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薄幸令嬢の奮闘記  作者: 星月天音
第二章・呪われたのは、薄幸令嬢でした。(悪役キャラなのに?)
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魔法石は美少女を隠す(後編)

ダンテの意識が戻る度に、彼の身体は公園の繁みの中に落とされた。

重い瞼を持ち上げると、木々の隙間から木漏れ日が差し僅かに人々の笑い声が届く。

ゆっくりと上体を上げ、起き上がる。ふいに眩暈がして、不快な気分になった。


「……っ」


痛みが走った頭を抑えるようにこめかみに手のひらをあてがう。


しくじった。完全にドツボにハマった。この景色を見るのも、もう三度目だ。


とは言え、まさかここまで自我を持つ魔法石がこの世に存在しているなど、知る由もなかったのだ。

ここまで連続して、これほどの力を見せるとなると例の魔法石だと考えざるを得ない。

仕方のないことだとも言えるが、それで納得できる状況ではないのだ。

このままだと任務が完遂できず、エリーを助ける兆しすら見いだせないままになる。

何か対策を考えないと。


と、ダンテは立ち上がる。

酷くふらつく足が木々の根に躓き、身体は土の上に打ち付けられた。


まったく、なんてザマだ。


痛みと吐き気が襲う中、ダンテは情けなさに目頭が熱くなる。そして弱気になった心に、不意に影が差す。


頑張ったところで…、彼女のために頑張ったところで、彼女は多分自分の隣にはいてくれない。

まるで、あの時の再演じゃないか。

ハリソン・アークエットまでもが知っている婚約破棄事件は、何も婚約者の彼女のことを最初から嫌いだったという訳ではない。ただ、彼女のほうに理由があった。

ダンテのほうはというと、彼女のことを微笑ましく見守っていたし、将来の妻だと考えても嫌だとは思ったこともない。愛らしい微笑みを戸惑いがちに見せる表情も、おずおずとしつつも話しかけてくる控えめな様子も…とても好きだったのだ。

息苦しい家のために生きることも、彼女のためならとさえ思えた。

この家で生き延びるために見逃された魔力を必死になって隠し持っていたが、もうやめようとも考えた。

罰を考えたら、彼女ためにならないからだ。


だがその前に、知りたい…そう思ってしまったことが始まりだった。終わりの始まりだったのだ。


子供特有の好奇心が、躊躇うという自制心を失わせた。


そして知ったのは、彼女の自分への本心。

あまりに整った容姿も冷静さを崩さない態度も、まるで人形のようで人間味を感じさせないことが気味が悪いと罵っていた。

彼女は口にしていたはずだ。

「ダンテ様は冷静沈着で、大人っぽくって頼りになります。」と。

だが、それは嘘だった。


噂を耳にすれば「狡猾」「計算高い」「人を踏み台にすることに罪悪感はない」といった内容のものばかりであるダンテのことを彼女は嫌がっていた。恐れていた。

それに反して彼女には心から慕っている兄のような異性の存在があったのだ。

彼は彼女の幼馴染で、少しだけ年上の明るくて優しく、よく笑って裏の顔もなく皆に平等な博愛主義でありながら自分を助けてくれる時の時折見せる男らしさに胸がときめくのだそうだ。

彼女を助けなければならない場面などなかったが、人間味を感じさせないダンテが自分を助け守ろうとして身を挺するなど想像もできなかったのだろう。

比較する対象が、恋する人と真逆の人間性であることがより恋心を助長させていたのだ。


それを知ったダンテの心は千々に乱れた。

そして恐くなった。こんな微笑みを見せながらも、心の中では自分のことを人形お化けと呼び恐れていたという事実に。


自分のことも良く知って欲しいとは思えなかった。

想い返せば時折見せる、ほんの僅かな彼女の態度にその本心が隠れていたことに気づいたからだ。

ダンテから話しかければ、ピクリと揺れる肩、上ずった声、揺れる瞳。

散歩をしているとき、並んで歩こうとすると必ず距離を取り、顔も見ない。

そんな受け取りようによっては「好いているから」とも取れる態度を想い返し、それが「恐くて苦手だったから」であることに気づいたからには、どうしても想い人を忘れさせようなんて思わなかった。


自分への恐怖心を大義名分の隠れ蓑にして、幼馴染への恋心を肯定しているさまに、彼女への想いは恋心や情よりも憎しみに近い感情へと変貌していった。

彼女は己の心に浮かぶ罪悪感を蹴散らすのに必死だった。

幼馴染のほうが優しくて好き。一方で婚約者は恐い人だ。だから幼馴染を好きなままでいいのだ、と。


ふいに公園の喧騒が耳に流れ込んでくる。


過去だと分かっていても、弱り切った心身に大きな打撃を与えるには十分だった。

レオン王子の気持ちは一目瞭然だ。そしてエリーは原因不明の熱の療養と称し、城に滞在していた。例え、それが一国をも動かさなければならないほどの事情があったとしても、なんの理由もなしに城に滞在できるはずがない。


乾いた笑いが口元から漏れる。


こんなことなら、彼女と出会わなければよかった。

頭に手を差し込み、掻き毟る。


逃げるわけにいかないのだ。何度も瞬間移動させられ何度も会ったはずの女主人からはその度に初めて会ったときと同じ台詞を自分に向けられ、足元すら覚束ない消耗の激しい力。

これほどの力が作用しているとなると、何度行っても同じことの繰り返しだろう。


なんとかしなければ。でも、どうやって。


ぐるぐると堂々巡りになることしか予測できない事態を前に、ダンテを途方に暮れた。

その時だった。


「お、お兄ちゃん、具合悪いん…?」


つぶらな瞳の男の子が、恐々と近寄って心配そうに見つめていた。

ハッとしたダンテの動きに驚いた男の子は、一瞬で瞳をうるうると潤ませ、ひっくひっくと泣きそうになっている。


「あ、…ああ。ありがとう。…お兄さん、具合悪くて少し休んでいたんだ。」


「ケガ、いたいいたい?」


男の子の言葉でハッと自身を見ると、あちこち擦り傷だらけだった。

無遠慮に突き落されること3回、躓くこと1回。擦り傷と土汚れで気づけばボロボロの成りをしていた。


「大丈夫、心配ないさ。このくらい…。」


そう言って立ち上がろうとする瞬間、男の子は何かを思いついたかのように「待ってて!」と一言叫んで駆けだしていった。


何か考えがあるのは確かだ。だが、時間がないのに待ってはいられない。

と、考えを巡らせたが何とも向けられた子供のやさしさを無碍にするのは良心が痛む。

仕方なくその場で彼の帰りを待つことにすると、ほどなくして男の子の「こっち」という小さな声が遠くから聞こえて来た。

やはり誰かを連れて来たのだろう。


「こっちだよ!!」


間近で聞こえて来たと思うと、ガサガサと迷いなく葉を揺らして近寄って来る子に目を向けると、ダンテはその目を点にさせた。


「なんだ!!怪我した男とは君だったのか!!ヴォート君!ハッハッハ!公園で傷をこさえるほど遊ぶとは、君もまだまだ子供だったんだなぁ!!」


「何を訳の分からないこと言っているんですが、ハリソン殿!」


そこにいたのはやかましいほど熱い性分を持て余した子爵家次男ハリソン・アークエットその人が、愉快そうに笑っていた。


「おじちゃん、友達なん?」


うるうるとした男の子がハリソンに聞くと、ハリソンはにやりと笑って見せた。


「友達、というよりは彼は私の弟子だ!」


わあと素直に驚きと尊敬の眼差しを向ける男の子を見て、ダンテは小さく溜息を零す。


「誰が弟子ですか。ハリソン殿を師匠とした覚えはありませんよ。私の家庭教師だって、ほんの短期間しか就いていなかったくせに。」


「なんだ、なんだ!本当はもっと私から学びたかったのなら素直にそう言えばいい!」


「話が通じない。」


と、ダンテが俯くと同時にハリソンが真剣な眼差しでダンテの全身をくまなく観察すると、ダンテの横に跪き手首を取って脈を計り始めた。


「ハリソン殿、医師の真似事をして何か分かるのですか?」


「真似事ではない。今私は専攻を変え医学を学びながら町医者のドクター・デルメールの下で見習い医師としても働いている。」


初耳だった。彼は教師の道を目指していると耳にしていたから、まさか医学の道に切り替えるとはよもや思いもしなかった。


「しかし、見習いというと普通は医学学科履修科目すべて修めた後、国の特別免許試験に受からなければなれないはずですが。」


「ああ、私が取得したのは準医師資格だ。それであれば試験そのものは成績や取得した単位に関わらず受けられ、医師の補佐という名目で見習いができると聞いてな。面倒だったのでさっさと受けて免許だけ先に所得してしまったのだよ。その後、院の専攻を変えて医学を学びはじめたが、同時にデルメール医療院の戸を叩いたわけだ。」


そうすれば、医師の下での修業期間のほうが長くなり、結果としては現場で困惑する時期を早々に脱せられる。

しかも優秀だと師匠に認められれば、特別昇級資格を得ることもできる。ドクター・デルメールの裁量によって準医師から医師免許取得試験の資格が得られる可能性も広がるということらしい。

院の卒業が先か、デルメール医師の許可が先か。と大らかに笑っているハリソンにダンテは頭が痛くなった。自身が落ちるなどという可能性など、微塵も視野に入っていない様子にも呆気に取られた。


「頼みますから、私の診察などしないでくださいね。まったくこの国の法はどうなっているんですか!」


「なに、時間の無駄を省いただけさ。学院卒業後試験を受けて免許を取得しどこかの医師の下に見習いに行くだなんて、せっかちな私には気が遠くなる!何事も経験さ!」


それはそうだろう。ハリソンはその優秀さを買われ、学園も早々と飛び級し院も卒業間近となっていたはずだ。分野違いに転科したとはいえ、この男なら何事であっても可能だと思わせる情熱と実績がある。

ぽかんとした顔の男の子が見つめるなか、やいのやいのと言い合っているとハリソンはふいにダンテの眉間に人差し指をぐっと押した。不意打ちの圧に、あっけなく負けて頭を地につける。


「何をするんですか!」


それには答えず、眉間にシワを寄せるといつになく険しい顔でダンテを見ろしている。

睨んでいると言ってもいいほどの強い視線の中に、咎めるかのような色を見てヒヤッとした。

その『場所』を押され、まるで何かを見透かされているかのような心地になったからだ。


「無理をしていたな。君がこれほどボロボロになってまでやらなければならないことは、一体なんだ。」


それまでの剽軽な物言いから一転して、大人の男の低い声で静かに問われると自身はまだ子供であることを自覚させられる。それが腹立たしい。


「あなたには言えませんよ。」


「ふむ。それはやはり無理をしていたと認めているのだな。そして私にも言えないことだ、と。なんだ、後ろ暗いことか。」


「まさか!後ろ暗いことなどではありません。…やらなけらば…見つけなければならないものがあるんです。」


「それは、これほど心身を消耗させなければならないほどのことなのか。」


脳裏に過る顔に、ダンテは胸が締め付けられた。


「…ええ。私の命に代えてでも。」


その一言で、ハリソンは押し黙り一巡した後、ふと立ち上がった。


「とはいえ、このままでは君の生命力に支障を来す。どこか近くに匿ってくれるような知り合いでもいないか?」


いない、と首を振るとハリソンは困ったように頬を掻く。


「師匠直伝の治癒魔法を使うにも、身体を休められるところが必要なんだが…。医療院は遠いし。」


そんな困った様子のハリソンを見上げて男の子がクイとハリソンが纏っているマントを引っ張る。


「おいちゃん、休ませてくれるかもしれないお家、僕知ってるよ!」


「なんと!!それは本当か!」


すぐさま喰い付くと、男の子は誇らしげに胸を叩く。


「僕のお友達なんだ。とっても優しくてね、僕が怪我したら必ず手当してくれるんだよ!」


「ほお!ならばニック、頼まれてくれるか?」


ハリソンはニックと呼んだ男子にひとつ、ふたつと頼み事と称した指示を出すと頼られたのが嬉しいのか「やったぁ!」と駆けていった。


そして頬を赤くさせ息を上がらせたニックが戻ってきて、彼の道案内を受けて移動した。


そこは、ここほどまでにボロボロになった元凶とも言える、あの家だった。

また飛ばされるかと身構えたダンテを待っていたのは、やはり元凶とも言える『ブロンドの美少女』その人で、またもダンテは呆気に取られた。

とは言え、眩むほどの美少女相手に惚けているほど余裕のないダンテは、気づけばハリソンに背負い投げのような要領で布団に寝かしつけられ、なにやら光る魔法陣のなかに閉じ込められ、あっさり意識を手放した。


どちらかというと、背負い投げの衝撃で意識を失ったようなものだった。











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