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高く翔べ、ニーノ! 〜恵里の異世界奮闘記〜  作者: 羽牟
第一章 異世界の異邦人
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05.魔法の洗濯屋


 恵里が訪れている街の名前はロレントといい、そこそこ大きな街だ。魔女の教育のおかげでいくらか文字も読めるようになっていたので、恵里は店の看板や広場の掲示板を面白く眺めつつ歩く。雰囲気的には中世のヨーロッパのような街並みで、道行く人々は女性はシンプルなドレス、男性はゆったりしたシャツにズボンという出で立ちが定番のようだ。恵里は自分の格好が悪目立ちしないかと少し不安に思っていたのだが、シングルのライダースジャケットにパンツというスタイルはそう違和感のあるものではないらしい。人々が特に恵里に気を留める様子はなかった。

 魔女の講釈によるとここはニールバーという国で、ロレントはサルヴォ伯爵という貴族の領地の中心であるという。このニールバーというのが不思議な国で、元いた世界で言うところの連邦国家のような感じらしい。国内五つの領地をそれぞれ五家の貴族が治めており、人や物の行き来は自由だが基本的に独立して運営されている。連邦国という形を採っているのは和平・同盟関係をより強固にし外交力を強化するためで、国の運営は五貴族からなる中央議会で行われる。国の代表者は大首相と呼ばれ、持ち回り制なのだそうだ。離反や暴走を防ぐために中央軍への兵の拠出が義務付けられており、その発動は議会で決定されるのだという。

 ファンタジー世界のお決まりでここには王様がいるのかという質問への返答がこれだったので、恵里はなんとも先進的だと感心したものだった。

 恵里たちのいるサルヴォ伯爵領はニールバー連邦の南側に位置し、ロレントはだいたいその中央南よりにある。牧草地と小麦畑に囲まれたのどかな街だ。

 魔女と別れ、小一時間ほどぶらぶら歩くと川のほとりに出た。石畳の洗濯場があって幅広い年代の女性がお喋りをしながら、あるいは黙々と洗濯を頑張っている。洗濯板でゴシゴシやって、力の限り絞って、水を吸って重くなった洗濯物を抱えて干場へ向かう。たいへんな重労働だ。恵里はしばらくその様子を眺めていたが、ひらめいたアイデアを実行に移すことにした。

 買い物中の魔女を探し出して金を借り、樽をひとつ借りて粉石けんをひとつ買った。それから樽の内側を綺麗に洗って洗濯場の一番下流側に置き、洗濯に勤しむ女性たちに声をかけたのだ。

「お洗濯引き受けます!洗いは三〇、絞りに三〇、乾燥も三〇ネイで代行しますよ!さぁさぁ!満足できなければお代は結構!さぁどなたか――」

お代は結構、の言葉に恰幅のいい中年女性が立ち上がった。恵里を胡散臭そうに見やる。その脇には山のように積まれた洗濯物。これをひとりで片付けるのは骨だろう。

「本当にお金は取らないんだろうね?」

「お気に召さなければそれでも結構!」

「じゃあ、その絞りってのをやってもらおうじゃないか」

「かしこまりました、お美しいマダム」

恵里がいたずらっぽくウインクすると、中年女性は少女のようにはにかんだ。

 洗い終わったばかりの大量の洗濯物を樽に入れ、その中に魔法でつむじ風を起こした。洗濯物は樽の内側に風の力で押しつけられ、水が出る。出た水は魔法で川に流す。数分もすれば、現代の洗濯機で脱水したのと同程度の状態になった。

「さぁマダム、いかがでしょうか?」

樽から洗濯物を取り出した中年女性は「あらまあ!」と驚き声を上げた。人の力で絞るのとは段違いだ。ここまで絞っていれば運ぶのも手絞りよりは重くないし、日に干せばすぐに乾くだろう。

「ほとんど乾いているようなものじゃない。じゃあ、乾燥もお願いしようかしら」

「御意に」

脱水の時よりも柔らかい風で洗濯物を回転させながら、水魔法で衣類の中の水分を外へ出す。これも数分でカラッと乾いた洗濯物の出来上がりだ。

「お気に召しましたか?」

中年女性はすっかり乾いた洗濯物を驚きのまなざしで受け取り、厚手の物も薄手の物も差異なく乾いていることを丹念にチェックした後、懐から小袋を取り出した。

「絞りと乾燥で、ええっと、六〇ネイだね?」

「マダムはお美しいから、五〇ネイで結構ですよ!毎度!」

脱水から乾燥はほとんど同じ工程なので、一緒に頼まれたら五〇ネイで十分だろうと思い、恵里は値段を引き下げることにした。そうして恵里の手のひらに乗せられた五枚の銅貨。こちらの世界に来て、初めて自分で稼いだお金だ。恵里はそれを大切にコインケースに仕舞った。革製のそれは、元の世界から持ってきて大切に使っているお気に入りだ。

「さぁさぁ、仕上がりはご覧のとおり!他に試してみたい方は――」

先程の中年女性が受け取った洗濯物を検分していた友人と思われる女性が、じゃあ私も、とこれまた大量の洗濯物を差し出す。宿屋か、そういうところの女将なのだろう、リネン類が多いようだ。こちらは洗いから乾燥までのフルコース。これも満足の仕上がりだった様子で女性が喜ぶと、私も私もと声が上がった。皆一様に洗濯物を山と抱えている。一旦家に戻って、家中の洗濯物をかき集めてきたような人もいた。手洗いの洗濯は面倒だもの、気持ちはよく分かる。

 人が人を呼んで恵里の洗濯樽の前には列が出来、捌いていくうちに恵里の洗濯技術は向上した。つまり魔力の扱い方が上手くなっていったのだ。熟練は繰り返しの成果である。

 最後の一人に洗濯物を渡して料金を受け取った頃、教会の鐘がひとつ鳴った。鐘は三十分おきで、少し前に十二回鳴っているので現在の時刻は一二時半というわけだ。帰るまでにはまだ二時間半ある。とりあえずは軍資金も出来たことだし、腹ごしらえをしに行こう。残った粉石けんはベルトにぶら下げ、樽は借りた店に返しに行った。魔法を使った洗濯は魔女の家で似たようなことをしてはいたが、思いつきのぶっつけ本番でやったにしては上々で、売上は九六〇ネイ。三時間弱でこれだけ稼げれば言う事なしだ。


 ホクホク顔で恵里が食堂を探し歩いていると、路地裏の方から少女の叫び声が聞こえてきた。耳を澄ませばやめてとか放してとかどうもただならない様子だ。恵里は決して正義感の強い方ではなかったが、放ってもおけないだろう。角からひょいとのぞけばガラの悪そうな男が身なりの良い少女の腕を掴んでいる。

「あのー。彼女、嫌がってるみたいですけど」

 我ながら何とも情けない因縁のつけ方だ。恵里がそう声をかけると、気づいた男が何だ貴様ァと声を上げた。その隙に、少女は掴まれた腕を振り払って恵里の方へ駆けて来る。

「おい、お前!」

少女を取り逃がしてしまった男が苛立たしげに大声を出した。

「そのガキをこっちへ渡せ」

「成り行き上それはちょっと…」

「ごちゃごちゃうるせえ!」

少女を取り戻そうと走り寄って来る男の目を狙い、恵里は風の魔法で地面の砂を巻き上げぶつけた。

「うわっ!」

男が腕で目を覆った隙に少女の手を取って走り出す。男はすぐに追ってきた。少女のヒラヒラしたドレスと動きにくそうな靴ではすぐに追いつかれてしまうだろう。地面は石畳で余計に走りにくい。そうか。とっさに思いつく。恵里はベルトに下げていた粉石けんを地面に撒き、水魔法を唱える。狙い通り、男は濡れた粉石けんの上でつるりと足を滑らせた。

「あいてッ!」

尻餅をつき憤怒の表情で睨む男を尻目に、恵里たちは路地を右左に走り抜け見つけた小さな茶屋に飛び込んだのだった。

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