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ゴーレム使い  作者: 灰色 人生
バトランタ攻防戦

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253/255

223話〜砂の影、ラサ・ハム港にて〜

 砂と熱風の国――バハンタール公国。


 その玄関口《ラサ・ハム港》は、海と砂漠がせめぎ合う境界の町だ。


 かつては金貨と香辛料で溢れた交易の中心だったが、今は黒雲が太陽を遮り、潮は濁り、街全体が息を潜めている。


 その海に、白帆の船が一隻。


 《ラ=レグリア号》。


 船首には、ヴェルド=エンの金色の紋章が輝いていた。


 その甲板で、ひとりの女性が荒れた海を見つめていた。


 長い黒髪を風になびかせる――

 エレナー・クレスト。


 ヴェルド=エンの船団を統べる船長であり、現“金座”議長メリッサの最も信頼する実行者。


 彼女の背後では、波が黒く泡立っていた。


「……潮の流れが変わってる。まるで、海が脈を打ってるみたいね」


 舵輪を握る航海士ダリオンが答える。


「ええ。ここ数日、南海の潮が逆流してます。

 海竜も見えず、魚も消えた……。まるで“何か”が、海の底で動いている」


 エレナーは短く息を吐いた。


「“黒霧”が、ついに海を越えたのかもしれない。

 ……金座の議長が言っていた通りね」


 その名を出すと、空気が少しだけ引き締まる。


 今、ヴェルド=エンは動乱の最中にある。


 前議長ガルド・サーヴェンの逃亡、そして黒霧騒動の余波。


 メリッサは都市の統制を保つために残り、

 代わりにこの“追跡任務”をエレナーに託したのだった。


「ガルド・サーヴェン。あなたの影、掴ませてもらうわ」


 《ラ=レグリア号》がラサ・ハム港に入港すると、

 褐色の肌の商人たちが駆け寄ってきた。


「ようこそ、ヴェルド=エンの方々!

 ですが申し訳ない……街の情勢が、今は不穏でして」


「不穏?」


「はい、公国の監察官が昨日から各商会を査察しています。

 “外資の排除”が命じられたとか……」


「監察官の名は?」


「……ガルド・サーヴェン、だと聞いております」


 甲板の空気が一瞬で凍りついた。


 エレナーは冷ややかに目を細めた。


「やはり、生きていたのね」


 航海士ダリオンが低く唸る。


「こちらの動きを読まれていたのか……」


 エレナーは首を振る。


「違うわ。あの老狐は“風”を読んだのよ。

 金の流れと、運命の潮をね」


 そして、短く命じた。


「全員上陸準備。偽装は解かない。

 ここでは“金座の名”より、“商人の顔”で動く」





 夕刻。



 砂漠の風が吹き抜け、ラサ・ハム港の市場は混乱していた。


 エレナーはフードを被り、密かに情報屋の店に入る。


「……ガルドの行方を探しているのは、あなただけじゃない。

 数日前、正体不明の“黒い商団”が港に入ってきた。

 彼らは全員、ヴェルド=エンの貨幣を使っていた」


 情報屋の声に、エレナーの眉が動く。


「ヴェルド=エンの貨幣? それは……」


「そう。“金座”の帳簿から消えた金。

 おそらく、ガルドが流したものだ」


 エレナーは立ち上がる。


「帳簿を奪われただけでなく、“信用”まで売られた……

 彼は本気でヴェルド=エンを潰す気ね」


 その時、外から銃声が響いた。


「っ!」


 市場が騒然となり、衛兵たちが倒れる。


 埃と火薬の匂いが広がる中、黒装束の男たちが現れた。


 胸には、ヴェルド=エンの金章――。


「……偽装部隊。奴の手口ね」


 エレナーはすぐに抜剣した。


「船員たちに伝えて! 武装を解くな!」


 背後で傭兵団《紅潮》の頭領カークが笑いながら剣を抜く。


「姫の右腕さん、随分派手な歓迎だな!」


「冗談を言ってる暇があったら動きなさい、カーク!」


 二人の背後で、火花が散る。


 砂煙の向こうで、黒い旗が翻っていた。


 そこには――**“裂けた翼を持つ蛇”**の印章。

「……“影印”」


 エレナーが呟く。


 それは、禁忌の契約を象徴する印。


 大陸中で消えたはずの、古代商人ギルドの闇の印章だった。



「やはり、ガルドは“黒の帳簿”を継いでいる……」


 銃声と砂嵐の中、エレナーは静かに剣を構えた。


「ヴェルド=エンを穢す者には――

 このエレナー、容赦しない」


 嵐が吹き抜ける。


 砂の中で、ガルド・サーヴェンの影が、遠くの倉庫の屋根から彼女を見下ろしていた。


「……やはり来たか、エレナー。

 “金の風”を吹かせるのは、私ではない。

 だが“黒の潮”を止めることも、お前にはできまい」


 月光が差し込み、彼の背後で黒霧が揺れた。


 ラサ・ハム港を覆う砂嵐が、嵐そのもののように吠える。


 そして――《金と黒》、

 二つの風が交わる戦いの幕が、静かに上がった。



 ──続く。

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