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薄幸令嬢の奮闘記  作者: 星月天音
第三章・第二王子と母と呪われた過去
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第二王子の葛藤2

まったく理解できない。信じられない。国民に知らせれば、まさに驚天動地の騒ぎになるのではないだろうか。

どうしてその人なのか。父である国王は、一体なにを考えて未来の王妃となる座を、彼女に据えようとお考えになったのか。


それはなにも僕だけの疑問ではなかった。王城内で限られた地位にある者のみを――僕と兄さま含め――呼びよせ、第一王子レオンの婚約者となるその人の名前を聞かされたが、その全員がみな、信じられないと目を見開き呆然と首を振っていた。


ある一人なんかは堪らず声を上げていた。


「失礼ながら陛下、彼女は侯爵家の由緒正しいご令嬢でありながら耳にする噂は酷いものばかりです。そのような方を王妃にとお考えになるなど、私には到底理解できません!!それなら…っ」


けれど、先を口走る前に父は片手一つで封じた。


「私の娘のほうが相応しい、とでも言いたいのだろう?」


重くゆったりとした口調には、有無を言わせない威圧があった。誰もが息を潜め、展開を見守る。


「そ、…それは、……その通りでございます。」


やがて覚悟を決めたその人は、わずかに躊躇ったあと、口にした。


「もちろん、君のところのお嬢さんも候補者の一人として選定している。…私はね、噂に流されず真実を見定める眼を捨てていないのだよ。君たちは、もう少し優秀かと思ったのだがね。……非常に嘆かわしい。話しは以上だ。」


暗に君の娘は相応しくないから選ばなかったんだよ、と言っているのと同じ。

だが、彼にとっては醜聞を垂れ流す家柄だけが取り柄の娘より、自分の娘が劣るとは受け入れがたいようだった。

第一王子と相応しい年代の令嬢を持つ貴族なら、みな同じことを考えるだろう。聡く娘想いの貴族以外は。

早々と腰を上げ退場していく王を、呆けた顔で見送る貴族たちに、怜悧な顔つきの宰相が声を掛けた。


「この件は、既に確定事項です。今後、これ以上の異論は認めません。もし何か起こすようなことがあれば王の決定に背くことの意味を覚悟されてるとみなします。して……この事はまだ正式には発表しない。誰にも漏らすことのないよう箝口令を敷くとする。各々それをお忘れなきよう。――失礼。」


宰相もいなくなったことを良い事に、暴論だとか、自分たちの意見を聞かずに決めるとはいかがなものかだとか、ハッシュトン家がどれほどの色を付けたのか気になるだのと、口々に不満を零している。

父ではないけれど、さっきの異論を掲げた貴族の娘が良いとは僕も思わない。

彼女、相当激しいアプローチをかけて兄さまに好かれてはいない。顔には出さないけど、決して近寄らず、近寄られたら笑顔で退避している様子を何度か見てる。


会議の場で、表情を変えずにいたのは第一王子…、兄さまだけ。けれど、隣に座っているせいか、…どうにもわずかに苛立ちの籠った黒いオーラがひしひし肌に突き刺さるのは気のせいではない…はず。


誰の意も汲まず、父は早くに行動に移した。

翌日にはハッシュトン侯爵とその令嬢を、王子と引き合わせのために招いていたのだ。

ずっと前から決まっていたことだというのだから秘密裏に口裏を合わせていたのだろうということは、後になって分かったことだ。


そうして、あっという間に兄さまと毒花姫の顔合わせの日が終わって。

僕はこっそりと兄の部屋へと向かった。


「兄さま…、どうでしたか?ご令嬢との顔合わせは…。」


けれど、兄さまは今まで潜ませていた棘を抜かれたかのように、微笑んで言った。


「想像と違っていたね…。」


「やはり嫌な人でしかた?」


「いいや、まったく。その逆さ。俺は、彼女のこともっと知りたいと思ったよ。……俺も巷に渦巻く彼女の醜聞で本来の姿を見ようともしない、…目が曇っていたという事実を知ったよ。陛下はきっと、そのことを言っていたんだ。それが、一番悔しいな。」


兄さまは11歳。でも、すでに父を越えなくてはならないことを想定して、常に切磋琢磨して修練に励んでいる。けれど…。


「ご自分で、この人と思う方と結婚したかったのではないのですか…。」


少しも不満を隠すことなく言う僕に、兄は困ったように答えた。


「そうだね、でも…始まり方が理想と違うからといって、逃してはならない人を逃すほど愚かにはなりたくないな。そうだろう?」


どうしてなのかは分からなかった。それでも確実に、見たこともない婚約者への嫌悪感はなくなり、かわりのように好奇心を覗かせている。

兄さまが、人間に対してこれほど関心を寄せたことはなかった。誰に対しても一定で、父にも側近にも、あからさまに好意を見せる令嬢にも、表情一つ変わることないあの兄さまが。


それからはなんとなく、僕は兄の婚約者と顔を合わせ辛さを感じていて、彼女が遊びに来た日は遭遇しないように気をつけながら……でも気になって尾行して盗み見したりもしていた。

多分、兄は気づいていた。気づいていないのは、あの黒髪紅眼の彼女だけ。

途中で必ず、メイドや側近を撒くために走り出してしまう二人。隠れながらでは、さすがに追いつけず断念することもしばしばだ。僕だけじゃなくて、側近もメイドも息を乱して駆けずりまわるけれど、結局追いつけず見失っているみたいで、少しだけホッとした。

二人は、どこに行っているのだろう?


この二人の会話は、本当にほのぼのとしたものだった。

兄を騙すために、ほのぼの女を演じているのかと疑ってみたけれど。

…もっとあざとく、もっと色めき立っているものはいっぱいいる。この王城内にも!

尾行を始めるようになってから、王城内で起きている小さな出来事が目に入るようになったのだ。それも…男女の色恋沙汰が多く占めているのが、なんとも居たたまれない。


僕は9歳だ!もちろん、恋愛沙汰なんて詳しくはないし、興味もない。

それなのに、メイドのメロディーの恋人のはずの厩番ダンが、サリーを口上手く厩舎に連れ込んで……聞いたこともないような奇声を上げている横を通りすがったり、やたら落ち込んでサボっている騎士ションに『いつもお疲れさまですぅ~』と差し入れを持って行き世間話を始めつつやたらとボディタッチしまくるキミーに絆されて、鼻の下を伸ばしたションは彼女をそそくさと森の中へと連れていくのを目撃した。


僕は知っている。


メロディーのことを敵視しているサリーは、手っ取り早く彼女を傷つけられるであろう手段に出るため暇さえあればダンに会いにいき、タイプだの自分ならあなたの価値をちゃんとわかってるだのダンの手を取ってわざわざ胸に手を当てさせて『分かるでしょ?』なんて上目遣いで誘惑していたことも!

それにまんまと引っかかって男女の関係になって数回、骨抜き状態のダンがメロディーに散々なことを言って別れを告げたが実はメロディーも不誠実なダンとはそろそろ別れたかったから、サリーのことも知っていたが良い口実だと利用するため、巧妙な演技で涙を流しサリーの策にハマったフリをして傷つき苦しんでいる…ように見せながら、サリーの本命彼氏である騎士ション(そうキミーと森に行ったション)にそれとなく彼女の不誠実な行動が耳に入るように動き、ションに片想いしているキミーに『今がチャンス!!』と吹き込んで寝取り作戦を決行。後日、ションはダンとサリーを呼び出し浮気を責め立て別れ、キミーと恋人関係になったとか。

ダンと言えば、実は自分は本命どころではなかったことをしりサリーを罵り決別ののち、メロディーに復縁を申し込んでいた。鼻で笑われていたね…、当然だけど。


………君たちは一体、王城で何をしているんだろう。

何が楽しくて…、僕はなんてものを見聞きしているんだろう…。

そしてメロディーを怒らせてはいけない。


それらを考えれば、彼女はあまりに…あまりに平凡だった。見聞きしたものがアレだから、基準が分からないけど。


「レオン様。先日、庶民街にお忍びでお買い物して参りましたわ。こちらはお土産です。」


そう言って手渡したのは、茶色の包み紙にライトブルーのリボンで飾られた小さな箱。

開けてみてくださいませ、という彼女に微笑んで、兄はするりとリボンを解く。中に入っていたものは、青く光る…


「これは…キャンディー?」


宝石か何かかと見紛う色形のキャンディーが数個並んで入っている。箱も工夫がされてあり、まるで本当に宝石が並んでいるかのようだ。


「そうですわ。今、庶民街では宝石の形に整えられたキャンディーが、とても流行されているそうです。私も自分ようにと買い求めたものを頂いたのですが、お味はまごうことなき飴です。ふふ、でも綺麗ですし、殿下の瞳の色に似ているのでつい買ってしまいましたわ。お毒見も済ませておりますからご安心ください。」


「へえ…綺麗だね。赤い色のはなかった?どうせなら、エリーの瞳の色が欲しかったな。」


……兄さま?


「えっと、私の瞳の色ですか?」


「そう。俺はエリーの瞳の色、好きだから。君は何色のを口にしたの?」


何を言わせたいんですか、兄さま…。この数日間数週間で学んだ男女の駆け引きのせいで、僕の頭はあらぬほうへと転びかけた。

けれど彼女の答えはまったく意にも介していなくて。


「それはありがとうございます。私が口にしたのは…確か、緑だったと思いますわ。エメラルドのようでそれも綺麗でしたの。マリーの瞳の色にそっくり。」


マリーとは、彼女の専属メイドとして常に一緒にいる者の名だ。


「でも、やっぱり一番綺麗で心惹かれたのはこの色なんですの。レオン様の色。」


兄さまは微笑んだまま動かない。ジッと彼女を見つめて何事か考えている。

僕でさえ、彼女の発言にはどきりとした。裏を返さなくとも、兄さまに心惹かれていると言ったも同然じゃないか!!さも当然とばかりにさらりと言ってのける彼女がある意味恐い。


「そう。」


そう言うと、兄さまはひとつ箱から取り出した飴を彼女の口に入れた。

驚いた彼女は目を丸くしていたけれど、悪戯っぽい顔をした兄さまに釣られるようにして兄さまの手にある箱から一つ掴んで。


「レオン様も、おひとつ。お口をあーんしてください。」


ビックリした表情をしているけれど、飴を口に含んで一瞬後、してやったりとほくそ笑んだ兄の表情を僕は…見逃さなかった。見逃したかった…。


「うん、甘くて美味しい。……次は俺がエリーの瞳の色のを用意しようかな。」


甘くて甘くて影からコソコソ「兄さまが心配」なんて盗み見している僕が馬鹿みたいだ。


遠くから見守っている使用人一同が目を細めてはにかんでいた。

噂から嫌悪感を覚えていた使用人たちの多くは、彼女の様子や態度、そしてマリーの熱心な「うちのお嬢さまは世界で一番優しい!」と広報して歩いている効果もあってか、彼女を好くようになっていた。


またある時は庭園を歩きながら草花の感想を言い合い、あれが好きだのこれは少し苦手だのと意見を言い合い、相手の好き嫌いを知っていくことに喜びを感じているようだった。

王城の中には、薬師官たちが研究や製薬のための薬草が種類豊富に栽培された温室や菜園がある。

そこに行ったときには、彼女は意外なほどに薬草への知識が豊富で説明のために駆り出された薬師官をも驚かせるほどだった。

知らないものや貴重なものについても率先して薬師官に質問責めし、二人は和気あいあいと語り合っていた。

そのときの兄さまの表情を見れば、居合わせていなくて良かったと心底思った。

あの薬師官、大丈夫かなぁ。


兄さまがプレゼントを用意しハッシュトン邸に赴くときには、彼女が喜んでくれるかどうか気を揉んでいるようだった。無表情だけど、僕には分かる。

でもいつもその心配は杞憂に終わるようだったけれど。無表情だけど、僕には分かる。

王室御用達のスイーツや、知る人ぞ知る名職人が作ったアクセサリー、隣国から輸入したフルーツなど色々なものの情報を兄さまは集め、気に入ったものを用意させた。

彼女のほうも、気軽に市井に行けないであろう兄を想って、庶民の間で流行っているものや、彼女自身が気に入ったものを度々持ってくる。彼女がただ庶民街に行きたいだけなんじゃないか、とも思う。


なのに。

僕は彼女、エリー・ハッシュトンの表情のなかに痛みを感じるようになった。

なぜ、嬉しそうに笑っているのに辛そうなのか。寂しそうなのか。


だから僕は、やはり彼女は兄を騙していて、兄の気を引くために嘘で固められていて、けれどよく会話するようになって兄を知るたびに罪悪感かなにかで辛そうにしているのか、と。

そう思えば一瞬で心の中は怒りで燃え上がった。

兄さまの想いを無碍にするようなことをするなら、絶対に許さない。心の一番柔い大事なところを差し出して、拒絶されたときの痛みなんて、兄さまに味わわせたくない。それはまるで…まるで…。


――……母上みたいになってしまう。


でもどうして、母の顔が浮かんだんだろう。母上は父上と碌に会話をせずに離れても、平気そうだった。

だから、母上には父上に対して特別な想いは抱いていないのだと思っていた。


兄さま尾行生活を始めてからしばらくしてのことだった。

母の様子に異変が起きた。気づかなかっただけで、少しずつ変化していたのか…それとも急なことなのか、どちらにせよ僕には察することすらできなかった。


やせ細り、目の下にうっすらとクマをつくって、僕を見る目は酷く冷たい。


「なにを…していたの?」


そう聞かれたとき、僕は喉が締まるような恐怖を感じた。

母の声なのに、母の声ではないように感じたのだ。


「ぼ、僕はお城のなかを…」


「散歩していた、と?何をしていたか、母が分からないとでも?…それで何かあったらどうするの?殺されるかもしれないのよ?」


「こ、殺される?」


「この母を見ていれば分かったはずよ。いつだって私たちの命は危ういの。…あの方たちは、あれほど厳重に守られているけれどね、私たちはそうはいかないの。この城の中で一番、命を狙われている。」


「ね、ねえ、母上…そこまで危険じゃ、ない…よ?」


「教育が、…足りなかったのね。どうしたら分かるのかしら。…どうしたら、私たちを大事に守ってくださるのかしら…。どうしたら……私のことを…見て下さるのかしら……。どうして、……あの子ばかり。」


言葉を重ねるほどに、母は虚ろな瞳をして独り言のようにブツブツと何事かを囁いている。

もうどこにもかつての優しい母の面影を見つけることができない。でも、それは。


僕のせいかもしれないと、胸が詰まった。


その日から、母は僕とも会いたがらなくなった。部屋に閉じこもり、具合が悪いからと言って侍女は決まった時間にしか部屋に入らないように命じ、その時間になれば母はどこかに姿を消す。


そんな日が続いて、僕は途方に暮れた。

僕のせいなら、謝りたい。だから、前の優しい母に戻ってほしい。寂しい。

だけど、兄さまを尾行して歩いて僕は城内で起きていることを見聞きする楽しさを知ってしまった。

この部屋の中で、母の顔色を見ながら、他人に指を差されて。だから勉学も修練も兄さまに負けないように頑張って、それでも皮肉を言われて。苦しい。


――このままは、嫌だよ。



その時、ユリアスは気づいていなかった。母リリー王妃の様子が一変した理由には、呪いがあったこと。


そして国王以外にリリー王妃に関する真実を知る者はいない。

彼女の身体に巣食った呪いは、エリーに掛けた呪いからくるコードだけではなかった。


リリー王妃自身もまた、『呪われていた』のだから。


















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