主人公は神出鬼没
王子レオンとの友情を少しずつ育むようになってから早二ヶ月。
その間はレオンの住む城にアポを取り付けて遊びに行ったり、レオンがエリーの家にお忍びで会いに来て、自分の家の周辺やお気に入りを教え合って、お茶を飲みながら笑い話が出来るくらいになっていた。
実に平和だった。
時折、他の令嬢からの非難めいた手紙や、「ありもしない被害を受けたと脅迫し、己の良いままに人を操っている」などと噂が広がっているようだったし、城下町まで出て買い物をしているとあからさまな嫌悪を示されたり、酷い場合はあるお店から出禁になりかけたことことがあったが、それ以外に真新しい嫌がらせは受けていないところからして、エリーはスルーしている。
慣れ切ったものとはいえ、最近その頻度が増しているのだけが気になるが、至って平和だと言えるだろう。
本来なら泣いて悔しがり、怒りや悲しみに視野が真っ黒になるところだが、前世幸子の影響もあってか、「あ、またコレかぁ」という既視感を踏襲しているだけの気持ちになれるので、幸子には感謝している。
さもなければ、身に覚えのない罪を着せられるやるせなさで、本当に悪役になる決意をしていたかもしれない。
「エリーお嬢さま、本日のご予定はいかがなさいますか。」
幼少期から私の専属としてお世話してくれているメイド、マリーにいつものように当日の予定の確認をされたので、エリーは今日は特に約束も予定もないから出かけるつもりよ、と答える。
わずかに困惑するのはいつものことだ。街にでるといつも不愉快な目に遭うのに、どうして懲りもせずに出かけるのだろうという疑問がマリーの目に浮かんでいる。
マリーの疑問はその通りで、きっとわざわざ災難に出くわす確率の高い外に自ら向かうよりも、使用人の誰かに用事を頼めば、彼らはきっとエリーの言うことを叶えてくれるだろう。
だが、それではエリーは満足できなかった。
とくに今はレオンが来る日に備えてお気に入りのお茶を選別したり、お菓子を吟味したりと自分の目や舌で考えて振る舞う日を思い描くことが楽しいのだ。
できる限り、自分の足で探し、目で見て選びたい。
とは言え、あちこち出歩けるわけではないが。
令嬢が出歩くというのはこの世界では、不作法だとか淑女らしくないと言うようだが、そこは気にしない。
マリーはふうと息を吐き、思わずと言ったように言葉を漏らした。
「お嬢さまは、お優しい方ですのに…。無理難題で人を困らせたり顎で人を使ったり、理不尽なことで人を陥れたりなんてしないのに、ここ最近本当に酷いわ…。」
自分ではない、どこか遠くを見つめてぼんやりしているマリーに、思わず苦笑する。
「ありがとう、マリー。真実を知ってくれている人がいると知れて嬉しいわ。」
「え?…あ!お嬢さま、申し訳ありません!口にするつもりはなかったんです!」
慌てて詫びるマリーに首を振って「違うの。」と、マリーを止めた。
「…私は嬉しいの。一番そばにいるマリーが私のことをどう思っているのか、今まで分からなかったけど外部で何を言われても、家族は自分の味方だと知るのは心強いものよ。…本当に、ね。マリーがそばにいてくれて、嬉しいわ。」
前世幸子には家なら安全というエリアがなかった。家族すら敵だったから。
「お嬢さま…私を家族と思ってくださってたのですか?」
「ええ、そうよ。小さいころからずっと一緒にいるんだもの。」
するとマリーは感極まったかのように頬を赤くさせ涙目になっていく。
「お、お嬢様…!私っ!」
うっと詰まると涙を流しながら部屋から走り去って行った。
エリーは当たり前のことを口にしただけだが、マリーにとってはそうではなかった。
マリーは現在25歳。今から11年前、エリーが赤子だったときに奉公に来た貧乏貴族出身の娘だった。貧乏とは言え、貴族。鼻持ちならないプライドを持った両親と、三人の妹たち。長女とあれば優遇されるかと言ったら逆だった。実の娘だろうに扱いは下の子たちにはなけなしの富を与え、彼女には召使いの役を与えて足蹴にし、嘲笑っていた。そして、いよいよ金がなくなったとき売られそうになった彼女は友人に相談し彼女の両親の紹介を得て、このハッシュトン侯爵家に雇われた。家出当然だったが、探されることはなかった。家族なんていない。でも、当時赤子だったエリーを見ると、罪悪感がやってきて、一心不乱に仕事に励むうちに認められエリー専属使用人の助手として昇格。彼女の成長を見守るうちに、次第に妹のような気持ちになった。どこか壁を持ったような踏み込むことを許さなそうな雰囲気は見せかけだけで、話し出すと柔らかい女の子だった。貴族だと鼻にかけることなく、自分でできることは自分でする、という態度が見える一般的な貴族令嬢の中では見たことがない人。
そんなエリーのことを何も知らない連中があれやこれやと狙ったかのように悪口を吐き、噂を流して、彼女の評判を貶めようとしていることにマリーは心底疑問に思った。
この現状をどうしてハッシュトン家のご当主が静観しているのか、エリー様も気にする様子を見せないのか、王太子殿下レオン様と秘密裏に婚約したとなれば王家にだって届いているはずなのに何もしないのか、と。
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エリーはいつものように買い物に出かけることにした。
レオンに会いに行く日のために紅茶やお菓子、街で流行りのものを購入し持って行くためだ。
お付きはマリーにお願いして、ちょっと高めのお店を巡る。
ここらのお店はどれほどの悪評高き令嬢でも、一応「貴族」を把握している経営者ばかりなので、誰が来ても丁重にもてなす主義の店ばかりだ。だが、一部例外を除いて、だが。
自分のご贔屓筋の話を鵜呑みにして、感情をもろに出すことが自分の不利になることを理解していても、そんなもんは度外視するという肝っ玉もいると言うことだ。
エリーは侯爵である父の位を使い、彼らの暴挙に鉄拳を下すことをしない。だからこそ、今も自由に経営しているということに全く気付かず、エスカレートしている残念な心持ちの人もいるのだ。
なぜ、それをエリーが無視するか、というと。
彼らが言うところの「侯爵の地位を利用して我儘放題の傍若無人な女」という言葉。
これは一つの呪いのようなものだった。
そんな噂で詰られている令嬢が動きを見せたところで、それが嘘であるという証拠がない以上、自分たちの行いには意味もなく名誉棄損にあたる行動であると彼らに付きつけることなどできず、労力に対して意味を成さないのだ。
彼らは今、自分たちの口が正義を語っていると信じ込んでいるのだ。
ごめんなさい、いいえこちらこそ、が通用しない。
自分たちは悪くない、悪いというお前が常識知らずなのだと。
そうそう、前世もあったなぁそういうこと、とエリーは傍観している。
本当はもっと市井の人々が好むものを王子であるレオンに持って行きたかったのだが、なんとなく先日の一件で足が遠のいている。
彼らは高級商店街よりも「恐怖」のほうが先にくるのだ。
多分、「潰されたら困る」という感情だ。いちゃもんつけられて潰されてしまう、と。
侯爵家の権力を使い我儘放題の令嬢の登場というのはそういうイメージになるのだろう。
「お嬢さま、今日は空いているようですね。」
マリーに声を掛けられて、エリーはそうねと返す。
横顔を見るに、多少緊張しているようだ。私の専属になったせいで余計な気苦労を背負わせてしまっているのだなと、罪悪感が募る。
「そうだわ、先にカフェに行ってお茶をしましょう。マリーも一緒に…」
と言いながら歩き出した瞬間。
「あの、すみません!」
後ろから、鈴の音が転がるかのような可愛らしい声で呼び止められた。
「はい?」
思わず振り向くと――……
時間が止まったかのように感じる、それは美しい少女が立っていた。
長いブロンドの髪は風に舞い、輝く青い瞳は困り果てていても尚美しい。
後ろにはこちらを威嚇している男。
すぐに理解した。動揺が生まれる寸前に理解できたせいか、意外に冷静でいられている自分に驚く。
彼女はこの世界の主人公、キャサリン・バルト。
後ろの威嚇男は幼馴染のマイク・パーシーだろう。
「呼び止めてしまって申し訳ありません。道に迷ってしまって・・・教えてくださいませんか?」
キャサリンが言うと、威嚇男がぼそりと「おい、やめておけよ」と言う。
別に喧嘩をふってきたチンピラなわけでもあるまいに、彼の言いたいことはよく分からない。
それに、やめてくれと言いたいのは私のほうだ。関わらない方がいいと思えば、関わらざるを得ない。
「私で分かるところでしたら、お教えいたしますわ。どちらにご用でしたの?」
若干お嬢言葉に引く威嚇男。
だがキャサリンはパッと華が咲いたように笑み、「ありがとうございます!」と祈るようなポーズで決めた。
これが主人公のチカラなのかと思いながらも、エリーは彼女の目的地を聞くと、それはこの高級商店街ではなく、エリーが自粛している市民商店街だった。
「それでしたら、ここの通りにはありませんわ。一本道を間違えていますわよ。」
と、ここからそこまでの行く道順を詳しく説明するが、どうもキャサリンは方向音痴らしい。そして、それを補うためにいるような威嚇男までも同じだという。
解せん。キャサリンはともかく、森の中で狩りでもしていそうな雰囲気のマイクまでもが…。
「・・・そうね、どうしましょう。」
と、エリーは片頬を抑えながらつぶやく。だが、ここで見捨てて、去るという選択肢はないが、もしそんな選択をしようものなら、16歳になってからの人生がパーになる。
ここは仕方ない。迷子になられるよりはマシだ。
「でしたら私がご案内いたしますわ。私もそちらに用がありますし。」
と言うと、またキャサリンがパッと華の笑顔になり、威嚇男は威嚇を再開した。
「……どう見たって、あんたお嬢だろ。市民商店街なんて、あんたの行くようなところじゃないはずだ。」
「いいえ、私はたまに行きますわ。他の方は知りませんが、私は行きたいところに行く主義ですの。身分ではなく、自分に必要なものを見つけるためには自分の手足で動き、目で見る必要もあります。それがどこにあるのか分からないのに、立場で行くところを囲ってしまうのは勿体ないですもの。」
「まあ!素敵な考えね!でも、本当にそこまで時間を頂いて良いんでしょうか?」
「問題ないわ。」と、ちらりと威嚇男を見やりつつ「私で良ければ、ですけれど。」
そう言うと、キャサリンは「本当に親切にしてくださって、ありがとう!」とエリーの道案内を喜んだ。お付きの男はぶすっとしているが、威嚇を弱めたところからしてこれ以上噛みついても無意味だと引いたのだろう。
「私はキャサリン!キャサリン・バルトよ!隣町から来たばかりでまだここの辺りのことが分からないの。」
「そうでしたの。なら迷って当然よ。この城下町はエリアごとに商い区域や住宅区域などに分類されていますが、いざ道を歩くとなると入り組んでいて迷いやすいのよ。でも覚えてしまえば大丈夫だから、安心して。ああ、申し遅れましたわ。私はエリー・ハッシュトンです。」
すると男のほうがざっと顔を青ざめた。多分、どこぞのお嬢が侯爵家令嬢であることに勘付いたのだろう。
「エリーね!エリーって呼んでも良い?多分私たち、同い年くらいよね?」
と無邪気なキャサリンの横でアワアワとしだすマイクを尻目にエリーは普通に返す。
「どうぞお好きに呼んでください。私は11歳ですの。」
「同じよ!やっぱり同じだったわ!嬉しい!きっとお友達になってくれる?」
いよいよ慌てふためくマイクを無視して、エリーは答えた。
「ええ、何かの縁ですもの。きっと仲良くなれますわ。」
穏便に、平和な未来のために。
私は貴女に害をなさない。そして恋路を邪魔しない。
できればクラスAAも回避したいと考えています。
と考えて、エリーの胸に何かがチクリと刺した。けれど、エリーはそれを無視した。
でも、今のところ物語の概要が分からない以上、必要以上に近しい関係になるのも危険かもしれない。
それにしても、隣町に住んでいた主人公が11歳の時点で引越してこの街にやってきたのか。
「・・・そちらの方のお名前、聞いていませんでしたわね。」
知ってはいたが、知らなふりをしてそう言うと、彼は顔を横に逸らして口を噤む。
彼に代わって答えたのは、やはりキャサリンだ。
「彼はマイク。マイク・パーシーって言うの。彼は家の店で働いてくれている人の息子さんで、ずっと一緒に育ってきたのよ。今回の引越しは両親が店を移転することにしかたら。でも良かったわ。知り合いが誰もいないより、マイクと一緒なんだもの。そうでなければ離れ離れになってしまっていたもの。」
そう言うと、マイクは頬を赤くさせた。
惚れこんでいるなぁ。とエリーは人物紹介での前もって知り得た情報で判断した。最も、予備知識などなくても、見れば分かる。
「そう、友人がいるって心強いわね。私は最近、出会ったばかりの方と友情を育んでいる最中ですのよ。これから長くそれが続けば、あなた方のような関係になれるかしら。」
「きっとなれますよ!」
とキラキラとした瞳で見上げてくる。
まるで小動物のような少女だ。
金色の輝く髪と透き通る青い瞳、そんなものは飾りでしかないと言うような笑みの愛らしさ。
主人公というものは、こうも輝いているものなのか。いつも平凡な少女なんて表現されているけれど、まずそれはあり得ないのだな。
エリーはそっと自分のことを思い浮かべた。
黒い髪に赤い瞳、澄ました覚えもないのに取り澄ました鼻持ちならない高飛車女とレッテル貼られる私とは比べ物にならない。
まるで、昼と夜のような違い。
「ありがとう。キャサリンさん。」
「キャシーって呼んで?みんなそう呼ぶわ!」
しかも人懐っこい。
こんな悪魔と銘打たれた私にこうも気さくに話しかけてこれるなんて、相当の勇気の持ち主か相当の鈍感かだけだろう。
そうこうしているうちに市民商店街に到着し、早速エリーの登場に気づいた人たちから顔を青ざめた。
すると異変に気付いたマイクがちらと私を見やる。
「あんたここで何かしたんじゃねーの?」
侯爵家令嬢相手には、あんた呼ばわり。マイクも中々の肝っ玉である。
「しておりませんが、いつものことです。気になさらないでくださいまし。キャシーを目的の場所まで送りましたら私は去りますから。」
「そんな!エリーもここに用があるって言っていたじゃない!一緒に買い物しましょうよ!」
これ以上、無垢なる存在のそばにいたら私がまるで脅迫して付き合わせていると誤解される。いや、もうされてる。
「してんないんってなら、そそくさと帰る必要ないだろ。後ろめたいって言ってるもんだと、あちらさんは勝手に解釈するだろうな。ま、お嬢さまの来るところじゃないって怯えてるだけかもしれないしな。」
「ですが、私は慣れておりますからよろしいのですが、おふた方はそうではない。きっと私のそばにいることで不快な想いをされることになりますわ。それは本意ではありませんの。」
「いいえ!初めて会ったばかりの私たちのために、同行してまで案内してくれたわ!私はエリーと仲良くなりたいって思ってるの。ね、お願い。一緒に買い物しましょう?」
「え、……ええ。」
これでキャサリンと仲良くなったら、物語の筋を大幅に変更していくことになるのだろうか。
それとも今後、それでも尚且つ落ちていくことになるのか?ふと、誰かの顔が脳裏を横切り、切なくなった。
エリーは途方に暮れながら、キャサリンの目的店まで歩き続けた。




