06.お嬢様と露天商
とりあえず水を一杯飲んで息を整え、恵里はまじまじと少女を観察した。
年の頃は十三、四といったところ。緩いウェーブの金髪。上半身はぴったりと、腰から下はふんわりと広がる仕立ての良いドレス。スプーンより重いものは持ったことがなさそうな白く細い指先。いかにもお嬢様然とした様子だ。それが一体どうしたら、あんな路地裏を一人で歩いて男に絡まれたりすることになるのだ。少女に事の発端を尋ねた恵里は、その返答に頭を抱えた。曰く、
「だって、今までお金なんて払ったことないもん」
少女、アメリアは家人の目を盗み、一人で街へ出てきたのだという。あの男は指輪や首飾りなんかの小物を売る露天商で、アメリアはそのうちの気に入ったものを支払いもせずに持ってきてしまったのだ。男が怒るのも道理だ。
「それは泥棒だよ」
「だって、家に来る宝石商のアクセサリーはどれでも好きなのもらえたもん」
「アメリア、それはあんたの親が代わりに払ってくれてたんだよ。その指輪を返してちゃんと謝らなくちゃ」
「嫌よ!なんで私がそんなこと!こんなチャチな指輪なんていらない!」
アメリアは駄々っ子のように声を張り上げ、指輪を投げ捨てると店から走り去ってしまった。恵里は指輪を拾い上げ、手のひらに乗せて眺める。あの男が細工したものだろうか?ツルがくるりと絡む優美なデザイン。細部まで丁寧に作り込んである。
「ああぁあ…」
恵里はテーブルに突っ伏した。確かにアメリアのやったことは良いことではない。盗むつもりではなかっただろうが結果的にはそれと同じだし、誤解だと謝っていれば男がああも激高することもなかったろう。あとで屋敷に出向いて料金を貰えば良いだけのことだ。だが、余計なおせっかいをして事を荒らげてしまったのは、紛れもなく恵里である。
「今日の稼ぎで賄えれば良いんだけど…」
注文したスープとパンを砂を噛むような思いでのろのろと食べ、恵里はようやく重い腰を上げたのだった。
完全に被害者でしかない露天商の男を探しながら、恵里は広場の露天を一つ一つ覗いて歩く。半分ほどを見終わったとき、若い娘ばかりが人だかりになっている店を見つけた。対応しているのは先程の男だ。商売の邪魔にならないように客が一段落するまで待ち、男が恵里に気付いて「あっ、お前は!」と声を荒らげたと同時、開口一番「済みませんでした!」と頭を下げた。
「本当に申し訳ありません。見当違いにあなたには本当に失礼なことをしてしまいました。お怪我はございませんか?」
はじめこそ怒りをむき出しにしていた男だったが、限りになく下手に出た恵里の謝罪に段々と呆気に取られたような表情になった。
「傷などは入っていないと思いますが、ご確認ください。それからご迷惑料と言ってはなんですがこれを」
指輪を返し、魔女に返す分の金額だけ別にしたコインケースを男に差し出す。
「そんなものァいらねぇよ、俺は悪党じゃねぇんだ。それより、気に入ったもんがあったら買っていってくれ。押し売りする気はねえけどな」
粗野な言動と見た目に反し、存外気さくで鷹揚な男である。恵里はホッと胸をなでおろした。
男の店の商品は指輪や腕輪のような装飾品で、草木をモチーフにした繊細な細工が美しい。値段は平均して百ネイ前後で、アメリアが持ち出した指輪は百二十ネイだった。恵里はとりあえずそれを買い、それから二百ネイのシンプルなデザインの腕輪を買った。肘の上に着けてちょうどいいサイズで、日常生活の邪魔にならないのも良かった。恵里は元の世界でもほとんどアクセサリーの類を身につけなかった。たとえば手を洗うときや何か作業するときなどに着け外しするうちなくしてしまうことが度々あって、己のいい加減な性格を思い知って初めからつけなくなったのだった。
魔女アーデルとの待ち合わせまでにはまだ少し時間があった。客の入りもそう忙しくなかったので、恵里は男に名前を聞いた。
「私は新野田恵里といいます。お名前を伺っても?」
「俺はジッロだ。ニーノ・ダエリ、敬語はやめてくれ」
露天商の男、ジッロの本職は鍛冶師で、時折こうして趣味で作った小物を息抜きと小遣い稼ぎを兼ねて売っているのだという。そう自己紹介された後に職業を聞かれ、恵里は答えに詰まった。
「うーん、今日は洗濯代行で稼いだけど、それを本業にしようとは思わないしなぁ」
食い扶持を稼ぐために何かしらの仕事はしなければならないだろうが、第一、いずれは元の世界に戻るのだからという思いもあった。ここに根を下ろして生活していくという意思も覚悟もない。恵里が魔女アーデルに連れて来られてひと月、帰る方法を探しつくしたとはまだ言えないのだ。
「職もなくて食うには困らないのか?」
「今はとある人のところにお世話になってて、使用人みたいなことしてるよ」
それでアーデルの事を思い出し、広場の時計塔に目を遣れば二時五十分。良い時間だ。
「今日初めて街に来たんだ。今日はもう帰んなくちゃいけないけど、今度会ったときは街を案内してもらえない?今日のお詫びに一杯おごるよ」
「おう、そういうことなら喜んで」
「じゃあまた」
恵里が手を振ると男は応えてひょいと片手を上げた。好青年じゃないか。この世界に来て初めての友人が出来そうな気配に、恵里の心はほころんだ。




