話の通じない王女様
「サンビタリア様のご活躍は我々の耳にも届いておりますぞ。なんでも、天翼学園で生徒たちから絶大な人気がおありだそうではないですか」
「あら。恥ずかしいわ。私はただ生徒たちの悩みを親身に聞いてあげているだけで、変わった事はしていないのよ」
「アネモネ様ご卒業おめでとうございます。失礼ですが、こちらの方が婚約者の方ですかな?」
「ええ。ブレゴンラスドの第七王子ゴーラ様よ」
「アンスリウム様。お帰りなさいませ。天翼学園で大変素晴らしい成績を収めたと聞き及んでおります」
「当然の結果だ。大した事は無い」
お帰りなさいパーティーの会場にて、それぞれの主役がそれぞれの派閥の者たちと挨拶を交わしていた。だけど、ここに集まったのは主役三人とその派閥の者だけではない。ネモフィラ派の者やランタナ派の者もいて、どれにも属さない者もいる。そう言った者たちは、国王や王妃やランタナに挨拶をするか、各々で適当に会話をしているかと言ったところだ。しかし、そんな中でパーティー会場の扉が開かれて、桜の花びらのように美しい髪の少女が静かに入場して視線を集める。
「おお。ネモフィラ様だ。幼いながらもなんと美しい」
「ええ。あんなお方が王太子候補でないなんて、本当に勿体無いわ」
「まさに国の宝だ」
会場のあちこちから聞こえる賛美の声。しかし、それも頷けると言うもの。
ネモフィラの美しさは誰の目をも奪えてしまう程に素晴らしく、思わずため息を漏らしてしまう程に心を奪われる容姿。綺麗に咲く桜の花が風に揺られているように、綺麗に整えられたツインテールは静かに揺れ動いていて、それを宝石で彩られたティアラが照らす。落ち着いた表情は清楚を思わせ、透き通った澄んだワインレッドの瞳がより一層にそれを強調させる。白をベースにしたドレスが更に美しさを加速させ、それは最早神秘と言うべき姿となっている。
まさに絶世の美少女であるネモフィラは、会場に入るとランタナを見つけて顔を綻ばせ、それを見た会場内の何人かの時を止めた。そして、主役の自分より明らかに目立っているネモフィラを見て、サンビタリアが顔を歪めて進み出る。
「随分と遅かったわね、ネモフィラ」
「サンビタリアお姉様。ごめんなさい。ミアと一緒に来ようと思って部屋に行ったのだけどいなくて、少し捜していたのです」
「ミア? ああ、あの子なら少し前にここから出て行ったわよ。ねえ? ツェーデン」
サンビタリアが背後に視線を送ると、そこには二人の男が立っていて、ツェーデンと呼ばれた若い男が「はい」と頷く。それを聞いてネモフィラは「そうですか」と少し顔を曇らせた後に、直ぐにもう一人の男に視線を向けて微笑んだ。
「ごきげんよう。レムナケーテ侯爵。サンビタリアお姉様とお話をしていたのですか?」
「はい。サンビタリア様にうちの娘について相談をしていました」
「ふふふ。ほんっとうに困ってしまうのよ? リベイアったら親の言う事を聞かないらしいの。可哀想でしょう?」
「リベイア様が……?」
「本当に困った娘です。サンビタリア様への忠誠心が足らず、実にお恥ずかしい」
レムナケーテ侯爵がため息混じりに話すと、ネモフィラは「そうなのですね」と一言だけ返して、アンスリウムやアネモネにも挨拶に行く事を伝えてこの場を去った。
「ねえ? さっきの話なのだけど、貴方の娘の忠誠心が足りないなら、それを増やす良い方法があるわ。試してみる?」
「それは誠でございますか!? 是非! サンビタリア様の為であれば、なんでも致しましょう!」
「うふふふ。良い心がけね。レムナケーテ侯爵」
サンビタリアが笑みを見せ、レムナケーテ侯爵はまるで神を崇めるような視線をサンビタリアに向けた。するとその時、背後から「サンビタリア姉さん」とランタナが声をかけた。
「あら? ランタナじゃない。何か用かしら?」
「リベイアの姿が見えないから。何処にいるか聞きたいんだ」
「リベイアの居場所? 知らないわね。知っている?」
サンビタリアが答えた後にレムナケーテ侯爵に質問すると、レムナケーテ侯爵は首を横に振った。
「申し訳ございませんが存じません。パーティーが始まってからずっとサンビタリア様に同伴させて頂いておりましたが、リベイアはサンビタリア様への挨拶にも来ていません。恥ずかしい事に、忠誠心も無い始末。どうせパーティー会場を抜け出したのでしょう。本当に困った娘です」
「可哀想なレムナケーテ侯爵。こんなにも娘の事を心配しているのに」
どこに心配している要素があったのか謎だが、サンビタリアは本気でそう言ってレムナケーテ侯爵に哀れみの目を向ける。ランタナは思わずため息を吐き出しそうになり、それをグッと飲み込んで耐えた後、笑顔を作って「ははは」と笑っておいた。
「ところで姉さん。さっき父さんとも話したんだけど、ミアに侍従……と言うよりは護衛を返してやってほしいんだ。理由は言わなくても分かるだろう?」
「そうねえ……。私は必要無いと思うのだけれど、貴方はどう思う? レムナケーテ侯爵」
「姉さん!」
「申し訳ございません。私にはそのミアと言う方が何方か存じません。どの様な人物なのでしょうか?」
「ただの公爵令嬢よ。まだ五歳のね。うちで預かっていて、普段は侍従を三人も貸してあげているのよ。今日は彼女達を一時的に返して貰ってるだけ」
「なるほど。であれば、必要は無いでしょうな」
「でしょう? 今は私やアンスリウム達の侍従を休息させてあげたいのだもの。体力に余裕のある人材には代わりに働いてもらわないとね」
「仰る通りでございます。流石は次期王となる方だけあって、下への心配りも素晴らしいものですな」
「うふふふ。大袈裟ね。これくらい出来て当然。ランタナはまだ子供だから分からないのよ」
サンビタリアとレムナケーテ侯爵の会話は聞いていて気分が悪くなる。ランタナはそう感じずにはいられなかった。ミアの正体を隠さないといけない現状で、これ以上の話し合いは出来ないとランタナは判断し、ため息を吐き出したくなるのを抑えてこの場を去った。




