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ゴーレム使い  作者: 灰色 人生
バトランタ攻防戦

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254/255

224話〜黒の帳簿〜

 


 砂嵐が港を呑み込んでいた。


 視界は数歩先も見えず、銃声と叫びが断続的に響く。


 《ラ=レグリア号》の船員たちは散開し、各商館の影へと身を隠しながら応戦していた。


 その中心で、エレナーは剣を構えたまま一歩、砂を踏みしめた。


「黒い旗を掲げる者たち……“影印”を使うとはね。

 まさか本当に甦るとは思わなかったわ」


 隣でカークが唾を吐く。


「百年前に潰えたはずの商人ギルドの亡霊だろ。

 だが連中、銃も剣も新しい。まるで――軍だ」


「……軍ではない。“契約者”たちよ」


 エレナーの言葉に、カークが眉をしかめる。

「契約者?」


「影印は、命と金を交換する契約。

 一度刻まれれば、金が尽きるまで死なない」


「……冗談だろ」


 その瞬間、倒れたはずの黒装束の男が立ち上がった。


 胸を撃ち抜かれたはずの穴から、黒い霧が漏れ出す。


「“金座の犬”め……金の女神に見捨てられろ……」


「っ、後ろだエレナー!」


 カークが叫ぶより早く、エレナーの剣が閃いた。


 一閃。黒装束の首が落ち、霧が砂に散る。


「死なないなら、動けないようにすればいい」


 その冷徹な声に、敵味方の息が止まった。


 だが彼女の視線はもう遠く――港の奥、崩れかけた倉庫群の影へ向いていた。


 そこに、微かに“金”の気配がある。


「……あそこね。ガルド・サーヴェンの帳簿は」





 ◆



 倉庫街の一角。



 崩れた屋根の上で、黒衣の老人が手帳を開いていた。




 金糸で綴じられた帳簿――“黒の帳簿(リガル・ノート)”。



「やはり来たか、エレナー。お前の嗅覚は衰えておらん」


 ガルド・サーヴェン。


 かつて金座を統べた“最古の商人”は、静かに笑った。


「ヴェルド=エンはもう長くはもたん。

 金は血のようなものだ。流れが淀めば、腐る」


 帳簿を指でなぞると、黒い文様が生き物のように脈動した。


「これはな、“世界の帳簿”だ。

 誰がどこで何を得、何を失ったか――すべて記される。

 そして“支払い”がなされぬ限り、帳簿は新しい命を喰らう」


 背後の黒霧がざわめく。


 その中で、かつての商人や傭兵の影が呻き声を上げる。


「お前が追う金の流れは、すでに“死の金”に変わったのだよ、エレナー」




 ◆



 エレナーは倉庫街の奥に足を踏み入れた。



 湿った空気。壁の内側には無数の印章が刻まれ、光を吸い込んでいる。



 足元には焦げた金貨――それらはすべて、“支払い”の残骸。



「……ガルド。あなたは何を求めているの?」



 暗闇から声が返る。



「“均衡”だよ。

 金座は富を積みすぎた。世界の秤が傾いている。

 私はその秤を戻す――“黒の風”でな」



 エレナーは剣を構え、低く息を吐いた。



「ならば、私は“金の風”で抗う」


 一瞬、二人の視線が交わる。


 その間に、砂嵐が裂け、月光が倉庫の中を照らした。


 ガルドの背後、黒霧の中に浮かぶもの――

 それは巨大な黒い羽を持つ蛇。



「……まさか、“影印”の原型を呼び出したの!?」



「契約は果たされた。

 金座が築いた“虚の信用”を、蛇が喰らう」



 黒い蛇が咆哮し、倉庫を破壊した。


 港全体が震動し、海が逆巻く。


 エレナーは風に乗るように跳び、剣を構える。


「――“金座の風よ、吹き荒れなさい”!」


 剣先から金色の光が走り、蛇の眼を撃ち抜いた。


 黒と金がぶつかり合い、空が裂ける。


 ガルドが呻く。


「まだ……“均衡”は崩れていない……!」


「ええ、崩させはしない。

 あなたの帳簿――ここで閉じる!」


 金の光が倉庫を包み、黒霧が悲鳴を上げて消えた。


 そして、静寂。


 砂嵐が止み、海に再び月が映った。



 ◆



 夜明け。


 ラサ・ハム港の桟橋で、カークが息を吐く。



「結局、あの老狐はどうなった?」


 エレナーは金の欠片を見つめた。


「姿は消えた。でも――帳簿は焼け落ちた。

 ただ……“黒の蛇”の核だけが、まだ海の底にある」



「また厄介な種を残してくれたな」


「そうね。でも、潮は変わったわ。

 金と黒、どちらの風がこの世界を動かすか――

 それは、これから決まる」


 彼女の眼差しに、朝日が射した。


 船員たちが《ラ=レグリア号》へ戻り、帆を上げる。



 風が再び、金の香りを運んだ。


「出航するわ。次は――“灰の都”よ」



 砂の国の港を後に、白帆がゆっくりと動き出す。

 遠く、波間に黒い霧が蠢いた。



 それはまだ消えてはいない、“黒の帳簿”の残響だった。



 ──続く。

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