ダンテの秘密
――彼女は、実に驚きを顕にした表情で僕を出迎えていた。
ダンテは歩きながら、その顔を思い出して吹き出しそうになる。
今から会いにいく少年のことを想うより、彼女のことのことを思い浮かべていたほうがずっと安らぐ。
彼女のことが心配だったのは本当だ。
だが、この城に来た理由はエリーの見舞いだけではなかった。
その経緯を彼女に教えるか否かは、彼との話しが終わってからでないと判断はできない。
そもそも、エリーがこの城にいることを知ったのも、彼に関係しているのだ。
城の廊下は、外壁の堅牢な雰囲気をよそに伝統を重んじた調度品が品よく並ぶ。決して地味などではない、絢爛な装飾のそれらを見やりながら、ダンテは先を行く執事について歩く。
自分より年下とは言え、この国の第一王子。身分は彼のほうが比べようもなく高いところにいる。
ダンテは、胸に過る予感に苦々しい想いに一抹の不安を覚えた。冷静さに欠ける態度を取ってしまいそうなのだ。
こんな姿を見られたら、ラルフから大笑いされてしまうだろう。
階段を昇り、応接間のドアが僅かに開いている。
「ダンテ様、こちらでございます。」
「ありがとう。」
執事がドアを全開にする。中にいると思われる王子に、執事が声を掛けた。
「レオン王太子殿下、ダンテ・ヴォート様をお連れしました。」
「入れ。」
その返答に執事が応え、中に進むようダンテに示した。
彼と対面するのは初めてではないはずだった。だが今はもう、声からしてどうにも癪に障る。
部屋の中央まで進むと、レオン王子は部屋の奥の窓辺に立っていた。
ダンテの姿を視野に捉えると、優雅な足取りで歩いてきた。
その姿は前に拝見したときよりも随分と成長し、一匹の豹のように優雅であり油断のならないくせ者であることを匂わせているようだ。
その様子にダンテは一瞬、対峙してはいけないものと出会ってしまったような恐れを覚えた。
そうして声を失っていると、レオンはダンテに一瞥をくれ、ソファに座るように示した。
「まどろっこしい挨拶は不要だね。呼びたてて申し訳ない。」
ダンテは胸に手を置く軽くお辞儀をした。
「恐れ入ります、殿下。…では、さっそく本題に入りませんか。」
「ああ。」
繊細そうな人形じみた容姿の王子は、見た目など内面を映す鏡にはなり得ないことを証明しているようだ。
さらりと揺れる真っ直ぐな金髪、青紫色の瞳は真っ直ぐに射抜いてくる。
いっそ清々しいほどに整った顔立ちだからこそ、迫力があるのだ。
だが最も恐ろしいのは、涼しい顔をして非道なことも冷酷なことも平気でできそうに思えるほど、冷静沈着で堂に入った態度であることだ。すでに王の器であるかのような迫力と、人を従わせてしまうような有無のない雰囲気。嫌になるほど気後れを覚える。
二人は中央に置かれたソファーに向かい合うように座ると、互いの手を読むかのようにじっと見据えた。
微動だにしない様子はいっそ滑稽なほど異様で、壁際に待機している執事ですら緊張感を滲ませている。
その間に執事が呼んでいたメイドがお茶を持って来て、二人の間のテーブルに置くと一瞬だけ気が緩む気配がした。
このまま睨めっこしていても埒が明かない。
先手は損をする、と王子の出方を待っているつもりでいたがここは自分からいくしかないのだろう。
「殿下はなかなかの使いをお持ちのようだ。秘するものを暴き出す天才は、もしや貴方かもしれないが。」
「ヴォート殿、それは私の台詞だよ?君はなかなかの使い手のようだ。」
「貴方ほどではありませんよ。…鳥を飼っているのは、殿下だけではないとだけ申し上げましょうか。」
王子は一瞬、笑みを浮かべた。
「しかしながら殿下の鳥は躾が不十分と見える。すこしばかり埃を立て過ぎでしょう。煙くてなりませんでしたよ。なれど、だからこそ気が付いた。…如何様で私に興味をお持ちに?」
『鳥』とは、諜報員のことを指している。エリーに伝えた探偵というのは、諜報員のこと。
エリーと知り合ったあのパーティーの日からずっと周囲を探られているような気配に気づいていた。
いよいよ我慢ならなくなった私は、自らの諜報員に命じ、「鳥の背後」を調べさせたのだ。
そして分かったのが、差し向けたのは王子だということ。
王子は鳥からの情報ですぐに動き、エリーの居場所とともに城に来るよう命じて来たのだ。
すでに私は諜報員からの報告、エリーが城にいること、そこで療養しているようだということも合わせて耳にして知っていた私は、王子の命に従った。
どこかエリーの名前が自分を釣る餌のために書き加えられているかのように感じ、不快にも思ったが王城という特殊な環境で療養するエリーに会うには誘いに乗るしかない。
「君を招いた理由…私は、自分に関わりある者を調べ安全を確認したい性質だ。ある人を通して君のことも調査対象になっただけ…。結局、面白い話まで耳にすることになったけれど?」
王子の言う、面白い話が何の事かはすぐに合点がいった。
決して、面白い話などではない。だが、部外者が耳にすれば、面白いことに変わりはないだろう。
「さて、ある人とは、…誰の事でしょう?」
とぼけると王子は薄ら笑みを浮かべて言った。
「とぼけても無駄さ。君の鳥から訊いているはずだ。君もさっきまで「ある人」の部屋にいたのだろう?」
そう言うと、彼はお茶を一口すすった。
ダンテはその様子を見やりながら、負け惜しみにも似た感情が渦巻く。
この余裕を剥ぎ取って、焦りに任せて乱れていく様を拝んでみたいと黒い感情が揺れる。
「ハッシュトン侯爵令嬢である、エリー嬢…のことでしょうか。だが、彼女のことが私を探る理由になると仰るのでしょうか。」
王子の表情が曇り、一瞬だけ僅かに歪むのが見えた。願望が見せた幻覚と言っても良いほどの瞬間的なものだったが、ダンテは確かに王子の中で何かが揺れるのを感じ取った。
彼女の名が出ただけでこうも冷徹そうな仮面が僅かに揺れる理由として、推測できることなどたかが知れている。
人形のような顔で冷徹な鞭を振りかざすかと思われた男の中に、見え隠れする情熱と弱点。
そのきっかけが彼女なのか…?
「最初は違う理由で君を探っていた。だが今は違う。…彼女は………エリー・ハッシュトンは、この国の総力をあげてでも助けなければならない事態に陥っている。だが、国が一丸となるには状況が悪すぎた。……そこで貴殿に頼みたいことがあるのだ。」
王子はそれまでの敵愾心のような感情を一瞬で綺麗さっぱり消していた。
それどころか、不安に怯える子供のような目がわずかに浮かんでいる。いや、実際はお互い子供であるのだが。
彼女の名が出た瞬間の小さな変化。にも関わらず一瞬でこれほど感情を豹変させるとは。
いっそ、恐ろしいほどに…掴みがたいお方だ。
「私に頼みたいこと?」
「エリー・ハッシュトン侯爵令嬢の命を守るために、どうしても必要なものがあるのだ。だが、それを見つけることに困難を極めている。」
エリーの命に関わる物などと、あまりに重い話にダンテは面食らった。
「…探し物をしてほしい、ということで?」
王子は静かに頷く。
「私や王室の『鳥』、警察隊等に総力をあげさせて虱潰しに探すことは、当然既に案として出たのだ。だが、それではあまりに目立つ。」
「ですが、どう考えても王室の息のかかる者たちの権力、特攻権限などに敵うものはおりますまい。身分をお隠しになればよろしいのでは?」
「もちろん、それも考えた。だが、彼らは人を探し出すプロではあるが、物を探し出すのは不得手だった。しかも、探してほしい物が特殊だったからこそ、特に。…そこで、君にお願いしたい。」
「恐れ入りますが、殿下。私も、そのようなことは得意ではございません。何故私などにそのような依頼をなさるのですか。」
思うより、自分は焦っているようだ。無様にも声が焦りと怒りで揺れている。
ダンテは、次に来るであろう王子の返事を待ち受けた。
「……君が、…魔力の持ち主だからだよ。」
その言葉で、ダンテは眼を下げた。
王子の探し出してほしいという物のシルエットが何か、否応なく分かったからだ。
そしてその裏に隠された『真実を知った』という意味にも。
魔力に関係するもの。即ち、魔法道具全般のことを指している。
魔力を持ったものでなければ、感知することのない代物であり、また魔力なくしては道具も発動しない。
しかしそれは、義務教育を受け許可を取らなけば、本来では発動できない力だ。
そしてそのようなものが、エリーの命に関わるというのなら。
「エリーの熱の原因は魔力に関係していると言う事ですか?」
「まだ、詳しいことは言えない。公には晒されてはならないからこそ、王室総出で捜索に出られないという理由もある。王家専属魔法使いは数人の弟子がいるとはいえ、エリーに何があるか分からない以上、そばを離れるわけにはいかない。なら弟子をとも考えたが、総出で城を不在にするわけにいかない。守るべきは国王という優先事項もあるからだ。…深い理由を言えないにも関わらず、無理難題だとは思う。だが、言えないことだからこそ、君に依頼したいのだ。」
「ですが、殿下。私はまだ齢13です。義務教育もまだの私は、魔法など有効になった身ではないとご存知のはず。」
「……さっき、私が言った面白いこととは、君の魔力に関してのことだ。隠しても無駄だよ。……本当は既に魔力開眼しているのだろう?だが、君はそれの報告を怠っている。…それがどういうことになるのか、君に分からないはずがない。」
あれほど念入りに隠し続けていたことを、あの鳥はやはり見破っていたのだ。
「…なんのことで。」
「隠さなくていい。君は普通一種類の魔力を有するところを、二種類の魔力を持ち合わせている。それは、呪いで封じられていたが効力が切れたのか、封じ手に見逃されたのか私には分からないが、だが君はその一種類の魔力を自己でコントロールしながら共生していた。…私は罰を下すために呼んだのではない。その力を貸してほしいだけなんだ。」
王子はゆっくりとその言葉を紡いだ。
「『真実の語り手』それが君が既に発動させている力。その力を使い、物の在り処を探し出してほしい。」
真実の語り手…それは、知らず相手の思考を支配し、口からその者が知っている情報を引き出す力。
自白剤などと、眉唾ものの代物が存在しているこの世では、確実でありそして最も安全に相手に口を割らせる方法として古くから警察隊や、王城専属騎士団の中で利用されてきた力だ。
その時、壁と一体となっていたはずの執事が動く。
目の前に、置かれた用紙を見て、ダンテは愕然とした。
「君の目の前に二種類の選択肢を用意した。一つは『魔力を永久にはく奪され罰を受ける』か『協力し、私たちの庇護を受ける』このどちらかしかない。さあ、どっちにする?」
脅迫としか受け取れない二つの選択肢を前に、ダンテは腹が立っていた。
確かに、報告義務を怠った。力をそのままにし、コントロールできるのだから黙っていればいいと、この力を私用に利用していたことも認める。それがどれほど重罪であるかも。
だから、この選択肢にはある種の情を感じることはできる。
そうでなければ、辺境伯子息としての権利どころか一家は皆、位をはく奪され、処刑または露頭に迷う他、ダンテ自身も魔力剥奪のうえ処刑という罰が下されてもおかしくはない。
罰があると分かっていても、ダンテが国に報告しなかったのにはまた別の理由がある。
王子が「面白い話を聞いた。」と言う時点では、隠していた魔力有効化の件ではなく、報告義務を放棄した理由である別件の方を知られたのだとダンテは思っていた。
だが話しを聞けば、そのことだったのだ。
ダンテはふうとため息を零した。
正気ではない、と言えばそれまでだが…私はヴォート辺境伯家がどうなろうと、知ったことではない。まして、自身が罰を受けることなど、更にどうでもいい。
いっそ、生きていることすら放棄してもいいとすら、思っていたのだ。
今更、こんな脅しを受けた所でなんの揺さぶりにもならない…の、だが。
ダンテの脳裏に、彼女が浮かんだ。
エリー・ハッシュトン侯爵家の一人娘。誰からも遠巻きにされ、勝手な憶測だけで悪口ばかり言いたてられる、不遇の環境のなかであっても、彼女は対峙する人間には真っ直ぐ向き合って、例え初対面の人間相手でも、真剣だった。
そして何より、彼女のはにかんだような笑顔が、美しいと思った。
満面の笑みも見てみたいと思うが、躊躇いがちに咲く花のような笑みが心の残るのだ。
また会いたい、また笑った顔が見たい、もっと彼女のことが知りたい。
魔法を使えば、もっと知ることができるのではないか。簡単に、素早く。
――あの時のように…。
お見舞いだと対面したエリーにダンテは力を使っていた。
熱の原因が不明であると告げ、でも本当のことは知っているが教えられないのだろうなという様子が見えた時、ダンテはエリーにぐっと身体を寄せて力を使った。
『目』を通じて。
大抵の人はそこで、思考を支配され言いたくもないのに本音を零してくれる。心の奥で描く本能も、理想も、夢も希望も、心の淀みの憎しみも、悲しみも怒りもすべて。
――けれど、エリーには効かなかった。
何度となく驚いた顔を見せていたエリーだったけれど、一番驚いていたのは誰でもなくダンテだ。
本心を暴き、本音を聞き、本当の事を曝け出させて、すべての情報を掌握できるのではないかとすら錯覚していたダンテに、初めて能力の効かない人間に出会ったことを知る瞬間だった。
彼女は、婚約者候補の相手をろくに務めなかったと言うハリソンの話しにも、「何か事情があったのかもしれませんわ。」と話しを流してくれた。後になって白い目で見ることもなく、事情を教えろとせっつくこともない。
もっと彼女のことが、知りたい。
王子が彼女とどのような関係であろうと。
「殿下、私はこの身分と家のことなど己の身に余る栄誉であるなら喜んで捨てると今まで考えておりました。罪への罰など、このような思想の私にはなんの脅しにもなり得ません。…しかし、私は一人の女性のためであるなら、この力、存分に使わせて頂きたい。」
王子と執事が、一瞬言葉に詰まったような顔をしていることにダンテは笑いそうになった。
自分の身分も家も家族も、いっそどうでもいいが彼女のためにならと言外に伝えているのと同じだからだろう。
「…では、後者であるのだな?」
「ええ、殿下。微力ながら協力致します。」
「ならば、私たちの庇護を受けるのにも同意したとみなしていいな?」
ダンテが頷くと、王子の合図に執事が動き、新たな書面がダンテの前に示しだされた。
「お読みになり、把握されたのちご署名ください。我が国家王室権力を持ち、貴方様の身分と安全を保障致す旨の誓約書兼契約書に御座います。」
ダンテは一通り書類に目を通し頭に叩き込んでから、署名と印を押した。
「よし、ならば早速、件の話しの子細を話したい。」
王子が話しを切り替え、ダンテが探し出すべき物の話しを聞く。
その時、ダンテにも気づいていなかった。
印を押したその時、すでに王室に渦巻く過去からの因縁が、否応なく関係したすべての者の不運を呼び寄せんとする魔の手がダンテにも伸ばされたことに。
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酷く、眠い。
ある一室の真っ暗な隅で、座り込む小さな身体が小さく震えている。
それに、寒い。
長い時を既に滂沱の如く流れ失っているかのような気もするし、ほんの瞬きほどの時間でしかないような気もする。
確実に胸を支配するのは、憎しみと怒り。
けれど、彼女は気づいていなかった。その力を使うことによって引き起こされる第二の悲劇。
そこに飲み込まれたら、生きているより死ぬことより辛い世界に落とされることを。
だからこそ、突き進んだ。
だからこそ、どうでもよかった。
私には、何もない。
その虚無の感覚こそが、私の怒りに繋がる。
どれほど手を伸ばしても、どれほど叫んでも、どれほど微笑んでも…
夢なんて、私には訪れなかった。
だから、あの子にも美しい夢なんか見させない。
何もかも持ってる、あの子には…。




