人質生活10日目
「…二日酔いが無いな????トーラティカの酒は薄いのか?」
成人を迎えてもレジナルドはアホのままだ。
壁にある紐引きベルを鳴らすと、使用人が部屋に来た。
「おはようございます」
「おはよう」
アリディンバリスにいた頃は使用人に挨拶を返していなかったが、マシューに”挨拶や日常会話は最高の勉強”と教えられてから、トーラティカ語で返せる言葉は返すようにしていた。
「レジナルド様、18歳になって迎える初めての朝ですね」
「そうだな…うむ!」
使用人が窓を開けると、初夏の風が入り込んでくる。
朝日が彼の体と心を照らす。
清々しい気分だった。
当然のことながら、飲酒が無ければ二日酔いもない。
「うーん…酒は楽しい気分にさせてくれるが、飲み過ぎは禁物だな。翌日気分よく起きられないし…それに…」
昨晩の上級使者の振る舞いを思い出す。
「やはり身分にあった行動がとれなくなってしまうからな。俺はただでさえ人質なんだし、酒には気を付けるべきだろう」
――――――――――
今日の乗馬は、常歩で屋敷をぐるりと回る。
いつもとちょっとだけルートを変えて、厩舎の横にある砂の地面の馬場に入り、柵に沿って一周する道を追加した。
「おおっ、砂場は伝わる振動が違うな?!」
「そうでしょう。馬の足から地面の様子が伝わってきますよね。ぬかるんだ土、芝生、砂、小石、全て違います。馬も得意な地面、不得意な地面がありますから、たくさん乗って、その馬の性格を理解してあげませんとね」
「なるほどな、これからも頼むぞ発酵焙煎チョコレート号!」
ブルル!と発酵焙煎チョコレート号は鼻を震わせる。
――――――――――
午後。
「お手紙が届いております」
「…ありがとう」
「アリディンバリスの王室からです」
言われなくても、嫌というほど見慣れた王室専用の封筒、蝋封のシンボルでわかる。
「(しかし、この手紙も何らかの形で中身を盗み見られているのだろうな…)」
レジナルドは使用人を下がらせ、書斎にひとりで入る。
手紙を開けてざっとながめると、文の結びに兄の名前があった。
まだ内容を見ていないのに涙が溢れてくる。
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少し泣いて、落ち着く頃には夕方になっていた。
手紙をゆっくりと読む。
「”健康に気遣い、向こうの使用人に優しくするように。礼儀をわきまえ、王子の身分に相応しいふるまいで過ごしてくれ”」
当たり障りは無いが、優しさが伝わってくる内容だ。
そいて重要な一文もあった。
「”お前の体のために、酒は渡さないでほしいと頼んである。不愉快かもしれないが我慢してほしい。また、こちらに人質として来られたトーラティカ前国王も一滴の酒も飲まないと言っている。どうか理解してくれ”」
レジナルドは目を見開いた。
「なるほど…そうだったのか!では、昨日飲んでいたアレは、本当にウニ葡萄のジュースだったわけだ!」
そして、自分への気遣いに感心する。
「…成人を祝う晩餐だからと、シェフや執事が気を使ってくれたのだな。形だけでも盛り上げるために、酒瓶にジュースを入れて飲ませてくれたとは………んっ?」
なら、使者が酔っていたことの説明がつかない。
「…もしかして、”雰囲気で酔ってしまう”タイプなのか?存在だけは知っていたが、実物を見るのは初めてだな…確かに酒瓶から紫色で炭酸入りの飲み物が注がれたら、誰でも酒だと勘違いするだろうが…。飲めば気付くだろ?そもそもアルコール臭が全くしなかったし、謎だ。プラシーボが効きすぎるタイプか?」
勝手に同情する。
「というか、もしかしたらアホなのかもな。王城からわざわざ派遣されている使者のクセに大丈夫だろうか?ちゃんと俺が行儀よく過ごしている事を報告しているんだろうな?まったく…」
ベルを鳴らさずに、自分で階下に降りてマシューを探した。
通訳用の執務室で手紙の返信を書く。
乗馬を始めたこと、食事は量をわきまえていること、酒は飲んでいないこと。
そして最後に兄と、形だけでも父、妹たちの健康を気遣う文章を書いて、締めとした。
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アリディンバリスの王城。
従者が何かを持ってきて、第一王子に渡した。
「このような新聞が売られています」
「…よく報告してくれた」
第一王子の不安が的中していた。
人質として隣国送りにされたレジナルドは、哀れみも混じって再評価されつつあるらしい。
「(しかし、全てが遅いな)」
第一王子は豪華なアームチェアに深く腰掛けた。
「(私が先に生まれたのだし、国王を継ぐのは当然のことだ。しかしあいつは周囲が思うよりも才能に溢れるヤツだった…芽を先に先にと潰してはいたが、幸運にも物理的に遠くへ追いやることが出来た。これで王座は確実に私のものになっただろう)」
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トーラティカ国王の声は冷たい。
「どういうことか、説明できる?」
国王、つまりフィリップの母は、腕を組み威圧的な言葉をかける。
幸いにも、部屋には彼と母だけで、宰相はいない。
宰相は人がウソを言っているかどうか見分ける事ができるユニークスキル持ちだ。
その宰相が居ないので、フィリップは堂々とウソを喋った。
「…レジナルド様がカントリーハウスで暴れるなどして、使用人たちを困らせているのではないかと思い、偵察していました」
「なるほど。私や宰相に内緒で、一国の王子ともあろうものが、勝手に人質に接触していたと?」
「…申し訳ございませんでした」
彼のお目付け役が告げ口をしたのだ。
フィリップはウソの言い訳を続ける。
「しかし、歳も近く、あのような屋敷に閉じ込められている彼の境遇に哀れみも感じ…せめて成人の日の食卓に同席して、祝うぐらいはしてやろうと考えたのです。酒を飲ませるようにと料理人に指示したのも、誕生日ぐらいは、という気持からでした」
国王は腕組みを解いた。
「本来の、使者の仕事を命じていた臣下から話は聞いた。あなたは自分が使者だと偽り、誕生日に欲しいものを聞いたそうだけど。乗馬の教師を付けてやったと?」
「はい…」
「わざわざ使者を演じてまで、顔も名前も知らない使用人を心配したり、愚かさで有名な人質に同情したりするとは思えない。正直に話して。何を考えている?」
「嘘はついていません。本当に、彼が可哀想になっただけです。母国ではアホさから疎まれていたと知り、その上、人質として我が国に送られて…さすがに不憫ではありませんか?様子を見に行くのも駄目なのですか?」
「フィリップ。王族に一番必要が無いものは同情心だ」
「(くっ、万事休すか…!)」
フィリップは計画が頓挫したと悟り歯を食いしばる。
祖父を助けるには別の道を探すべきだろうか。
「しかし案外…いい経験になるかもしれないな」
「!?」
「反面教師という言葉がある。本当に賢い者は、良い教師からだけではなく、悪い教師からも学ぶことが出来なければ」
「で、では…!!」
「ただし。いくら使者を演じるとはいえ、ひとりで動くのは危険。今後は護衛を従者として付けること。いい?」
「はい!」
「元々使者の役目を果たすべきだった臣下を、王子の地位を持って説得し、入れ替わり、それを私に秘密にしたことには変わりない。その罰として3か月間、使者をやり遂げるように」
「ありがとうございます!」
国王は口角を上げ、静かに微笑んだ。
息子を信頼する母の顔だった。
「あなたは勉強ができる。武芸に優れ、魔法も私と同じで火、水、風、光と4つの適性がある。才能があり、臣下には慕われ、教養があり、見た目にも恵まれた。けど唯一、”持たざる者”を観察する機会だけはなかったでしょう?一流の者に囲まれ過ぎるというのも視野を狭めるし。あのレジナルドも同じ王子の身だけど、全く良い所がない正反対の人間なわけだから。間近で観察し、他山の石とするように」
フィリップはうなずいた。
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夜。
レジナルドは寝室のテーブルに手紙を飾った。
兄からのアドバイスが小さく書かれている。
「”人質だからといって腐るな”」
手紙に向かってうんうんとうなずく。
ふてくされて不機嫌に一日を過ごすよりも、出来ることを探して楽しんだほうが、圧倒的に気分が良い。




