第二王子の婚約者(3)
「目の前で自殺されると思ってびっくりしてしまいました」
「はっはっはっ。なあに気にする事は無いのじゃ」
アンタが気にしろ。と言いたい所だが、それはともかくとして四階から飛び降りたミアは、魔道具ワタワタを使い無事に着地してリベイアと合流していた。今はリベイアが落ち着いたところで、当然の事だが少し前まではもの凄く動揺していた。
「あ。私ったら忘れる所でした。私はリベイア=レムナケーテと言います。先程は助けて下さってありがとうございます」
「ワシはミア=スカーレット=シダレなのじゃ。先程と言うのは、おばさんに囲まれていた時の事かのう?」
「おば……ふふ。はい。本当に助かりました。でも、貴女があの人達に嫌がらせを受けないか心配です」
「気にする事は無いのじゃ。もし何かしてきたら返り討ちにしてやるのじゃ」
「えええっ? 返り討ちだなんて、絶対にそんな馬鹿な事をしてはダメです。貴女も聞いたでしょう? あの方々の一人はボーツジェマルヤッガー公爵の娘です。そんな事をすれば、最悪ご家族の方も何をされるか……」
「そんな事より、リベイアの方が心配なのじゃ。いつもあんな風にイジメられておるのか?」
「それは……」
リベイアは口籠り俯いて、ミアは言葉の続きを待った。少し時間が経つとリベイアが顔を上げて、周囲を見て他に誰もいない事を確認し、ゆっくりと口を開く。
「実は、私はランタナ=テール=キャロット様と婚約をしていて、婚約を始めた頃からあのような事を受ける様になりました」
「ほう。ワシが思うに、嫉妬……と言うわけではないのじゃろう?」
「はい。私の両親とあの方々はサンビタリア殿下の派閥の者なのです。だから、ランタナ様と婚約した事を裏切りだと……。でも、父と母は裏切るつもりはありません。婚約者と言う私の立場を利用して、ランタナ様をサンビタリア殿下の下につけようとしています。それには派閥内の者たちも賛成して、最初は私を使ってランタナ様を陥れようとしていたのです」
「最初は? と言うと、今は違うのじゃな」
「ランタナ様を陥れるのが嫌で、私が拒み続けたんです。それであのように私を責める様になりました。でも、ランタナ様はサンビタリア殿下の派閥の両親を持つ私にも優しくしてくれます。そんな優しいあの方を陥れるなんて、私には出来ません」
「ふむふむ。そう言う事か。何となく分かったのじゃ。つまり、お主がちいっとも言う事を聞かぬので両親はお主を見捨てて、サンビタリア派の者たちもそれを知ってお主をイジメだしたのじゃな」
「……はい」
リベイアは頷くと、顔を曇らせて再び俯いてしまった。これはサンビタリア派の人間達による派閥内の揉め事だった。と言っても、リベイアは完全に巻き込まれたと言えるだろう。何故そう言えるのかと言うと、両親がサンビタリア派だとしても、リベイアにそんなものは関係無いからだ。親の都合や周囲の都合や考えに振り回されて、両親がそうなのだからお前もそうだと決めつけられている。だから、サンビタリア派なのにランタナに肩を持つ裏切り者だとしてイジメや嫌がらせを受けていた。
「先程は、役に立たないのであれば今直ぐ婚約を破棄して、その座を自分達に譲れと言われていました。そうすればランタナ様を手玉にしてサンビタリア殿下の言いなりに出来ると。だから、私は派閥とは関係無いし、そんな事は出来ないって断ったのです」
「ふむ。つまり、リベイアはランタナに惚れておるのじゃな」
「はい……はい? えええええ!? そんな話はしてないですよ!?」
ミアの突拍子の無い言葉に、リベイアが驚いて思わず大声を上げた。だけど、その顔は赤く染まっていて、ミアの言った事はどうやら図星らしい。それに否定の言葉も出てこないので、ミアはニコニコと笑顔を向けた。
「ワシに任せるのじゃ。これでもワシは経験豊富でのう。若い時には……っと、ワシの事よりリベイアとランタナの事じゃな」
「あの……失礼ですけど、ミアは私より年下に見えるのですけど」
「あ。う、うむ。気にするでない」
“あ。”じゃねえよって感じで、ミアは相変わらずアホである。前世で八十まで生きていたので経験豊富かもしれないがアホなのは変わりない。冷や汗を流しながら、ミアは「はっはっはっ」と笑って誤魔化した。
「そ、それよりもなのじゃ。お主はランタナに随分と冷たい態度をするそうじゃな。惚れておるなら少しは優しくしてやってはどうなのじゃ?」
「迷惑をかけたくないんです。あの方は本当にお優しい方で、サンビタリア派のいざこざに巻き込みたくないんです」
「うーむ。そうじゃのう。リベイア、あくまでワシの考えじゃが少し聞いてほしいのじゃ」
「……なんでしょう?」
「お主等は将来結婚して夫婦になるであろう? 夫婦になれば色々な事を共に乗り越えねばならぬ。じゃから、それの予行練習と思って相談するのも一つの手なのじゃ」
「予行練習……ですか?」
「うむ。夫婦とはそう言うものじゃ。それに、ランタナはお主と仲良くなりたいようじゃぞ。さっきもワシにお主の事を紹介したいと申しておった」
「え!? ランタナ様が私を貴女に……あれ? ミア、貴女はいったい……」
「そう言えば名前しか言っておらんかったな。ワシは先日から城で世話になっておる子供じゃ。一応爵位は公爵なのじゃ」
「こ、公爵家のご令嬢だったのですか!? そ、そうとは知らず申し訳ございませんでした」
「なんじゃなんじゃ? 何故謝るのじゃ?」
「だ、だって、公爵家のご令嬢に無礼な態度を……」
「爵位などただの飾りみたいなもんじゃし、気にしなくていいのじゃ。それに、それを言いだしたらお主は王子の婚約者なのじゃ。ワシの方が将来的に立場が下なのじゃ」
「そうかもしれませんけど」
「まあまあ気にするでない。それよりも作戦会議を行うのじゃ」
「え? 作戦会議ですか……?」
「うむ!」
ミアは満面の笑みで頷き、リベイアは頭上にクエスチョンマークを浮かべた。




