04.ホウキの代わり
「火よ」
覚えたての魔法を使ってランプに火を灯し、恵里はテーブルに図面を広げた。木製バイク模型の設計図である。とはいっても、完成図は子供が遊ぶ木馬と大差ない簡単なものだ。空飛ぶホウキに乗る魔法は教わったが、魔法そのものはともかく長時間細いホウキの柄にまたがって態勢を維持するのが至難の業だった。五分と体を支えられずにくるんとひっくり返って逆さまにぶら下がる格好になってしまう。あんなのは、体操選手並みのバランス感覚と筋力が必要だと恵里は思う。
そこで思いついたのが、魔動バイクの作成だった。恵里はホウキで飛ぶことは出来なかったが、ホウキを浮かせて前進させることは出来る。であるならば、何もホウキでなくても構わないだろうと思ったのだ。ハンドルがあればバランスが取りやすくなるし、何より慣れた形で乗りやすい。荷台を付ければ荷物も一度にたくさん運べて便利だ。
「ニーノ、何をおっ始めようってんだい」
魔女アーデルは恵里のことを「ニーノ」と呼んだ。切るところが違うと思ったが、訂正するのも面倒でそのままになっていた。このあだ名にも戸惑うことなく返事できるようになったのだから、魔女との生活にもずいぶんと慣れたものだ。
「私はホウキに乗れないけど、違うものなら乗れるんじゃないかと思って」
「ふん、面白そうじゃないか。やってみな」
魔女アーデルのゴーサインがでたので、恵里はさっそく家の木の枝を少しもらってバイク模型の制作に取り掛かったのだった。
ああでもないこうでもないと頭を捻りつつ、時には魔女に助言を仰ぎながら数日かかって完成した魔動バイクは、なかなかの出来栄えだった。明日は試乗に出かけよう、と恵里が満足気に眺めていると魔女が言う。
「明日は街まで行ってみるかい?」
恵里は驚き顔で振り返り、パッと表情を輝かせた。
「やったあ、絶対行く!」
魔女アーデルは、月に二度ほど街へ買出しに行った。作った薬草や小物など細々したものを売り、その売上で生活に必要な食料や日用品を買うのだ。いつも恵里は街へと飛び立つアーデルの後ろ姿を羨望の眼差しで見送った。魔女の後ろであってもホウキに乗れなかった恵里は、留守番するより仕方なかったのだ。けれども魔動バイクが完成した今、恵里も街の見物ができるというわけだ。
そして翌日の朝。支度を済ませ、完成したばかりの魔動バイクをチェックしている恵里に魔女が声をかけた。
「この木はね、」
家の大樹を見上げて続ける。
「聖なる木といって、魔獣が嫌うから大丈夫だとは思うが、もし遭遇したときは火と風の魔法を使って追い払うんだよ」
「へぇ、聖なる木の家に、アーデルはよく住んでいられるねぇ。魔女なのに」
恵里のからかうような視線に、魔女は笑った。
「あはは。面白い子だよ。そうさ、この木は"聖なる木"と名付けられちゃいるが、聖性があるわけでもなんでもなくて、この木から出る匂いを魔獣は嫌うんだ。この匂いに顔をしかめるような男は、ま、動物さね」
魔動バイクは聖なる木で出来ているから、魔獣避けになるというわけだ。魔女は人々の目から隠れるために魔獣の棲む草原の只中に居を構えているのだが、恵里が魔女の家で暮らすようになってから、魔獣らしき姿を見たことがないのはこの木のおかげなのだろう。
「さて、じゃぁそろそろ行こうかね」
魔女がホウキにまたがったので、恵里もヘルメットを被った。いつもは魔女が用意してくれたシャツと七分丈のズボンを着ていたが、今日は初めての魔動バイクでの遠出だ。恵里は全身黒革のライダースルックでパリっと決めている。
だだっ広い平坦な草原、空を飛ぶ魔女の姿を木製バイクにまたがって恵里が追う。フルフェイスのシールドを全開にすれば初夏のようなさわやかな風が顔を撫でる。バイクで風を切るこの感覚。模擬バイクとはいえ、久しぶりの爽快感に恵里は思わず声を上げた。
「気持ちいい!」
だが地面との接地面がないために、慣れるのにはやはり少し時間がかかった。特に旋回は浮いている上に推進と減速しかなく、トラクションがかからないから態勢の維持が難しい。バイクに乗るような感覚では上手く操作できそうになかった。ハンドルを固定にしたのも操作性を悪くする一因だろう。長く乗るならシートも考えなければ。あれこれ改善点を考えながら走るうち、遠くに街の姿が見えてきた。赤いとんがり屋根の先に十字架がかろうじて見えるようになった頃、魔女アーデルがふわりと降りてきた。
「この辺から歩いて行こうかね。魔女と知れるのは厄介だ」
恵里もアーデルに倣ってバイクを停め、ヘルメットを脱いでハンドルに掛けた。
「通貨ってのは分かるかい?」
「うん」
アーデルが取り出したのは、銀貨と銅貨。それぞれ大小二種類がある。通貨の単位は「ネイ」で、銅貨が一ネイ、十ネイ。銀貨が百ネイ、千ネイ。パンひとつが十ネイで買えるというので、だいたい一ネイ=十円というところだろう。この他に金貨もあるそうだが、そちらは十万円相当ということだから日常生活ではあまり見ることはなさそうだ。
「何でも自由に買いな、自分で稼いでからね」
てっきり見せられたコインをもらえるものと思っていた恵里は、えーっと不満の声を上げた。稼ぐったって、初めて来て右も左も分からない場所でどうやって稼ぐと言うんだ。
「その首の上に乗ってるのは飾りかい?考えな!」
ちょうどその時、教会の鐘がリーンゴーンと重く澄んだ音色を響かせた。
「数えてたかい?九回鳴ったろう。三時になったら帰るよ、いいね。待ち合わせはここだ。じゃ、アタシは行くからアンタは自由におし」
魔女アーデルは恵里を置いて案内をするでもなくさっさと行ってしまった。恵里はちぇっと唇を尖らせて辺りを見回した。しかし手持ちがなくても初めての街だ、十分楽しめるだろう。恵里は足取りも軽く歩き始めたのだった。




