魔法石は美少女を隠す(前編)
とんでもない仕事を押し付けてくれたものだ。
ダンテは市井を自ら駆けずり回り、自身の専属諜報員の協力を得つつ奔走していた。
そんな彼は現在、とあるご婦人の愚痴やら日々の小さな悩みやら、どこそこの奥さんがどこそこの旦那と手取り足取りだとか…ありとあらゆる話しを立て板に水が如く勢いで――息継ぎはしているのだろうか――喋り倒されているところだった。
捜索を開始してから4日目、エリーがその身ごと消え去ったという情報を王室からの使いから聞いたのは捜査を始めた次の日だ。
その焦りは、確実に魔力の精度すら鈍らせた。まさか、これほど猶予のない話だとは思ってもいなかったのだ。何故、どうして?ダンテの問いには困ったような顔で首を振るだけ。疑問は増え、心配は尽きない。
憎らしいことに、ふとあの王子の顔まで浮かぶもんだから、やってられない。
そもそも、気配を消すなどと自我を持った魔法石を持ってるかもしれない少女をご神託を信じて探し回ること自体、ダンテは懐疑的ではあった。
ひたすら喋りまくるご婦人の一人舞台をじっと聞きながら心の中でひとりごちる。
よく13歳そこらの少年相手にこうも喋れるものだ。まあ、見た目は16~7歳に見えるように小細工しているが。
だからこそ、彼女は幅広い情報通と見た。商店街の中心の八百屋。ある程度は彼女の息子の嫁が切り盛りしていることから手持ち無沙汰になった彼女は、どうにも話し相手を捕まえては小一時間は離さないという日常を過ごしているらしい。最長は六時間だとか。さながらゴシップ記者のよう。
ほんの僅かの石を投げ込んだだけで温泉でも湧き出そうな勢いで情報を漏らしてくれる。
こういった人物は情報が洩れて欲しくない時には非情に厄介ではあるが、真贋を気にせずどんな情報でも欲しい人間からするとある意味でお助けキャラだ。それとなく話題を振りやすい話が口から出るのを待つ価値はあるかもしれない。適当な相槌を打ちながら微笑みを浮かべる。
いくら生きる自白剤のような魔力を持ったところで、力を無闇に使うわけにいかない。
意識を他者によっていじられた対象者の記憶を場合によっては「ついでに」改ざんする必要がでてくるときがある。
その綻びは、対象者の人生に微妙な狂いや違和感を生じさせ、いつかそれは魔法を使った者へのしっぺ返しのように連鎖していくことだってあるのだ。
…ずっと考えていたことがある。
王室には最上級の手足となる人脈はあるはずだ。貴重とは言え、自白系の魔法使いなど他にもいるだろうにわざわざ魔法が発動しているだけで何者でもない自分をとなると、詳しい事情を伝えずに脅しを使って利用できる人材であるほうが、安全だと踏んだのだろうか。
となれば、やはり裏ではよほどのことが起きていると想定できる。それを追求することで、自分の首を絞めかねないような、なにか。
レオンとの約束を疑う気はないが、全面的に信用できるとはやはり言えない。相手は貴族社会のトップ、絶対的君主でもある王室の第一王子だ。彼の気が変わって、指をパチンと鳴らせば約束の事実などなかったことにできるだろう。
とはいえ、今はエリーのためにもその魔法石とやらを見つけ出す必要がある。
目ぼしい星を見つけ、焦点を絞るためには地道で且つ実に自然に相手の会話を引き出すことが重要だ。
ふとダンテはエリーのことを思い出した。
そう言えば、自分は彼女の前だと…自然と口数が多くなっていた。
ずっと、親しい者の前では無口でもいい素のままでいられるのだと思っていたが、…どうやら自分にも分かっていなかった自分の一面があるようだ。
初めて顔を合わせたラルフの家のパーティー。彼女は妙に浮き、周囲から異質な目で見られていた。
それをなんとも思わず口にすると、ラルフに諌められた。当の彼女は一瞬、困ったような顔とその瞳に奥に、わずかに見え隠れした怯え。なのに、瞬きほどの間で彼女は瞬時に心を切り替えた。
そして彼女は言ったのだ。
――何も聞かずに誤解するより、ずっと良い。
ずしりと響いたその言葉は、ダンテの弱い所を突いた。
ラルフが口にしていたように、ダンテもまた誤解されやすくやっかみを引き受けやすい星の元に生まれたのだ。それが重なると、ダンテ自身も人間不信に陥り、猜疑心に満ちてくる。
そうして、大切なものを失って来たのだ。
ダンテはいつしか対する人間のことなど、さして気にしなくなっていった。妙な期待は、こちらを脅かすだけの諸刃の剣にしかならないと分かったからだ。
どうせ人など自分の信じたいようにしか人を見ようとはしないのだ。思い描いた人間像を相手に被せて、勝手に評価して、事情も聞かず、何も知らずにああだこうだと自分のことは棚に上げて、理路整然と批判して、指を差して嗤う。
悪人に違いないと指差した相手が、本当に悪人であること望んでいるかのように。
違うなら、証明してみせろと上から物を言う。
エリーの紅い瞳がダンテの脳裏にちらつくと、ダンテは仄暗い物思いから意識を取り戻す。
「それでね、うちの近所にすんごい美少女が最近引っ越してきてねぇ。とぉっても良い子なの!でもね、ちょっと変わってるのよね…。あのエリー・ハッシュトンって侯爵家のご令嬢のことを良い人だなんて言って。あんなに悪い噂しかない子の事を良い人なんて、ちょっと信じがたいわ。11歳にして悪い噂しかないなんて、碌なもんじゃないわよ。」
その言葉がダンテを現実に引き戻した。
貴族であること伏せ、どこかのちょっと成功した実業家の息子という設定の風体だからか、侯爵家に対する不敬な発言もついつい飛び出て来たのだろう。だが、今はエリーへの陰口についてどうこう言い争う暇はない。
「失礼ですが、レディ。その少女というのは?」
相槌だけだった少年が初めて飛びついたとあって、ご婦人は口元に手をあてニヤニヤと囃したてた。
「おや、レディなんて初めて言われたよ。嬉しいわねぇ。それにしても、やっぱり男の子は美少女って言葉に弱いんだねぇ。でも、最近はそういう輩が多いから、そこの奥さんから止められてるのよ。もしうちの子を目当てに情報を引き出そうとする者がいたら、お断りしてほしいって。商売やってる家だから、人の出入りが多いのは有り難いけど、そういった輩をみんな受け入れられるわけもないでしょ?お断りするとね、商品を傷つけたり悪評を流したりお客さんに手をあげたり、そんな人が多いもんで実害が出てるんですってよ。可哀想よね、何も悪いことしてないのに可愛いってだけで目を付けられて、断るだけで嫌がらせされたり悪口を言われるなんて。」
どの口が言うんだ、このご婦人は。とダンテは三白眼になりかけた。
先程まで実害すら与えられていないはずのエリーの悪口を言っておきながら。
それより、思ったより口が堅いようだ。
そのまま違う話に移りそうになって、ダンテは考えた。
根拠はないが、その少女に会ってみなければならない、そう何かが強く訴えかけている。
ダンテは彼女に魔法を使うために外野の音を自分と彼女から遮断した。
鼻の付け根あたりに意識を集中させ、それを眼球まで持ってくる。
二人を包む青の光は、誰の目にも触れずダンテだけが見える世界。魔力を眼に寄せ、じっとご婦人の瞳を見つめた。
ハッとしたような表情のご婦人をされど気にせずじっと見つめ続け、瞳から入り込み彼女の意識の手綱をダンテのものに切り替えさせる。
あれほど喋りつづけていたご婦人の口は、ピタリと止まり、ただぼんやりとダンテのことだけを見ている。
『――…でも知っていることをこの子に教えたほうがいいかも。あの子の名前と居所…。』
語り掛ける。
まるで自分の意志かのような言葉で、彼女の意識に潜り込み植え付ける。
そして彼女の意識を手放し、様子を見る。
「…でもあなたみたいな美少年なんてそうそういないもの。こっそり教えちゃうわ。私だってこと、誰にも言わないでね。この道を真っ直ぐ行って、三番地市民商店街の端、8区画に『クイーンズベル』っていう雑貨店があるわ…。」
掛かった。瞬時にダンテは彼女の言うことを記憶していく。
「女の子の名前は………キャサリン・バルト。みんな、キャシーって呼んでるのよ。」
「え、ええ?どうしたんですが、突然。僕なんかに教えていいんですか?」
我ながら白々しい演技だな、とは思う。
「ええ。なんでか、そうしたほうがいいような気がしたのよ。…どうしてかしら。でも、本当に内緒だよ。私が教えたなんて知られたらご近所さんに顔向けできないんだから。」
「レディ、あなたの名誉を傷つけるようなことはしません。ご安心ください。」
そう言いながら、ご婦人の手を握り、ポンと叩く。
「そう。………私、なんだかぼうっとしてるわ。次は何を喋ろうとしてたのかしら。」
「どうかされましたか?レディ?」
「え?ええ、おかしいわね。この私が喋りたいことを忘れるなんて。」
と、目と目の間を揉んでいる。
「それは心配だ。季節柄、疲れも溜まりやすい。今日は早く休まれてはどうでしょう?お店のことはお嫁さんに任せて。」
「ええ、そうね。そうしましょう。」
悪びれもなく身体を心配しているフリをして、ダンテはご婦人を立たせ、家に帰るよう促して別れを告げた。
人の意識を操作する魔法。これは本来、正式に認められた魔法使いだけが認められる魔法。
互いの体力の消費が激しいがために彼女も身体に不調が出たのだろう。
だが、記憶を捻じ曲げる、消し去るよりは軽い。
急ぎ彼女の言った住所を目指して歩くダンテも、本当は酷く怠い。
だが、構ってはいられないしもう慣れたことだ。それに…
――…あの日より、ずっとましだ。
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目的地に到着すると、彼女が言っていた通りに雑貨など手に取りやすい価格帯の物が所せましと並んでいる店があった。
『クイーンズベル』
と書かれた看板を見つつ、少し離れて場所に立って店の様子を窺う。
「おんやまあ、美少年だねぇ」
「やだ、見てあの人!すっごく綺麗でかっこいい!声かけてみる!?」
「ええ~絶対、彼女いるよぉ~。」
と、老若関係なしに女性の視線が向けれられていることに気づいたダンテは、小さく溜息を零すと仕方なく店へと向かう。
本当は目的の少女がいるのか遠目で確認したかったのだが。
雑貨に用があるわけではない。先ほどのご婦人の話しが本当ならこの店の女主人は娘目当ての男に対し警戒しているだろうことから、店に用のない客など一目で見抜くかもしれないと考えていた。だが、ここで変に自分に注目を集めるのは得策ではない。
その少女とも会わせまいとされるのがオチなら、やはり再び魔法を使うしかない。
だが、この体力で足りるだろうか。
さすがに連日歩き続け毎日のように魔法を使う疲弊が襲い掛かっていた。
終いには、任務遂行が失敗したらと考えただけで不眠になったし、エリーのことを想うだけで食事もろくに摂れなくなった。
銀の髪がさらりと風に靡き、不眠と栄養不足の色白さが一層と妖しさと色気を増させている原因であることにも気づかないダンテは、ひたすら少女が神託の美少女であってほしいと願っていた。
「いらっしゃい。あら、さっきから女の子たちの歓喜の声が聞こえてたけど、あなたかしら。」
店に入ると、金髪の中年女性が華やかな笑みを浮かべて声を掛けて来た。きっと、例のご婦人の言う奥さんでありこの店の女主人だろう。
彼女の台詞にダンテは困ったようなな笑みを返す。
「知人への贈り物を探していまして…ちょっと目に入ったものですから。拝見させていただてもよろしいでしょうか。」
「ええ、勿論。どうぞごゆっくり。」
店内は若い女性や男性がちらほらと居て、多種多様な文化を感じさせる雑貨やアンティークを模した雑貨など様々なものが置いてある。
中には魔法石を模した物まで売られている。が、さすがにそれは本物ではないようだったが、それを持つことによって魔力保持者の気分が味わえるとか、部屋の雰囲気に合わせてだとか謳い文句が書かれてある。
この棚には、さすがに例の魔法石が混ざり込んでいることはなさそうだ。
だが、不思議と何か…何かが近い気がするのだ。
異様でもあり、慣れ親しんだものでもあり、まるで知らないものでもある、何か。
これは…やはり女主人と喋り込み、娘である少女と引き合わせるように仕向けるしかないのだろうか。
それにしても、そうなると人目が多すぎる。
無闇に女主人を見つめたりなど、この年齢であっても不作法な上に誤解されたら骨が折れる。
感じの良い声を掛けて来たはずの女主人はやはりというか、どこか警戒しているのか隙のない視線でダンテを値踏みしているようだ。
商品のことを聞く、買い物をする以外は取り合わないとでも言いたいかのようなオーラを身体中から滲ませている。
仕方ない、時間がないのだ。
背に腹は代えられない、ここは記憶を改ざんする前提で魔法を使うしかない。
思い切って魔法を使う準備を整えてから彼女に近寄ろう、と先ほどのように眉間に力を入れた時だった。
――…無礼者。
人の声ではない声が耳を貫く。
ハッとしたダンテは瞬き一つほどの時間、出どころの分からない無常感に囚われた。
――…ここで勝手は許さぬ。去れ。
その声には応えられず、ダンテはただ床に吸い込まれるように倒れ込み、意識を失った。
同時にダンテを強い光が包みこみ、その光を目にした者たちの記憶からダンテの姿が消え、ダンテの身体はそう遠くない広場の繁みの中に移動していた。
そしてダンテはこれをニ度ほど経験することになる。




