薄幸令嬢、発熱に倒れる。
ダンテの正気が戻るころ、エリーは二杯目のジュースを飲み終えていた。
給仕係りのおススメで、りんごのコンフォート入りアップルサイダー。
美味しいのだが、ハリソンが危惧する理由が分かるほどにアルコールが残っているかのような香りを感じる。
あれ?
身体のだるさも相まって、なんだかフワフワする。若干、目も霞んできたような…。
すると私の様子がおかしいことに気づいたダンテが、私のおでこに手のひらを当てた。
「…熱い。なぜ、具合が悪いと言わないんだ!」
「え?…そんなに悪くなんてありませんわ…。ちょっと、ふわふわしているだけですわ。」
ダンテが半ばあきれたように壁際で待機していたマリーを呼び、すぐに帰るように手配してくれた。
父にはラルフ伝いで知らせてくれると言う。
馬車がやってきて、乗り込む間際までダンテは付き添ってくれた。
「ダンテ様、今日は本当にありがとうございました。とても、楽しかったですわ。」
馬車に乗り込んでから、感謝の気持ちを伝えると、ダンテの表情が僅かに動く。
「…ああ。その…名前なんだが」
言いにくそうに口を開いたダンテの言葉を最後まで聞かず、エリーは早とちりして答えた。
「あ!申し訳ございません、勝手にダンテ様なんてお名前を呼んでしまって…!」
「いや、そんなことはいい!…そのままで、いい。それより、私も君のことをエリーと呼んでいいか?」
と言う、ダンテが照れ臭そうにそっぽを向く。
銀糸の髪がさらりと流れ、肩から胸元に落ちていく。
「え、ええ!…すてき!私たち、お友達になれたのよね?」
と、嬉しそうに微笑んだエリーの顔を、ダンテは困ったように見つめて、「ああ。」と頷いた。
「元気になったら、連絡をくれ。また会おう。」
その言葉を皮切りにダンテが戸を閉じると、馬車が動き出す。
エリーはダンテに手を振って、見えなくなるころ、力を使い果たしたように椅子に座り込んだ。
無事にパーティーを切り抜ける、という当初の目標以上の結果にエリーは心底安堵した。
それはダンテとラルフの気遣いのお陰だろう。
ハリソンとの出会いもあって、なかなかに濃いパーティーではあったが、最終的には友人だと言えそうな方と出会えたのだ。
レオン…、そして主人公も友人枠に入っているとしたら、これで三人目。
これで何かの陰謀に巻き込まれたり、やってもいない悪事を着せられることなく過ごせたら、わりかし良い方向へ進めるのではないだろうか。少なくとも、処刑は免れるやもしれない。
エリー11歳。なかなか好調ではないか。
と、一人ほくそ笑む。
だが、その帰り道の最中、マリーが準備していたという飴を舐めつつも、上がり続ける熱に朦朧としてくる。
グワングワンする。馬車の揺れと、眩暈が合わさって、世界が大きく歪んでいくのが分かる。
「お嬢さま…ですから申し上げましたのに。無理しないでくださいって…」
ええ、そうだったわね。ごめんね、マリー。と声を出そうにも、引っ張られるように意識が遠のく。
心配そうに呼びかけるマリーの声を最後に、ぷつんと意識が途切れるとエリーの身体は椅子から落ちて、転がった。
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エリーが意識を取り戻し目が覚めると、何故か城の一室である壁が目に入る。
マリーとは違う制服を着たメイドたちがひっきりなしに訪れては、様子を見に来て、マリーにあれやこれやと看病道具を渡していく。
彼女たちの制服は、いつもレオンに会いに来る度に目にしていた城専属使用人のものだ。
「マリー…」
「お嬢さま…気づかれたんですね!」
「どうして、ここに・・・?」
「道中、お嬢様が気を失われて。緊急だと判断して、邸に帰ってかかりつけ医を呼ぶより、直接お連れした方が良いと向かいましたが生憎不在で、私パニックになってしまって。そこにたまたま通りかかった王宮馬車にレオン様が乗車されていて、私たちに気づき声を掛けてくださったんです。事情を告げると『城のほうが近いから、連れていく!駐在医師に診てもらおう』と仰ってくださいまして。」
「レオン様が…」
「ええ!ぐったり倒れ込むお嬢さまを目にしたレオン様ったら王子様のようでした!血相を変えてお嬢さまを抱えてご自分の乗られていた馬車に乗り込んで、怒鳴るように急かされて…。私はその後を追ってこちらに。レオン様の口添えのおかげで入ることができて、どんな状況でも周囲にまで気を配ってくださって感謝しきりです!」
そうか、いつも私の専属ということでセットで入城を許可されている。
レオンの口添えがなければ、いくら私の名を出しても許可されることはないだろう。
あの冷静なレオンなら不思議ではないが、何よりも意外だったのは私の体調不良に彼がそこまでの反応を見せたという話しだ。
彼は優しいから、困った人を見たら放っておけないだけなのかもしれないが。
「あんな王子様がお嬢さまの婚約者で、私も嬉しいですわ!」
エリーは慌てて人差し指を唇の前で指すジェスチャーをしながら、「声が大きいわ」と制した。
熱のせいで痛む頭に、興奮気味のマリーの声が刺すように響いたのだ。
「申し訳ありません…!」
「・・・でも、大分楽になったから、そろそろお邪魔したほうがいいわね。」
「いいえ!先程レオン様がいらして、目が覚めて気分が良くなっても大事を取るために治るまで城にいるようにとのことでした。」
「え?治るまで?…いくらなんでも、そこまでは迷惑でしょう。」
と言って、お暇する準備をしようと上半身を上げると、さっとドアが開いた。
「……エリー?良かった。気が付いたようだね。」
優しいレオンの声が響く。
釣られて視線を向けると、安堵したようなレオンの笑顔がこそばゆい。
「心配したよ。彼女に聞いたけど、調子が悪いのにパーティーに出席したんだって?そういうときに無理するものじゃないよ。」
レオンがマリーに視線を向ける。マリーは、首を垂れてお辞儀をし、身を引く。
「でも…」
「分かってる。君は務めを果たしたいと行動したことくらい。…でも、それで倒れていたら元も子もない。」
喋りながらレオンは近寄り、ベッドサイドに立つ。
横になる私を心配そうな瞳で見つめて、ふと自らの手をエリーのおでこにあてた。
「うん、さっきよりはマシ。だけど、まだまだ熱いね。というわけで、エリー。これから治るまでここで療養してもらうよ。」
「そのことだけど、これ以上迷惑かけたくないわ。」
「迷惑だと思うなら、そもそも言い出さないよ。君の要望を叶えてあげたいのはやまやまだけど、どうも無理するようだから私の監視下にいてもらうよ。」
「監視下に?」
「嫌?」
ドキドキと波打つ胸に自然と手を当てて抑える。まるで、溢れる何かを止めようとするかのように。
きっとこの音は動悸とか熱があるせいだ。
「……いや、とかではないわ。けど」
続きを待つレオンの瞳が何故か悪戯っ子のように怪しげに煌めく。その光に吸い込まれたら、逃げることなどできないような、恐いような、それでも気になるような気持ちになる。
「けど、それだと囚われているような気持ちになってしまうわ。」
「それなら君は囚われの姫君と言ったところかな。あ、それと既に君のお父上には電報で伝えてあるから安心して。」
そう言うと、ふと右手でエリーの頬をさらりと撫でた。
「君はただゆっくり眠って。」
そう言うと、起こしかけていたエリーを布団をかける仕草で横にならせた。
おもむろに手ぬぐいを水に濡らし、固く絞るとエリーのおでこに乗せる。
ひんやりとした冷たさが、優しく肌を伝っていく。
「これで熱は下がらないけど、気持ちは良いでしょ?さ、私はまたひとまず残りの公務を終えてくるよ。また来るから。」
彼が再び優しい瞳に戻って、エリーに微笑みかけ、近くのマリーにも声をかけて出て行った。
おでこに乗せられた手ぬぐいのひんやりさが熱を吸い込んで、温くなっていく。
エリーはゆっくりと心地のいい柔らかな冷たさに、ほっと息を吐いて眠りこんでいった。
直前、誰かの声が脳裏に過りながら。
――・・・気を付けて。
次に目が覚めると、外は真っ暗で既に城の住人たちは静まり返っている。警護兵だけが起きているのだろう。
マリーも疲れたのかベッド横に置いた椅子の上でうたた寝している。
もう大丈夫だから、ベッドで休ませてもらってとマリーに声をかける直前、廊下で奇妙な音を聞いた。
女性の金切り声のような、悲鳴のような、つんざくような甲高い声。
夜闇に紛れて耳にするには、ちと心臓に悪い。
そしてその音が何故か少しずつ近くに来ている。這いずって迫われているような恐怖を感じるのだ。
ちらと横目でマリーを見やるが、彼女はぐっすり眠っているのかピクリとも動かない。
全身の血が波打ち、眩暈がしてきた。
居ても立っても居られなくなったエリーは、思わずを身を起こし、ベッドからはい出る。
さっきまで高熱でうなされていたせいか、疲労感と倦怠感がどっと身体を抑え込むように重い。
思っていた以上に汗をかいていたようだ。それに気づくと妙なもので、急に喉まで乾いてくる。
それでも廊下で響き渡ってくる音は止まない。
どうしよう。
一歩一歩、扉に近寄る。
ドアノブに手を掛けた。
一瞬、一瞬だけ開いて外の様子が見たい衝動に駆られる。
ぐっと力を込めたときだった。
止まず聞こえていた金切り声が、ピタリと止んだ。
それから数秒後、手を掛けていたドアノブがカチャリと静かに回る音がした。
咄嗟に離れるが、それ以降どう行動するべきなのかまるで頭が回らない。
「…っ!…ひっ…」
喉の奥が瞬時に狭まる。息がつまるように声が出ない。
頭も目も心臓のように鼓動を打ち鳴らしている。
ふわっと風が起き、扉が開いて。
すると目の前には、レオンが驚きを顕にした表情でエリーを見ていた。
「エリー、起きていたのか?」
「レ…レオンさ、ま?」
「あ…あぁ、そうだよ。」
よたよたとレオンに近寄るエリーの元に、レオンも駆け寄る。
彼はさっとエリーを支えるように腕を回してくれた。
「どうしたんだ、こんなに震えて。また熱が出る前兆かな。…寒気は?」
「ううん、違うの。私…変な音を聞いたのよ。だから、恐くて。でも、気になって、喉も…カラカラだったし、私」
レオンはふとたどたどしく喋るエリーを見て、言葉に詰まった困ったような顔を見せた。
そのことに気づいたエリーは、ふと話しを変える必要があるような気がした。
「・・・ごめんなさい。私、きっと熱のせいで変な夢を見てしまったのね。ほら、高熱が出ると幻覚を見ることあるじゃない?」
「そう、か。・・・ごめん。」
「いやね、レオン様が謝ることではないですわ。」
「・・・そんなに怖い想いをしているときに、一人にさせて。」
「ふふ、一人じゃないわ。マリーがいるもの。」
笑顔を見せると、今度は違う意味を込めたような困った顔をしている。
「喉が渇いたんだろ?彼女を起こして頼めば良かったじゃないか。」
「だって、疲れてるだろうし。本当はちゃんとベッドに寝かせてあげたいんだけど。」
すると彼は廊下で警護をしていた王子専属騎士であるエリオットを呼び、マリーを寝室まで起こさないよう連れていくようにと命じた。
一瞬、彼は困惑を隠しきれない表情でエリーと王子を交互に見た。
エリーの部屋の前にも一人護衛騎士を配置していたレオンは、彼の名を言って安心するようにエリオットを促した。
王子の護衛のほうが仕事としては重要であるのに、その護衛対象からメイドの移送を命令されたことで困惑したのだろうか。
それにしても、エリオットの表情は激しい疲労と張りつめた緊張感が滲んでいた。
やはり、何かあったのか。
諦めたのかエリオットがひょいとマリーを抱きかかえて出て行く。
パタンと扉が閉まると、レオンは何か考え込んで口を開いた。
「さ、今度は俺が君を看病していよう。」
「駄目。うつしてしまうかもしれないでしょ。」
「構わないよ。君の寝顔が見られる、またとないチャンスなんだから。」
「・・・馬鹿言わないで。」
「横になってて。飲み物用意してくるから。」
部屋の外に出ようとするレオンに、急激な不安を覚えた。
「え、待ってッ…」
腕にしがみ付いたエリーをレオンが驚いた顔で見ている。
「一人で行くなんて危ないわ…いくら城の中でも…。」
さっきの妙な声の件だってある。どうやら彼は事情を知っているようだけれど、灯りの少ない廊下では何があるか分からない。できれば危険なことはしてほしくない。
要人はいつどこで誰にどうやって命を狙われるか。
私の我儘で護衛をマリーのために使わせてしまって、今彼のそばには誰もいないのだ。
「…エリー、でも喉を潤した方が良い。」
「そ、それなら…そう!そこにある林檎でも食べるわよ!」
「なら、護衛が戻ってきたら飲み物を用意しよう。林檎は俺が剥くから、ベッドに横になって安静にして。」
そう言うなり、レオンはエリーの背を押してベッドに半ば力強く押し込んだ。
それから少し遠くに置かれた林檎とペティナイフを取りにエリーから離れて、そっと彼が呟いた言葉はエリーには聞こえていない。
「無自覚って、恐いなぁ…。」
慣れた手つきのレオンが切り分けてくれた林檎を食べながら、窓の外で光る月を見上げた。
あの耳に刻まれた声を脳裏で浮かべながら。
レオンの一人称が「俺&私」ではなく「僕」になっていたので、修正しました。失礼しました。




