗馬を習われているのです。”手綱は命綱”とも言いますが、その大事な手綱を握るグローブを他人から借りているとは…!どうお思いで?!」
「そ、それはその通りですが…」
「失礼ですが、レジナルド様は恰幅がよいので、指も紫スライムの皮にジャッカロープの肉を詰めて蒸した料理のようにもっちりしており、既存のグローブでは小さすぎるのです」
レジナルドは眉間にしわを寄せた。
「本当に失礼だな?」
セーラは続ける。
「そこでオーダーメイドをご提案いたしました。さすがに、人質にグローブの一組も与えられないようでは、この国の財力や良識が他国に疑われるかと…」
マシューは騙されないぞ、という顔をした。
「乗馬用グローブ購入は問題ないでしょう。許可もすんなり下りるはずです。しかしですよ!私も貴族の端くれです。レジナルド様クラスのデブがそこそこいらっしゃることも知っています。既製品で紫スライムの皮にジャッカロープの肉を詰めて蒸した料理のような太い指に対応したサイズもあるでしょう!?それをオーダーメイドとは、儲けたい下心が透けて見えますね!」
セーラは屈した。
「…まあ、既製品でもサイズはギリございますが」
レジナルドは悲しくなってきた。
「失礼よだな?」




