王太子と婚約者
「見て。例の子よ」
「へえ。あの子が。思っていたより普通の子なのね」
「あれが噂の女の子か」
「チェラズスフロウレス寮内でルッキリューナ先輩と戦って勝ったらしいぜ」
「隣の子ってチェラズスフロウレスの末っ子のネモフィラ王女でしょ? やっぱりあの子の護衛って事よね?」
「そうでしょうね。まさかチェラズスフロウレスがあんな隠し玉を持っていたなんて」
事件の日から数日が過ぎ、学園が落ち着きを取り戻した頃。学園はミアの話題で持ち切りだった。五歳の幼女が十四歳の少女に勝ったのだから当然と言えば当然の事だが、おかげでミアは学園で動き辛くなり、聖女とバレないように毎日大変だった。こうして幼稚舎から帰っている時でさえ、注目を集めてしまうのだから。ただ、ミアと違ってネモフィラは楽しそうにしているし、最近では一緒に行動する事も多くなったミントも誇らしげだ。
「ワシは負けたのじゃがなあ……」
「うふふ。わたくしはミアが勝ったと思っています」
ネモフィラは嬉しそうに言うが、気絶していて見ていない。だけど、そんなネモフィラの言葉にミントが頷いた。
「さ、流石ミア様……でした」
(あの時に確信しました。パンツだけでも立ち向かう勇気とたくましさと力強さは、まぎれもない殿方……ううん。“王子さま”でした。ネモフィラ様の婚約者として相応しいお方です)
何やら勘違いが深みにハマっているが、それを正す者はここにはいない。
「どうでも良いのじゃが、ミントの態度が最近急に変わった気がするのじゃ。……っまさか! この間の戦いを見て、ワシが怖い人間じゃと思っておるのじゃ!? 怖がらせてしまってすまぬのじゃ」
「ちちち、違います。わわ私は……ミア様が素晴らしい殿が……“王子さま”だと気がついただけで――っあ」
殿方と言いそうになったのを言い直したものの、結局は“王子さま”と言ってしまった事に気がつき、ミントが口元を押さえてブルりと体を震わせる。ミントにとってミアは女装した他国の“王子さま”で、それを内緒にしていると思い込んでいる。だから、失言したと思って怖くなったのだ。
「王子さま……なのじゃ? まさか……」
思い当たる節があり、ミアはネモフィラに視線を向ける。すると、ネモフィラは頬を染めて目を逸らすので、ミアは眉根を下げて肩を落とした。
(以前もそのような事を言っておったが、聖女と違って、それはそれで複雑な気分なのじゃ。……でも、漢らしいと言う意味にも取れるし、良しとするのじゃ)
前世男だったミア的には嬉しかったようで、最初こそ肩を落としてガッカリな感じにはなったけど、次第に気分が良くなって訂正せずに笑顔になる。そしてそのせいでミントの勘違いが加速する。
(お似合いのカップルです。きっと公表できないのは、何か深い事情があるからなんだ。ああ。知りたいなあ。お二人にはどんな物語があるんだろう)
最早勘違いを通り越して変な妄想まで入っているが、放っておいていいだろう。
三人はチェラズスフロウレス寮へと帰って来ると、またね。と言葉を交わして、それぞれの寮室へと向かう。すると、ミアの寮室の前でアンスリウムが待っていた。
「ミア。おかえり」
「む? アンスリウム殿下ではないか。ただいまなのじゃ。ワシに何か用なのじゃ?」
「ああ。是非ミアに最初に聞いてほしい事があって急いで来たんだ」
アンスリウムがその整った顔で微笑を浮かべて、自然な動作でミアの手を取ってエスコートする。そこ等の少女であれば、心をときめかせてしまう事だろう。しかし、相手はミア。まったく全然ときめかない。それどころか、向かう先は目の前にある自分の寮室なので、何がしたいんじゃ? くらいにしか思わない。更に言うならば、アンスリウムがイケメンであり王子だから許されているが、普通に少女の部屋に進んで入るような甲斐性無しに心を奪われるような者はこの場にはいなかった。ヒルグラッセに至っては、アンスリウムが王子でなければ剣を突きつけていた事だろう。ともあれ、ミアはアンスリウムと向かい合って椅子に座る事になり、二人の前には紅茶が出された。
「して、話とは何じゃ?」
「サンビタリア姉さんが正式に王太子候補から除外された」
「ふむ。こう言ってはなんじゃが、わざわざそんな事を言う為に来たのじゃ?」
ミアが冷や汗を流して尋ねると、アンスリウムは優雅な笑みを見せ、紅茶の香りを楽しみ一口飲む。そして、穏やかな顔でミアと数秒間目を合わせ、ミアの背筋に謎の悪寒が走った。
「今朝、ランタナから王太子候補を降りると報告があったんだ」
「なんじゃと!?」
「ランタナが学園にいる以上、正式な決定は帰ってからになるが、俺が王太子になる事が決定した。王太子候補同士の争いも終わり、派閥間の争いも無くなるわけだ。よって、争いに巻き込まれる心配もなくなる。全てはサンビタリア姉さんの罪を裁き、罰を与えた君のおかげだ。ありがとう、ミア」
「待て待て。ランタナの派閥が黙っておらんのではないのか? 候補を続ける理由が、派閥の者が暴動を起こすかもしれないからだと聞いておったぞ」
「何も不思議な事じゃないさ。何故なら、ミア、聖女である君が俺の婚約者になる事が決定したからだ」
「な、なんじゃとおおおおおおお!!??」
背筋に感じた謎の悪寒。それは思いの外早く悲惨なかたちで判明した。
「君が聖女である事を民に伝える時がきたのさ」
「話が違うのじゃあ!」




