失礼な王女様とご立腹な王女様
お帰りなさいパーティーの次の日。ミアが王族達と一緒に朝食を食べていると、国王が咳払いをしてから「皆に話がある」と声を上げた。国王のその雰囲気は何やら真剣でどこか重苦しく、少しばかりの緊張が食卓を支配して、皆がそれぞれ食事を中断した。だけど、サンビタリアだけは国王を一瞥してから食事を続ける。でも、それを誰かが止める事は無く、そんな中で国王は言葉を続ける。
「ダンデ村でネモフィラを襲った野盗についてだ」
「俺が学園に行っていた時の話か。捕まえたけど首謀者が不明で、野盗たちも口を割らないらしいですね。漸く口を割ったのですか?」
「残念ながらまだだ。しかし、昨日のパーティーの後にレムナケーテ侯爵が奴等と接触していたのを騎士が目撃した」
「なんだって!?」
レムナケーテ侯爵が接触したと言う話には、この場にいる殆どの者が驚いたが、大声を上げて驚いたのはランタナだった。それに、ランタナは声を上げただけでは終わらない。立ち上がって歩き出し、険しい顔で国王に迫った。
「それは本当の事ですか!?」
「私も最初はまさかと思ったが、それを目撃したのはクレスト公爵の娘の近衛騎士だ。クレスト公爵は誰の派閥にも入っておらぬし、娘のカナとその騎士も同じだ。彼等は信頼に足る人物だと言うのはランタナも知っているだろう?」
「確かにクレスト公爵家はどの派閥にも入っていないし、息女のカナに至っては、フィーラも何度か一緒にお茶会でお世話になっています。近衛騎士も良識のある者達でした」
「ぬぬう。レムナケーテ侯爵と言うと、リベイアの父上じゃったな。見間違いではないのか?」
「わたくしもそう思います。いくらなんでも、レムナケーテ侯爵がわたくしを襲った野盗と接触を図るだなんて思えません」
ミアの意見にはネモフィラも同意する。しかし、国王は首を横に振った。
「騎士は見張りの騎士と知り合いで挨拶をしに行った様だが、その時見張りの騎士がいなかったそうだ。それで何かあったのかと確認しに行ったところ、牢の前で気絶していた見張りの騎士と、その直ぐ側に野盗と話をしているレムナケーテ侯爵がいたそうだ。騎士は直ぐに状況確認も兼ねてレムナケーテ侯爵を捕まえようとしたが、逃げられてしまったようだな」
「へえ。って事は、見張りの騎士をやったのはレムナケーテ侯爵と言う事ですね」
「恐らくな」
「恐らく?」
「ああ。見張りの騎士は未だに目を覚ましていないのだ。それにレムナケーテ侯爵が姿を消した。夫人に確認したが、知らぬ存ぜぬの一点張りだ。私がこの話をきり出したのは……」
国王はそこまで言うと一度黙って、続きを言わずにミアを見た。すると、ミアは理解して「なるほどなのじゃ」と頷いた。
「ちと、その目を覚まさぬ騎士の様子を見せてもらってええかのう? もし仲良くなった騎士であれば心配なのじゃ」
「おお、そうか。そう言う事であれば朝食を終えた後にでも行くと良い。ルニィ、頼んだぞ」
「承知致しました」
国王が朝食の場でこの話をした理由。それは、先日家族会議室で飾ってあった花に魔法をかけて、薬に変化させた力を見たから。ミアであれば、目を覚まさない騎士を魔法で目覚めさせられると思ったからだ。直接ハッキリとそれを言えなかったのは、この場にミアの正体を知らない侍従が何人もいるから。だけど、ミアはそれを察して応えたわけだ。
「そうと決まれば、さっさと食べるのじゃ」
ミアは気合を入れて朝食の続きを始めて、あっという間に平らげる。すると、そんなミアを見てサンビタリアが「下品な娘ね」と、口をハンカチで押さえて話して睨み見た。でも、そんなものはミアにとっては些細な事。ミアはごちそうさまをして椅子から降りると、直ぐにルニィ達侍従を連れてこの場を去った。
「サンビタリアお姉様、ミアにあまり失礼な事を言わないで下さい」
「あら? 一年見ない間に随分と言う様になったわねえ。前はアネモネみたいに大人しくていい子だったのに。反抗期かしら? 悲しいわ」
「命を何度も狙われていれば変わります。それよりもミアの事です」
「たかが公爵令嬢なんてどうだっていいじゃない。ねえ? ツェーデン」
「仰る通りでございます」
サンビタリアに同意したのは、お帰りなさいパーティーでもサンビタリアの側にいた側近ツェーデン=ドイターだ。古い歴史を持つドイター公爵家の子息の長男で、年は十七歳。深い緑色の髪で、細いつり目。イケメンな顔で細めの体にがっちりとした筋肉を持ち、それは執事服で隠れている。サンビタリア派の女性陣から人気が高い、声までイケボな男である。そして彼にとって、ミアの存在は異質だった。
「同じ公爵の子供の立場からすれば、この場で王族の方々と同じ席につき食事をしている事の方が、よほど問題に存じます」
「ふふふふふ。流石は私の側近ね。私が感じている事を口にしてくれるなんて嬉しいわ。そう言う事よ、ネモフィラ」
「ミアは――」
「まあまあ。そんな事はどうでもいいだろ? ネモフィラはお友達のミアがぞんざいな扱いを受けているのを見たくないってだけだ。俺だって友がぞんざいに扱われる姿は見たくない。そう思わないか? サンビタリア姉さん」
「まあ。アンスリウムったら珍しくネモフィラの肩を持つのね。それでは私が悪者みたいでじゃない。酷いわ」
「実際に悪者だろう?」
アンスリウムとサンビタリアが睨み合う。かなりギスギスした空気になり、しかも国王の前でこんな事になるのは滅多に無い事で、国王は本気で動揺した。だけど、それは国王だけだ。
王妃はため息を吐き出すと、ネモフィラとランタナとアネモネにそれぞれ視線を移して「早く食べてしまいましょう」と一言告げて食事を再開する。ネモフィラも王妃に言われてしまったので、少し不機嫌ながらも食事を再開した。
(わたくしのミアにあんな酷い態度だなんて! そもそもミアは公爵令嬢ではなくて公爵です! サンビタリアお姉様のバカ!)
訂正。ネモフィラは少しどころか激おこプンプンモードだった。




