人質生活97日目
早朝。
ワーグマン家に教会の馬車が到着した。
従者が取り次ぐ。
「旦那様ぁ!!ゴブルミドルの大教会から…スカーレット様が戻って来ました!!!!」
「何だと!?」
父親はインク壺を落とした。
屋敷は大騒ぎだ。
消えた日と同じ格好で、スカーレットが戻ってきた。
「おじいさま、おばあさま、お母さま、お父さま、お兄さま、クリスティーナ。ただいま戻りました」
母親が走ってきて、スカーレットを殴る。
鈍い音がした。
スカーレットの頬より、母親の拳の皮が剥けて赤くなっている。
「どれだけ心配かけたと思ってるのおおおぉぉおおーーーーーーーーーーーーーーーっっっっつ!?!?!?」
「ごめんなさい」
祖父がゆっくりと歩いて来る。
「スカーレット、説明してもらおうか」
――――――――――
スカーレットは、自分に起きたことを正直に話した。
「…お互いに限界まで戦い合って、友達になって帰ってきた?」
「はい」
母親がテーブルを握りこぶしで叩く。
「領主を舐めてもらっちゃ困るの。そのゴールディって子と家族に、あなたの立場をわからせてやらないと。そうでしょうお義父さま?」
スカーレットの祖父は頷いた。
「当然だ。もちろん、教会もただじゃ置かない。威厳を失った貴族がどうやって領地を管理するんだ?」
スカーレットは首を振る。
「今回のことで…よくわかりました」
「?」
「転生させ女神様は、貴族のことを特別視されておりません」
「そ、そんなはずはない!!」
「なら私たちにだけ、ご加護があるのは何故?平民より魔力に恵まれているし、それに賢く、美しく、上品で…」
「お母さま。もしゴールディや家族、そして教会に害をなすなら、転生させ女神様は激怒して私たちを消し去ってしまうでしょう」
「な…どうして」
「世界の管理者といっても”お気に入り”がいるんです。そして、あの教会の聖職者長は、転生させ女神様の大のお気に入りだそうで」
「何故そんな事がわかる………待て」
祖父は、自らが教会へ送った従者が行方不明になっていることを思い出した。
何の前触れもなく消されてしまった前例がいるのだ。
「…いや、いい。理解した。もう充分だ」
「お義父さま!!」
母親は激怒した。
「もうスカーレット個人の問題では済みません」
「スカーレットが帰ってきたんだ。それでいいじゃないか」
「私は許せません。それに、友達だなんて…頭がおかしくなったんじゃないの?よっぽどの商家の子ならともかく。あなたを攻撃した人間だってこと理解してる?殴られ過ぎて脳細胞が減ってしまったんじゃないの?」
スカーレットは無言でほほ笑む。
祖母は、とにかくお部屋へ戻って休みなさい、と優しい言葉をかけた。
――――――――――
モルリヴァールの王族、ニールの部屋に客が来た。
部屋に入るなり、キョロキョロと目を動かして周りを見る。
「これは加湿魔法道具を使っているだろう」
「何だそれは?」
「トーラティカで流行ってる魔法道具だ。水を入れた盆や、火の魔法石で加湿する魔法道具じゃなく、部屋に置いておくだけで湿度が保たれる魔法道具だよ。違うのか?」
「…」
まさか、アリディンバリスの第二王子、レジナルドが所有していた溺死王のデスマスクのレプリカが部屋を湿らせているとは言えない。
「…っ!!」
正にそのレプリカを自慢しようとしていたのだが、加湿魔法道具と先に言われてから紹介するのは恥ずかしかった。
1100万ゴールドという大金をはたいて手に入れた品だが、それに見合った価値は無かったようだ。
――――――――――
クリスティーナはスカーレットの部屋の扉をノックした。
「お姉さま~?」
「…入ってきてちょうだい」
クリスティーナは侍女なしで姉の部屋に来た。
「あのねぇ、お姉さまがよくわからない世界に連れていかれている間に、私、婚約したの」
スカーレットは書き物から顔を上げ、クリスティーナを見た。
「良かったじゃない。ユージーンも、あなたが好きなんでしょう?両想いになれてよかった」
「!?」
「長話になるなら侍女にお茶を入れさせないと。呼ぶ?」
想像とは違う反応を見せる姉に、クリスティーナは不審がる。
「…いいの?」
「え?お茶ぐらい構わないじゃない」
「そうじゃなくて!!私がユージーンを取っちゃったけど、いいの?」
クリスティーナは可愛らしく小首をかしげた。
「だって、元々はお姉さまが付き合っていらっしゃった男性だから…複雑な気持ちでしょう?もしかして、それで屋敷に帰って来たくなくて、転生させ女神様に泣きついて、あの空間にずっと居たのかも、って思って…」
「そう。それもあった。あなたが羨ましい」
「!!」
クリスティーナは笑顔になった。
「でも、もうどんな嫌がらせも通用しないけどね?だって、お互いの両親を呼んで婚約の宣誓をしたし。昨日はおじいさまとおばあさまも正式に挨拶に向かわれたの。領主を前にして緊張してたみたいだけど、親族になるんだもの、慣れていただかないとね?」
「そう」
「半年後には結婚式を挙げて、正式に結婚しちゃうんだから。ああ忙しくなるなぁ…お姉さまに使われてたお金も、私のウエディングドレスのために使われることになるから、しばらくは買い物も我慢してね?それにしても、最近は私ぐらい若い年齢で結婚する子って珍しいんじゃない?フフ…」
姉は再び書き物に目を落とし、手を走らせている。
「…ねえ。ブスのサラも子供が出来ちゃったんだし、もう屋敷にお姉さまの居場所はないんじゃない?どうするの?今からいい人、見つかるかなぁ…?」
「私、冒険者になろうと思って」
「は?」
「領主の孫なんだから、森から出てくるモンスターと戦って領民を守ることも大切でしょう?」
「………は?え?お母さまもお父さまも、そんなこと絶対にお許しにならないと思うけど」
「そう?まだ話していないのに、なぜ決めつけるの?今、ギルドに提出する書類を書いているんだから」
クリスティーナは部屋から飛び出して、家族に言いふらして回った。
皆、あんな空間に閉じ込められて頭がおかしくなったのだと笑う。
――――――――――
沢山のモンスターの霊の力を得て、霊的物質で作られた鎖は破壊された。
ドラゴンは全世界に響くような咆哮で地面を揺らす。
「いいぞ…!この千年、開放だけを夢見てきた…!!それが叶った今、私は人間を滅ぼさねばならない…」
「(まずはトーラティカから!)」
「わかっている…」
ドラゴンは大きく口を開けた。
クローイの霊はドラゴンの中に吸い込まれる。
「(キャーーーーッ!?!?!?)」
取り込まれたクローイの魂は、ドラゴンと思考を共有した。
「この国が…トーラティカか…わかったぞ!」
ドラゴンは大きく羽ばたき、トーラティカへと向かう。




