第三王女の機転
「侍従が護衛騎士一人だけだなんて、危機感が足りない子は気楽よね」
メイクーの申し出をアンスリウムと同様に断っておいて、よくそんな言葉が出たものだと言いたくなるが、それを言う者はこの場にはいなかった。と言うわけで、ミアのお茶のお誘いを受けたサンビタリアだったが、早速嫌みを開始した。だけど、それは長く続かなかった。
「まったく、自覚が足りていな――」
「何を言うておる。お主等姉や兄の為のパーティーの準備に駆り出されとるからなのじゃ。お主はフィーラの姉上じゃろう? 迷惑までとは言わんが、世話をしてもらっておるのじゃ。一言謝るなり感謝するなりせんか。ですのじゃ」
最後に取り繕って? 丁寧な言葉で終わらせたが遅い。ミアのお説教にサンビタリアは目を丸めて驚き、直ぐにニコリと笑顔を見せたが、こめかみはピクピクと動き怒りが見えている。
ネモフィラはさっきまで曇らせていた顔をほんのり赤色に染めてミアに視線を向けた。
「ミア。いいのです。わたくしがお父様に頼めば良かったのですから」
「そうよ。これはネモフィラが悪いの。私のせいにされるなんて心外だわ。それに、公爵家の娘の癖に私にそんな態度をとっていいと思っているの?」
「それもそうじゃな。ワシが悪かった。すまぬのじゃ。ですのじゃ」
予想外にも素直に謝るミア。
サンビタリアもまさか謝られるとは思わず驚いて、気に食わないまでも「分かればいいのよ」と感情を抑えた。ただ、サンビタリアには知る由も無いだろう。これはミアが単純に前世で積んできた人生経験からくるただの演技だと。
(やはりこう言う娘を引かせるには初手で謝るのが一番なのじゃ)
ミアの心情はこんなんである。
一見どこにサンビタリアが引く要素が? と思うかもしれないが、意外とこれで上手くいく。何故ならば、自分の非を認めてそれを口にしてからの謝罪と言うのは、意外と出来ない二連コンボ。それは何処の世界も同じ事で、大抵は言い逃れやそれ以上の相手の非を探そうとして口にする。だから、最初に素直に非を認めて詫びれば、話も拗れずに終わるものだったりする。もちろん必ずそうなるとは限らないが、前世八十のお爺ちゃんだったミアからしてみればサンビタリアは十八のまだお子様。大人の対応で切り抜けるには余裕な相手だった。
まあ、そう言うわけなので、実際にはちっとも悪いと思っていない。なんならサンビタリアを、ひねくれ者じゃなあ。くらいに思っている。因みにミアの心情はともかくとして、実際はサンビタリアが聖女相手に随分と無礼な態度をとっているので、本来であればサンビタリアが重罪になる状況だったりする。とは言え、ミアが聖女と言う事は隠している事で、侍従たちにも内緒の話。だから、この場でサンビタリアを無礼だと思うサンビタリアの侍従は一人もいなかった。しかし、ミア信者のメイクーはそうでは無い。
「メイクー。控えて下さい」
不意に聞こえたネモフィラの真剣な声が向けられた先……メイクーが剣に手を伸ばし、今まさにそれを引き抜こうと構えていた。
「な、なんじゃあ? 敵襲なのじゃ?」
ミアがメイクーのそれに気づいて声を上げると、サンビタリアの侍従がサンビタリアを護るように囲み、護衛騎士が剣を抜く。しかし、敵襲などあるわけが無い。メイクーが剣を引き抜こうとしていたのは、聖女であるミアに無礼をし続けるサンビタリアを、この場で取り押さえて国王の前に連れて行く為だったからだ。なんならこの場で斬り捨てても良いとさえ考えていた。聖女にあだなす不届き者と言う理由があれば、例え相手が国の王女だろうと関係ないのだから。しかし、ミアの正体を知らないサンビタリアの護衛騎士はそうではない。
サンビタリアに向けられた殺気に気がつき、サンビタリアの侍従がメイクーと睨み合う。この場の空気が殺気で充満し、今にも殺し合いが始まりそうな雰囲気になってしまった。もちろんこの状況をサンビタリアが気付かない筈もない。
サンビタリアは不機嫌そうに顔を歪ませて、ネモフィラをギラリと睨んだ。
「ネモフィラ、これはどう言うつもりかしら?」
「メイクーが失礼しました。窓の外を小鳥が飛んでいたので、わたくしとミアの命を狙う暗殺者だと勘違いしたようです」
(むう? 小鳥じゃと? そんなものはおらんかったがのう。しかし、嘘をついたと言う事は、何か理由がある筈なのじゃ。ここは黙っておくとするかのう)
ネモフィラが一瞬で考えた嘘。メイクーの立つ位置からだと窓の外が窺えて、その方向にはサンビタリアが座っていたので、それを利用して嘘をついたと言うわけだ。そしてそれは、意外と上手くいった。
「小鳥を暗殺者と見間違えた……? ふふふふふ。流石はネモフィラの騎士ねえ。無害な小鳥を見間違いて警戒するなんて~。野盗に後れを取るだけはあるわねえ」
サンビタリアが馬鹿にしたような視線をネモフィラとメイクーに向けて嘲笑う。サンビタリアの護衛騎士も同じように騙され、メイクーが殺気を放ったのがサンビタリアでは無く、その背後の窓の外だと勘違いして失笑しながら剣を納めた。
メイクーも流石に冷静になって、主であるネモフィラにご迷惑をかけてしまった。と反省して殺気を消して落ち着いた。しかし、それでも敵意が少し顔に出ている。と言っても、それは直ぐに治まる事になる。
「はい。わたくしが命を狙われている身なので、何事にも警戒が必要だと、わたくしの身を案じてくれているのです」
「うむうむ。メイクーは優秀な護衛なのじゃ」
ミアがネモフィラに同意して褒めると、メイクーは忽ち破顔して笑顔になった。




