タンポポ庭園の事件簿(1)
国王に連れられてダンデ村を出てから数日後。ミアはタンポポの庭園で有名な村へと辿り着いていた。この村に来たのは城へ向かう道中で通り道にある村だったのと、昼食をとる為。馬車を降りると目の前にはタンポポの庭園が広がっていて、とても綺麗に花を咲かせていた。
「おお。見事じゃのう」
「昼食をとったら直ぐに村を出る予定だけど、父さんに頼んで一日ここで休んでいくかい?」
「やめておくのじゃ。ですのじゃ」
「いいの?」
「うむ。こう言うものは限られた時間で見るから綺麗なのじゃ。ですのじゃ」
ランタナは「一理ある」と笑顔で頷き、ミアをエスコートする為に手を差し出し、ミアはその手をジッと見つめてから手を置いた。ミアとしては慣れない対応に戸惑い、恥ずかしくて断ろうとも思ったけど、ここで断るとランタナの顔を潰す事になると思って応えた感じである。
「ほう。中々良い所ではないか。気にいったのじゃ」
「それは良かった」
二人が到着した場所はタンポポに囲まれた屋外レストラン。
先に国王の侍従たちが準備をしていて、国王もいつの間にやらそこで待っていた。それに、国王の側にはとても優しそうな中年男性の姿がある。この男性はこの村の村長で、国王に挨拶に来ていたようだ。村長はミアとランタナがやって来ると二人に挨拶を交わして、厨房のある屋内へと歩いて行った。
「早いですね」
「私の側近を全員ネモフィラの護衛につけておいた時に、念の為にこの村の村長に経過報告の伝言を残すように伝えていたのだ。お前もボルクに同じようにしたのだろう?」
国王がそう言いながら手紙をランタナの前に出し、ランタナはそれを受け取った。
「ボルクと言うのはランタナ殿下の侍従の名前かのう? ですのじゃ」
「ああ。私の侍従の中でも優秀な者で、いつもは側近として側に仕えさせているんだ。今はフィーラの護衛を任せていて、この村に着いたら、何か変わった事があったかどうかを紙に書いて教えるようにと命じていたのさ。どうやら国王陛下も私と同じ考えだったみたいだけどね」
ミアの質問に答えると、ランタナは手紙を読み始める。
「陛下は娘の様子が心配で早く来たわけなのじゃな。うむうむ。納得なのじゃ」
それならば当然だと、ミアが納得して何度も頷いていると、それを不思議そうな目で国王が見た。
「ミアは不思議な事を言うな。国の王である私が、娘が心配で真っ先に報告を聞きに来た事に何の疑問も感じないのか? 今この場にいない私の側近などは、国王として相応しくない行動だと小うるさく咎めてくるぞ」
「はっはっはっ。それこそ不思議ではないか。側近の立場で王を咎めるなど、本来は処罰されるべき行為なのじゃ。それを気にせず話してしまう時点で、お主の人の良さが窺えるのう。あ、ですのじゃ」
ミアが一番失礼だが、それは最早いつもの事で、国王とランタナが苦笑した。すると、そんな時だった。少し離れた場所から「自警兵団を呼べー!」と大きな声がして、何やら騒々しい多数の声が聞こえてきた。
「なんじゃ? 騒がしいのう」
「気にしなくていい。いつもの事さ。私達がいると民が集まってくるからね」
「そう言うのではないと思うのじゃが……うむ。ちょっと見て来るのじゃ」
ランタナは気にしなくて良いと言ったが、ミアは気になって騒がしい方へと駆け出して、それを見て国王が慌てて女騎士について行くようにと命じた。騒がしい場所に辿り着くと、そこには観光客らしき風貌の人だかりがあり、その中心にはこの村の兵士が数人いた。
「やっぱり何かあったみたいじゃな」
「そのようですね」
「っのじゃあ!? びっくりしたのじゃ。誰なのじゃ?」
ミアは独り言をしたつもりだったので、それに返事が返ってきて驚いて振り向く。するとそこに立っていたのは、妙にニコニコしていて締まりがない顔をしている若い女騎士だった。
「これは失礼致しました、ミア様。私、ネモフィラ様の護衛騎士をしておりますメイクー=ラベンダーと申します。国王陛下の命により、ミア様の側にいるようにと承り参りました」
(そう言えば、お披露目会でワシと一度目を合わせた騎士なのじゃ。しかし、今更じゃが、一人だけとは言え何故に護衛騎士を残したのじゃ? 戦闘要員は必要だと思うのじゃが?)
などとメイクーを見てミアは考えていたのだけど、そこで物騒な話が飛び込んできた。
「もうこれで二十件目か」
「いったい誰が? 観光客ばかりが狙われてるそうじゃないか」
「このままだと観光客が減って、村の利益が激減するわ」
「そうなったらお終いだ。老後の貯金を貯めながら庭園の維持が難しくなっちまう」
「くそっ。いったい誰が子供のパンツを盗んでいるんだ!」
(パンツを盗む……なのじゃ?)
今この村では、タンポポ庭園に来た観光客の子供のパンツが盗まれると言う、なんとも恐ろしい大事件が起きていた。
(由々しき事態じゃけど、とくに気にする必要もなさそうじゃな)
子供のパンツが盗まれてしまう大事件だと言うのに、ミアは興味無さそうにこの場を去ろうとした。まあ、これは仕方のない事ではある。ミアは前世でコンビニで傘を盗まれたり、近所のモール型ショッピングセンターなどで買い物中に自転車を盗まれたりと色々あって、仕方が無いとその時に割り切る免疫精神のようなものを培ってしまったのだ。だけど、そんなミアをも動揺させる嫌な情報が耳に入ってくる。
「先日に王女様のパンツも盗まれたと言う話じゃない。ああ、恐ろしい。このままだとこの村は終わりよ」
(王女のパンツまで盗まれたじゃと!? それは結構不味いのではないか!?)
ミアの懸念は大当たりだ。これは明らかな王族への敵対行為。たかがパンツと斬り捨てる事なんて出来る筈も無い。案の定と言うべきか、ネモフィラの護衛騎士メイクーから殺気めいたものが飛び出して、その顔は鬼の様な形相をギリギリ抑えたような恐ろしい表情になっている。
「ミア様、直ちに国王陛下とランタナ殿下にご報告致しましょう」
「う、うむ」




