新規キャラは、波乱を呼ぶの?
先日、偶然にも主人公との出逢いを果たしたエリーは、妖精の家でのんびりしていた。
隣にはレオン。
将来的に自分を振ることになる男なうえに、彼らとの関わりで処刑台行きの修羅場を迎える可能性が高いわけだが、今は少年。せめてこの平和な時を謳歌したい。
主人公との買い物は、いつにも増してスリリングだった。
やはりというか想像していた通り、キャサリンにひそひそと「困った事はないかい?」とチラチラと疑惑の眼差しをエリーに向けながらキャサリンを慮る人々の中で、平然と立っていることと言ったら疲れるったらない。
マイクからは本当に何もしてないのに、この状況なのかと?と問われ、それが私の宿命のようなものだと答えた。
「彼らの妄想など全部間違いだと気づかせるように行動していないんだろう。」
とマイクが痛いところを突いてきて、エリーは思わず毒づいた。
「ええ、そうかもしれないわね。けれど人というものは、自分の信じたいものを信じるものですわ。私がどれほど善行を重ねようと、私を悪く言いたい人にはそのような姿など目に入りませんし、そうであってほしいと思う話を捏造してまでイメージを創り上げていくこともあるものです。」
「なんかよく分からんが、お嬢のくせに俺らみたいな庶民に構って風変りだってことは分かるんだが、別に彼らほど嫌う理由は分からんのだ、俺には。」
「…ここ最近、私に関する悪い噂が飛び交っているのですわ。勿論、事実ではございませんが…。お二方は引っ越してきたばかりですし、これから耳にすることも多くなるでしょう。」
そう言うと、後ろでずっと黙っていたマリーが口を出した。
「お話を遮るようで申し訳ございません!ですが一言よろしいでしょうか。…これから多くの噂を耳にすることがあっても、騙されないでください。私のお嬢さまは、噂で言われるような我儘で男好きで傍若無人で顎で人を使うような傲慢知己な高飛車女などではございません!!」
男好き!?
なるほど、なるほど。私が知らない噂も飛び交っていたようだ。思わず被弾した気分だ。
「お嬢さまはお優しくて、使用人の誰かが病気になれば身体に良い物をとお見舞いに下さったり、疲れているようだけれど大丈夫かと声を掛けて下さったり、実際に休ませたり…。大人しく不器用な様子ですが、お嬢様にきちんと向き合ってくだされば、噂なんて嘘だと分かって下さるはずなのに、誰もお嬢さまを真正面から見てくださらない!!お嬢さまは何も不満を零しませんが、私はそばで見ていると心が痛くてたまらないのです!!でも、私がそう言うと、きっと『言いたくもないのに、好感度のために脅され言わされたのだろう』なんて言われ、結果的にお嬢さまの迷惑になりかねない!だから黙っていましたが、もう耐えられません…!」
マリーから迸る熱い気持ちを受け取ったエリーは顔を真っ赤にさせて俯いた。
意味もなく悪意を受けるのも、精神的に疲弊することに変わりないが、これほど肯定的な意見を受け取るというのも、こそばゆくて恥ずかしい気持ちになるものなのだな。
「お、おう…。」
若干引き気味のマイクが頷くと、遠くでキャサリンの怒る声が聞こえてきた。
「あの方は初めて会った私たちに優しく道案内してくださった方です!あなた方が知ってるのは噂だけじゃない!ご本人と喋ったこともないのに、決めつけるなんて、自分がそうされたらどう思うんですか!もう良いです!」
何故だろう。
原作では確か、敵対関係にあるはずのキャサリンが自分のために、自分が今から入らなきゃいけない巣の先住民に啖呵を切っている。
今後、彼女や彼女の家の商いに嫌がらせがないか目を光らせておかないと、最初が肝心なのにやはり私のせいでこんなことになって・・・
などと、エリーが罪悪感からの使命感に燃えそうになっていた時だった。
「あ、ああ、ごめんよ、お嬢ちゃん。お嬢ちゃんの言う通りだ…。」
ん?
「そうだねぇ…私たちからはうんと遠い身分の方だしねぇ、伝え聞くことばかりに気を取られちまったんだよ。」
はい?
「お嬢ちゃん若いのに、自分の意見をはっきり言って偉いねぇ!最近じゃあまりいないから、おじさん嬉しいわ。」
えぇ?
そこはこうでしょ?私にはこうでしょ?
『なんて生意気な女なんだ、やっぱり噂通りの高飛車女だ。』
『ご貴族様っていうからどんなに教育された子かと思いきや、我儘なだけじゃないか。』
『傲慢知己って、よく言ったもんだ。しっくりくるなぁ!』
私がさっきの台詞言ったらこうなるでしょ?
主人公だから?キャサリンだから?
これが主人公補正というものなの?
良い子、良い子と頭を撫でられながらプリプリと怒りを見せるキャサリンを、呆然と見つめながらエリーは脱力した。
::::::::::::
という訳で、今エリーは大変に疲れていた。
新しく現れた登場人物は、やはり物語上、敵対関係の相手側だ。
自分から嫌がらせしなければ敵対になることはないかもしれないが、周囲の人間の反応の差が激しすぎて、実際に目の当たりにしたら今までの自分の苦労って、虚しいなぁと思ったのだ。
そして、レオンの横顔を見つめながら思った。
彼との婚約も回避できなかった今、どうしたって原作通りの展開が待っているのではないだろうかとエリーの胸に強い不安が過った。
けれど、このところエリーの心に不可解な感情が見え隠れして、エリーは途方に暮れていた。
婚約を回避したかった。それは本心なはずなのに、彼の隣にいることができない日が来るのだなと想像しただけで、胸が締め付けられるのだ。
なんだかんだキャサリンは良い子だ。マイクも実直そう…。
だが、皮肉なことに一緒にいて安らぎを見出したのはレオンという事実に、エリーは溜息を零した。
胸を締め付けるそれが何なのか、私には分からないけど、恋愛感情にならないように自分を律する必要がある。そうでなければ、避けられない別れを苦しまなければいけなくなるのだ。今以上に。
それは嫌だし、華麗に身を引きたい。
そしてふと、町の人々の様子を思い出してレオンに一つの疑問が過る。
色々な噂など、簡単に手に入る。婚約者の噂だって、すぐに耳にしているはずの立場であるレオンが、どうしてこうやって自分のそばにいてくれるのか。
今世で初めて、と言ってもいいだろう。
「レオン様はどうして、私と一緒にいてくださるのでしょう…?」
ぽつりと零した言葉は、隣で本を読んでいたレオンにしっかりと届いていた。
ふと本から顔上げたレオンがエリーを見つめる。
「また変なことを聞くね。どうかしたの?」
「・・・城の外からの私の醜聞はもうお聞きになっているはずですわ。どうしてそれなのに、私に説明を求めず一緒にいるのだろうと思いましたの。」
「ああ、確かに色々な噂が耳に入ることは入る。だが、父を舐めたらいけないよ。それ相応の諜報員を囲って、すべての情報を握ってる方だ。この秘密の家だってきっと知ってるのに黙ってるだけさ。…だから、君の噂が真っ赤な嘘で事実無根であることくらい知っている。…と、言いたいところだが、俺はまた愚かなところがあったから、君と初めて会ったときは多少、噂の影響があったんだ。…でも、ちょっと喋って、自分の先入観を捨てたら、君はまるで違う人だと分かったんだ。」
そしてレオンは不意にエリーから目を逸らし「……今では、そばにいてほしい人だ…。」と言った。
が、その台詞はあまりに低く小さい声で言うものだからエリーには聞き取れなかった。
「そうなの…。でも、もし。これからも新しい噂が流れて来たら?諜報員ですら事実を確認できなかったら?」
「そうしたら俺は、自分の信じるままに君を見つめ続ける。疑問があったら君に聞くし、どんなに巧妙な噂にも負けない。・・・信じて。」
「…はい。」
ドクンと跳ねた鼓動が規則正しい脈を打つまで、エリーは秘密の部屋から城の庭園に辿りつくまでの時間がかかった。
その庭園を歩いて城まで戻る途中だった。
二人並んで歩いていると、目の前にプラチナブロンドの髪をさらりと風に靡かせ紫の瞳をした少年が現れた。
やっと静まった鼓動が激しく打ち鳴らす。
とは言っても、先程の物とは意味が違うことはさすがのエリーにも分かった。
「…兄さん。」
「ユリアスか…。どうした、こんなところで」
「嫌だな、僕だって散歩くらいするよ。」
「あ、いや滅多に出ないから、悪気はない。」
この寒々しい空気。
ユリアスと呼ばれた彼の容姿とレオンを兄と呼んだことから、彼は現王妃リリーの実子でありレオンの異母弟であることは分かった。
だが、悲しいかな記憶の中にユリアスという名前のキャラ紹介がなかったことからエリーは新規キャラの登場に眩暈を起こしかけていた。
幸子の辞書にユリアスに関連づいた情報はない!
それもそのはずだ。
物語はキャサリンを主役に回っている。
主要キャラとして活躍していなければわざわざ名前の紹介はなかったのだろう。
幸子が原作を読んだり、アニメを見たりしてくれていたら、少しは分かっていたのだろうか。つらい。
主要キャラが料理の中のメインなら、サブキャラは味付けであり隠し味。物語を回していく歯車になくてはならない存在だが、それは物語を追って行く上でネタバレにならないよう隠されていることがある。
ということを踏まえると、幸子がこの物語を知らないことやエリーは悪役であって主役ではないことを踏まえると、彼はレオンと早々と婚約したエリーの視点だからすぐに現れたということになる。
彼の登場でエリーの人生がどう動いていくのかまるで分からない。
人生なんてそういうものだが、回避したい結果があるなら知りたい情報もあるというもの。無念だ。
「ところで、彼女にままだ会ったことがないだろう?挨拶したらどうだ。」
レオンの言葉に、ちらりと冷たい眼をエリーに向けたユリアスはその美麗な顔を歪めて笑む。
だが奇妙なほど憎しみより怒り、侮辱よりも疑惑の籠った瞳にエリーは気づいた。
「お初にお目にかかります。エリー嬢。お噂はかねがねお聞きしております。私は第二王子、ユリアス・エイデンと申します。」
『お噂』を強調するあたり、なるほどこれは市井でのエリーの評判を聞き、信じているのだろう。
「ご丁寧に恐れ入りますわ、ユリアス殿下。私はエリー・ハッシュトン。侯爵家の娘にございます。お初にお目に掛かれて、光栄ですわ。」
「フンッ…侯爵家であることなど、存じておりますよ。王家の者としても、兄の婚約者だと踏まえても、そのくらい弟なら知っていて当然です。わざわざ繰り返してなんの意味があるのやら。」
皮肉な声音に、エリーは一瞬怯む。
「ユリアス!その言い方はなんだ!」
レオンの怒りに滲んだ口調にハッとして、エリーは咄嗟に彼を止める。
あくまでもこれは私への挑戦。
兄弟仲までも拗らせたら、後が恐い。自分に売られた喧嘩は自分で買い叩いてやる。
「良いのですわ、レオン様。私の言い回しのほうに問題がありましたし、きっと・・・『色々なお噂』を耳にしておられるのでしょうから。」と言いつつ、レオンの腕を掴み、ユリアスに顔を向けた。
「私も、ユリアス殿下を馬鹿にしての発言ではありませんでした。それでも、殿下のご気分を害したこと、お詫びしますわ。」と深々と頭を下げた。その一連の動作を終え、ユリアスをジッと見つめニッコリ微笑んで見せた。
するとなにやら、ユリアスの顔色が妙に血色が良くなっていることに気づいた。
怒りのせいか。とエリーは判断した。だからと言ってこの猿芝居、止める気にはならぬ。
「それにしてもユリアス殿下…よほどお兄様のことをお好きなんですわね。きっと私がお兄様を独り占めにしているとやきもちを焼かれてしまっているように思えてなりませんわ。」
「なっ!!・・・そんなわけっ」
「分かりますわ。そんなお兄様のお相手が、大衆から嫌というほど醜聞を撒かれている女だともあれば、ユリアス殿下も心配になるのは当然ですものね。」
「ぼ、僕がそんな、そんなことっ!」
ユリアスは僅かに血色が良くなった頬が、みるみるうちに赤くなって、しどろもどろになっていく。
・・・これは、藪から棒に当てずっぽう言ってみただけだったが、これは図星かもしれない。
「ですが、ご心配には及びませんわ。…レオン様が誰と結婚されようと、レオン様がユリアス殿下のお兄様であることに変わりはありませんもの。」
事の他、「誰と」を語気強めに発音してしまったのは無意識か。
目の前のユリアスが、一瞬キョトンとしたが、エリーには隣にいるレオンの表情は見えていなかった。
「そ…それだと、貴女以外の女性との結婚も有り得るように聞こえる・・・。」
とぼそりと呟いたユリアスにエリーは応える。
「ものの例えですわよ。素直な方ね。…失礼ですがユリアス殿下の御年は?」
とレオンに問うと、「…こ、今年で9歳になったはずだ。」と答えが返って来た。
「でしたらお兄様が恋しくて当然ですわ。」
「・・・決めつけるな!僕は、そんな甘ったれじゃない!」
先程までの王子たる態度が崩れ出す。
思えば幸子の人生には、これほど素直に感情表現する人間はいなかった。いるのはどうしようもなく身勝手で陰湿で人を人とも見ていない親に、取りあえず標的を用意して自分はその影に隠れて安全を確保しようという自分本位で善悪の曖昧になった人、そして苦しめることで相手が苦しむ様子を悦に感じる人間だけ。
それを想うと、彼の態度は可愛いものだ。
「いいんですのよ、強がらなくても。王子とは言えど、まだまだ子供なんですもの。うふふ」
「う、うるさい!馬鹿にしやがって!!」
と怒鳴り、顔を赤くさせたまま走り去って行った。
その後ろ姿を見送りながら、呆気にとられ続けているレオンに声を掛ける。
「・・・弟君への無礼、どうかお許しください。レオン様。」
「無礼…?いや、あれはユリアスの態度のほうが悪い。気にしないでくれ。…それより、初めて見たよ。あの子のあんな顔。」
「少々からかい過ぎてしまいましたわ。彼は大丈夫でしょうか。」
「ユリアスはあれでさっぱりした性格だから、大丈夫だろう。……だが」
ふとレオンが考え込む。その横顔に暗い影を見て、エリーはハッとした。
ユリアスよりも、彼のバックにいる人のことを考えれば、先程の自分の態度は火だねに油を注いだようなもの。
彼女の存在をすっかり忘れていた。
今も城のどこかで見ているかもしれないと言うのに。
ああ、買い叩かないで捨てときゃ良かった。
とは言え、警戒すべき相手なのか未だはっきりした証拠も理由もない。
「まあ、きっと大丈夫だ。」
と、考え込んでいたわりには当てもないのにさらりと言うレオンをジッと見る。
『だが』の続きを訊いても、答えてくれないだろう。
その代わりに周囲の方から探りを入れることにしよう。
「・・・兄弟仲、よろしいんですか?」
「・・・そうだな、俺はユリアスのことを可愛い弟だと思っているよ。多分、ユリアスも俺を慕っているのではないかと思う。でも・・・」
さっきから言葉を濁してばかりだ。
「でも?」
「・・・母上が良しとしないはずだ。彼が俺に話しかけるのは人目のないところで偶然出くわした時だけだ。母上は、俺のことが気に入らないからな。理不尽な怒りを向けられることもしばしばだ。ユリアスは今より幼きころ、俺を毛嫌いしていた時期もあったのだ。だが、泣きながら『もう疲れた』と私に言ってきたことがあった。それ以降、付かず離れず、会話も短いが少なからずやり取りするようになった。未だに他人行儀なのはその名残だろうな。お互い様といったところか。」
「母上、と申しますとリリー妃殿下ですわよね?私、またお目通りが叶っておりませんから、面識がなくて。」
「ああ、そうだったな。…すまない。多分、俺のせいかもしれない。母上は私の関係するものには可能な限り目にしたくないとお考えの様子。エリーが気に入らないから、避けているわけじゃないだろうから、気にしないでくれ。」
「いいえ、もし意図的に私を避けているとなれば、謂れのない醜聞ばかり流される11歳の令嬢が、あろうことが王族のしかも王子たる方と婚姻関係をともなれば、王妃様だって王家の恥になるとお考えなのかもしれませんわ。レオン様だけのせいではありません。」
「醜聞…今日の君はそればかりだな。」
「当たり前ですわ。貴方のような方の隣に立つに相応しくないと自分でも分かっておりますから、気になるんです。分不相応だと、後で痛手を負うのは私だけではないはずでもの。」
「私の隣に立つことを望んでいるから、気にしているのか?俺に痛手を負わせたくないと、今から心を痛めているのか…?」
「え?」
横から聞こえた彼の問いに、エリーは一瞬、息を飲んで。
「約束、…約束したばかりですのに、忘れるわけないではありませんの?」
「…ああ、お互いのどちらかに好きな人が現れたら婚約を破棄する、あれのことか。…なら聞くが、もし俺が君を、君が俺を好いたとなったら、どうするのだ?」
「・・・・・・もし、レオンが私を好きになったら?・・・私がレオンを好きになったら。」
聞かれるなんて、思ってもいなかった言葉。だって・・・
貴方はいつか他の女性に心を誓う日が来るのだから。




