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人質生活9日目

いつものように午前中はインストラクターから乗馬を学ぶ。

今日は常歩なみあしから速歩はやあしへの移行を練習した。

軽速歩けいはやあしは馬の動きに合わせて体を上下させなければならないので、かなりキツい。

インストラクターの指導の声が響く。

「馬の走るリズムに体の動きを合わせて!」


レジナルドの脳は揺さぶられ、声が遠く聞こえた。

パカッパカッパカッパカッ…

ぼよんぼよんぼよんぼよん…

内臓がシェイクされる。

「は、速歩はやあしはまだ、まだだ!まだ常歩なみあしの練習にしてくれ!」

「あら~急ぎすぎましたね」


汗をかいたので風呂に入り、昼寝する。

元気いっぱいで午後から起きれば、あとはゲストを迎えるだけだ。

ドレッシングルームでお気に入りの服を選び、久しぶりに着飾る。

「当然だが夜会は無いし、美術館や観劇に出かける事も無い。これじゃいい服があっても出番がないな」

しばらく芸術から遠ざかっていたことを思い出す。


――――――――――


シェフが手招きした。

「マシュー様…」


キッチンの端でこそこそ会話をする。

「上級使者様が寄こしてくださった使用人が、こっそり渡してきたんです」

小さな手紙には、”会食では必ず酒を出すように”と書いてあった。

「ええっ!?!?!?それはないでしょう!!!!」


マシューの驚き混じりの声を聞きつけ、執事が割って入る。

「レジナルド様は酒に酔っては騒ぎを起こすので、お酒は絶対に禁止だと聞いております。酒を出す事はありえません」

「私も国王様から直々にそうお伺いしているのですが…。というかアリディンバリス側から、わざわざ禁酒の要求があったらしく、酒を与えないことが人質の保護契約に含まれているとかで…たぶん、酔って大ケガでもした事があるのでしょう」

「呆れたものですね。しかし、それなら絶対に酒を出すわけには………」


トーラティカ側が掴んでいたレジナルドの素行の悪さは使用人にも伝えられている。

万が一、暴力を振るわれたり、酷い言葉をかけられた場合には、使用人長である執事に報告しなければならないのだが…今日までそのような問題は起こらなかった。

しかし酒が入れば話は変わってくるだろう。

マシューは眉を下げる。

「…フィリップ王子様の独断でしょうか?」

「何のために?」

「さあ…?我々の仕事っぷりを試しているのかもしれません」


シェフはうろたえた。

「このままだと酒を出しても、出さなくても問題になってしまうのでは!?」


執事は腹をくくったような落ち着いた声で提案した。

「…王子様にだけ酒を出し、レジナルド様には炭酸水を混ぜたジュースをお出ししましょう」

「!!」

「!?」

「しかし、同じ酒瓶から注ぐのですよね?バレませんか?」

執事は自信満々に微笑んだ。

右手握りこぶしを胸に置き、誠実そうな笑顔で異常に白い歯を見せる。

「今から練習しましょう。私は過去に、詐欺とスリで投獄されていました。人をだます事になら自信があるんです」

「失礼ですが、どういう経緯で執事の役職を得ることになったんですか?」


――――――――――


馬車が到着し、フィリップが降りてくる。

護衛もつけず御者と本人ひとりで屋敷にやってきたようだ。

外で待機していた使用人が扉を開ける。

レジナルドがエントランスで出迎えた。

「上級使者様、遠い所をご足労いただき、誠にありがとうございます」

「…これはこれは、丁寧な出迎えをありがとう、嬉しいよ」


レジナルドは誇らしげだ。

黒と青と金と白で輝く、Theナーロッパ王族という服を着ている。

天井からぶら下がった魔法道具のシャンデリアが、レジナルドの体をキラキラ光らせた。

フィリップは内心呆れてため息をつく。

「(噂通りの着道楽だな…おじい様はシャツの1枚も持っていかなかったというのに。まあコイツの場合、着られる服が相手国にないだろうと憐れまれて持たされた可能性があるが…)」


レジナルドが先導して、3階のダイニングルームへと案内する。

フィリップはエントランスにある小さな檻のようなものが気になった。

「レジナルド様、アレは何?」

「家畜用のはかりだ」


ブーッ!と吹き出してしまう。

それを見てレジナルドはピキった。

「使者様、どうかしたか?」

「い、いや、いやっ、ごめんなさい…」

「そうだよな?ごめんなさいだよなぁ?」

「はい。ごめんなさい」

「当然、仮の体重計だ。そのうち人間用のはかりを置いてもらえるらしいから、あれで我慢している」

「はい。ごめんなさい」


――――――――――


ダイニングルームに入ると、使用人が席まで案内し、2人は向かい合うように座った。

執事は”いつでも給仕できるようにお近くで待機しています”という感じで自然にお誕生席に立つ。

誰も座っていないチェアが執事を挟むように置かれ、真裏のサービスワゴンには布がかかった何かがある。

使用人一同に緊張が走った。

皿が並べられ、料理がテーブルに置かれる。

使用人は執事とアイコンタクトを取りながら酒瓶を持ち、フィリップの前で傾ける。

グラスにシュワシュワとしたアルコールが注がれていく。

フィリップは笑顔で小さく頭を下げた。

使用人も笑顔を返し、次はレジナルドの席へ移動する。

その一瞬。

2人の死角であるチェアの真裏で酒瓶をサッ!と交換した。

グラス1杯分の中身が減った酒瓶だが、こちらはノンアルコール。

執事は心の中で勝った!とガッツポーズを決めた。


使用人はレジナルドのグラスにノンアルコール飲料を注ぎ、元居た場所に下がる。

フィリップはグラスを上げた。

「それでは、アリディンバリスの第二王子、レジナルド様の成人を祝って、乾杯!」


レジナルドも乾杯に応じる。

テンションはMAXだ。

「(酒だ~~~~~~~~~~~~~~~~久しぶりの酒だ~~~~~~~~~~~~~~ありがたい~~~~~~~!!!!!!!!!!!!!!!)乾杯!」


2人は一気にグラスの中身を飲み干した。

フィリップが唸る。

「う~ん、旨い!いい酒だね」

執事は応える。

「はい。ウニ葡萄酒、15年モノです」


レジナルドが”?”という顔をしてグラスを眺めた。

「偶数本のトゲのウニ葡萄の味はする。するが、ただ…まったく酒という感じがしないな?もう1杯くれ」

シェフが慌てた。

「れ、レジナルド様、料理を腹に入れる前に飲み過ぎるのはよくありませんよ」


レジナルドを酔わせたいフィリップは、渡りに船とグラスを上げる。

「僕も、もう1杯いただきたいな!少しぐらいアルコールが入った方が食事も進むよね!それに今日はレジナルド様の誕生日なんだし。本当なら母国でみんなにお祝いしてもらって、酒も振舞われたはずだろう…?今晩ぐらいは、ちょっと飲み過ぎてもいいんじゃないかな?」

策をろうしているのがダダれすぎる。

フィリップはレジナルドが酔って大暴れすることを期待していた。

なんなら2、3人殺してほしいぐらいだ。

そうすれば絶対に祖国へ送り返すことが出来る。


使用人はノンアルコールのジュースをレジナルドに注ぎ、お誕生席の裏を通る際にサッ!とアルコールの酒瓶にすり替え、フィリップのグラスに注いだ。

だが…。

2杯目を飲んで、レジナルドは首を傾げた。

「う~ん、まるでジュースだ…本当に酒か?」


流石に怪しまれる。

しかしフィリップは本当の酒を飲んでいるので、まったく気付かない。

「ハハ!本当だね~。ジュースのように軽いからいくらでも飲めるよ!」


執事は微笑みながら2人ををいさめた。

「そろそろお食事をお召し上がりになられては。今晩のアペタイザーは電気リンゴの…」

「ああそうだな…いただくとするか」


――――――――――


「新しいボトルを開けてくれ!」


小一時間後。

空になった酒瓶が2本、テーブルの上に並んでいる。

フィリップは赤ら顔だ。

彼はレジナルドと分け合って飲んだと思っているが、実際の空き瓶は4本存在し、ひとりでウニ葡萄のワインを2本を飲み干している。

かなりの酒量になっており、当然執事は止めた。

「これ以上はお体に障りますよ」

「ふ~ん、私の言うことが聞けないんだ?」

「うっ…」


やや絡み酒気味である。

他の使用人やマシューも水をすすめたり、話を振って気を逸らそうとしたが無駄だった。

「まだあるでしょ?なんなら使用人が飲む質の悪い酒でもいいよ!用意して!」


それを見てレジナルドはグラスを自分から遠ざける。

「(醜悪だな…俺が酔っている時も、ああやって他人に絡んでいたのだろうか?)」

彼は彼で、瓶2本分のブドウジュースを飲んでいるわけだ。

それなりに場数を踏んできた胃腸とは言え、おなかちゃぷちゃぷである。

トイレにいくため、場を収めようとフィリップに話しかけた。

「ああ、ああ!もうこれ以上飲めない!酔いつぶれてしまいそうだ。まったく、上級使者様の酒の強さには敵わないなぁ!」


演技力は下の下だったが、一周回って逆に酔っているようにも見えた。

フィリップは焦る。

「ま、まだレジナルド様は全然酔っていないでしょ?せっかくの成人のお祝いなんだし、もっと飲んで、楽しい気分になってもらいたんだ。よければ朝まで付き合うけど?」

「いやいや、見送れるうちに見送らせていただきたい!これ以上酒が入ったら立てなくなってしまう!さあ、通訳のマシューが気を利かせて、シェフに土産を用意させたんだ。上級使者様にお渡しするように!!」

「待ってよ、まだ…」


使用人たちは使者を名乗る人物の正体が王子だと知っていたので、これ以上彼を酔わせたくなかった。

万が一のことがあれば罰せられるのは彼ら彼女らだ。

屋敷の扉が開く。

執事が背中を押したり、使用人が両脇からがっちり腕を組んだりして、なかば強引にエントランスから追い出した。

馬車で待っていた御者に引き渡たす。

「まだ…まだ飲み足りないよ!…まだ…!!」


馬車の戸が閉められ、フィリップの声は消えた。

使用人もレジナルドも、みんなで馬車が走り去るのを見送る。

ふと見上げた夜空には星が輝き、きれいだ。

涼しい風が吹いた。

「なあマシュー」

「はい」

「酒に飲まれるのって格好悪いんだな」

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