最大のピンチ
一年中穏やかな風が吹く春の国チェラズスフロウレスの中心で、ミアは二度目の人生で一番の危機的状況に陥っていた。ミアは動揺を抑えられず、心の中は嵐が吹き荒れ、その可愛らしい顔を今にも泣きそうな表情に変えていた。そしてそれをやったのはミアに何かと嫌がらせをしているサンビタリアだった。
「ま、待ってくほしいのじゃ。ワシは、ワシは天翼学園児童部の試用入園なぞしたくないのじゃ」
「待とうが待つまいが決定事項よ。文句があるなら天翼会に言えばいいんじゃないかしら? 私はあなたに伝えるようにって言われただけだもの」
「そ、そんなあ。あんまりなのじゃあ」
と、言うわけで、ミアが涙目な理由は天翼学園児童部設立に向けた試用入園の為だった。天翼学園児童部の試用入園とはなんぞや? と言ったところだが、これは今年から天翼会が新しく始めようとしているものである。
天翼学園は日本で言うところの小学六年生から中学三年生までの子供が通える学園なわけだが、児童部の対象年齢はお披露目会を終えてからである。つまりは幼稚園から小学五年生までが対象の施設となり、早めに子供達の才能を伸ばそうと言うもの。そしてこの試用入園は、お試しに入って体験してね。と言うものではなく、ちゃんと運営できるかのテストをするので来てね。と言うもの。だから、その期間も短く、寅の月から辰の月の終わりまでの三ヶ月間である。因みにこれも日本で表現するならば、五月から七月末までである。
ミアはこの試用入園に選ばれてしまったのだ。そんなわけなので、サンビタリアは今回ばかりは悪くない。そしてこの事実はミアにとって大問題だった。
(ぬぬう。そんなものに通い始めたら、ゆっくりと計画を練る事も出来ぬではないか!)
そう。大問題とは引きこもり計画を考える時間が無くなると言う事。今よりハードな毎日がやってきてしまうと、ミアは思ったのだ。
「これは光栄な事よ。喜ばないなんておかしな子ねえ。一緒に選ばれたネモフィラやランタナは王族だから当然として、あなたは田舎娘なのよ? それとも田舎者には荷が重すぎるのかしら?」
「いい加減にして下さい! お姉様、ミアに失礼です!」
サンビタリアの毎度お馴染み失礼発言に怒ったのはネモフィラだ。ここにはミアとサンビタリアの他に、国王と王妃とランタナとアンスリウムとアネモネもいる。つまりここは家族会議室で、今は家族会議の真最中である。ネモフィラが怒ると、それにはランタナも同意して頷く。そしてそれは国王も一緒だ。
「サンビタリア。今この場は我々しかいない。聖女様への侮辱が許されるとでも思っているのか?」
「そ、それは……」
「普段は聖女様のおかげで目をつぶっているだけにすぎないのだといい加減に理解しろ。聖女様が許して下さらなければ、お前は――」
「その辺でええじゃろ。サンビタリア殿下は別に間違った事を言ったわけではあるまい。ワシは田舎者の自覚があるし、何よりワシは母上にも残念な子だとか変人扱いされとったからなあ。それどころか無理矢理可愛い服を着せようとしたり大変じゃった。サンビタリア殿下は母上と比べれば可愛いものじゃ。しかもたまに侍従たちを借りてくれて、一人になれる時間もあって感謝しておるくらいなのじゃ。ワシの母上の方が何万倍も厄介なのじゃ」
ミアが言いながら母親の事を思いだしてゲッソリとした表情を見せるものだから、この場にいる全員が冷や汗を流して口を閉じた。サンビタリアも“感謝”と言われた事がよほど衝撃的だったのか、その驚きは尋常では無かった。だけど、それも一瞬の事。性格上仕方が無いと言うべきか、直ぐにミアを睨みつける。
「そうやっていい子ぶって、そんなにお父様たちの評価を上げたいの? 嫌な子供ね」
「別にそう言うつもりは無いのじゃ。でも、普通ワシくらいの年の子供なら、いい所を見せて褒められたいと思うのは普通じゃと思うし、それで嫌な子と言うのはよくないと思うのじゃ」
「ふんっ。口が減らない子供ね。あなたと話していると気分が悪くなるわ」
ミアに言われた事が余程悔しかったのか、サンビタリアは家族会議室を出て行ってしまう。しかし、それを止める者は一人もおらず、国王の大きなため息が室内に響くだけ。すると、アンスリウムがサンビタリアが出て行った扉を見ながら鼻で笑って口を開いた。
「やれやれ。聖女様、サンビタリア姉さんが申し訳ない。あんなんでも前まではもっとマシだったんですけどね。聖女様の事がよっぽど気になるようです」
「ワシとしてはサンビタリア殿下とも仲良くなりたいんじゃがなあ」
「は? あ、いえ。失礼。聖女様、それは本気ですか? 俺がもし聖女様の立場なら、即刻首を刎ねている所ですよ」
「お主、恐ろしい事を言うのう」
アンスリウムが首を刎ねるだなんて怖い事を言うものだから、ミアはぶるりと身を震わせる。するとそれを見て、アンスリウムが微笑んで「お優しいですね」と告げる。
「でも、アンスリウム兄さんじゃないけど、サンビタリア姉さんはいい加減どうにかした方がいいよね」
「どうもせんでいいじゃろ。何度も言っておるがワシは気にしておらんし困ってないのじゃ。ルニィ達侍従に迷惑がかからんならそれで良い」
「ミア、少し言い辛いのですけど、そのルニィ達やメイクーが今にも暴動を起こしそうなのですよ」
「え? 本当なのじゃ?」
「はい。メイクーなんて、ミアの派閥をまとめて全面戦争する日が近いかもなんて言ってます。先日お父様に許可を取りに行ったくらいなんですよ。そうですよね? お父様」
「ワシの派閥ってな――」
「聖女様が放っておくように言っている事だと、止めてはおいたが……あの分では聞かないだろうな」
「――なんでじゃ!? 王命でも止まらんのか!?」
「そこはメイクーですし……」
ネモフィラの一言で家族会議室が静まりかえる。王族が揃って若干引き気味になる程度のメイクーの聖女への信仰心。まず間違いなくメイクーならやるだろうな。と全員が思い冷や汗を流して、王妃がため息を吐き出した。
「……ちょっと説得して来るのじゃ」
この後めちゃくちゃ説得した。




