24.意外な人物と思いがけない裁判
「本当に、あんたは何者なんだ。この短期間にどうしてここまで辿りつけた?」
ドゥー・ジーの口調は感心よりも猜疑の色が濃い。自分が騙されたばかりにこんな事態を招いてしまったのだから、警戒心が強くなるのは当然だろう。
「あなたがたくさんの手がかりを残しておいてくれたお陰ですよ」
「あれに、気づいたのか」
「チンピラたちに気付かれないよう痕跡を残すのは苦労だったでしょう。ディジルの実にあの大げさな太刀傷」
「彼には…本当に申し訳ないことをした」
「けれどあなたが斬らなければ殺されていたんだ。剣聖と名高いルシアーノは”皮一枚の神業”なんて言ってましたよ」
「ああ…その名は覚えている。気紛れに剣技大会へ出たことがあるが、その時の優勝者だ」
「へぇ!それは初耳だ」
ルシアーノはその経歴をひけらかすようなことは一言も言わなかった。むしろ、
「大会のレベルが低すぎたからあなたは棄権されたんだと」
「仕合えば私が斬り勝つだろう。だが大会は心技を競うものだ。一目見て、彼の優勝を確信したよ」
恵里はチンピラと対峙したときのルシアーノの動きを思い出した。素人目にも踊りさながらの鮮やかさだった。
「優雅で無駄のない身体捌き。まるで重量を感じさせないしなやかさは剣舞のようでもある。けれどそこには型だけではない重みがあった」
ドゥー・ジーは言葉を切った。その続きを聞く資格が自分にあるのか、恵里は分からなかった。だからその判断をドゥー・ジーに任せてただ黙っていた。
「…人の死を知る重みだ」
恵里が声を詰まらせたのはその言葉に打ちのめされたからではない。剣技大会は四年前だったはずだ。未だ”幼い”と表現されてしかるべき年齢のルシアーノが、既にその重みを知っていることがただ悲しかった。
「危うい均衡を保つ彼の剣に、私は感嘆すると同時に憂惧もした。彼は情によって剣を振るべきではない。でなければ悪魔に魅入られ血塗られた剣に絡繰られるだろう」
デンインに斬りかかるルシアーノを止められて良かったと恵里は心の底から思った。悪魔をいなすには、ルシアーノはあまりにも純粋すぎるのだ。おそらく彼が知る死とは生きるために必要なものだったのだろう。もしかしたらそれは…。恵里は首を振った。余計な勘ぐりは止そう。
「ところで、あんたはイラケイアに縁があるのか?」
重苦しい沈黙を破ってドゥー・ジーが恵里にそう尋ねた。いらぬ推量にはまり込みかけていた恵里は、助かったとばかりに顔を上げた。
「どうして?」
「ディジルはイラケイアにしかないものと思っていたが」
「ああ、そのことで少しお話が」
と恵里が言いかけたところで、前方から
「どいてどいてー!道を開けて!」
と叫ぶ声が聞こえて来た。砂煙を上げながら突進して来るのは、馬車と言うにはあまりにも奇妙な幌馬車だった。なぜなら、荷台を引くべき馬がいないのだ。御者台には男が一人、幌のついた荷台の中は窺い知れないが中にも人がいるようだ。二人があっけにとられていると、御者の男が再び叫ぶ。
「聞こえないの!どいてってば!」
そこで恵里はようやくその声に聞き覚えがあることに気づいた。男の顔にも見覚えがある。いや、見覚えはあるのだが見覚えのないその男は、つまり、
「…リリィ!?」
「あらっ」
奇妙な馬車は急停止した。
「何してんのリリィ!?」
「あんたこそお店休んでこんなとこで何してんのよ」
「ていうか何なのそれ!?」
リリィはふふんっと得意気に腕組みをする。
「無頭立ての運び屋、バルデリ・リーガンとは私の事よ」
なるほど”リリィ”は本名じゃないだろうとは思っていたが、バルデ”リ・リー”ガンから来ているのか。それに運び屋という職業。裏事情に詳しいのも頷ける。
「なんで男の格好してんの」
「そりゃ、女だと信用されないからに決まってるじゃない」
「ああ…そらまあそうだろうけど…」
がっしりといかつい体躯、いつもは可愛らしく整えた髪も今はぴっちりと後ろに撫で付けて、漂う風格はマフィア幹部と言われても違和感はない。今の姿ならば、以前店でリリィを嘲笑したチンピラなど一睨みで震え上がらせられるだろう。
「それにしても"無頭立て"とはねぇ。リリィって魔法が使えるんだ」
恵里が馬のいない馬車をしげしげと眺めて感心していると、リリィは照れたようにこめかみを掻いた。
「火とか水を操る事はできないんだけどね。モノを動かすのは得意だったからこの仕事を始めたのよ」
「それで、これからペギア領へ?」
「ええ。依頼主は武器商のトルドさん」
何らかの対策は取るだろうと思っていたが、なるほどこれでは手が出せない。例え道に盗賊が待ち構えていたところで、あの猛烈な勢いで突っ込まれたのでは為す術がないし、いかなドゥー・ジーとて呆然と見送るより他になかったはずだ。
「どうしたんだ、バルデリ?」
馬車が止まって数分、さすがに不審に思ってか、荷台から下りてきたのはトルド老人とジッロだった。恵里は二人の訝しげな視線に気づき、これまでの経緯を簡単に説明した。
「なるほど、それじゃ悠長にはしていられないわね。私が大急ぎでルシアーノちゃんたちを拾ってきましょう。荷はそっちの馬車で運んで」
横で話を聞いていたリリィが真っ先にてきぱきと動く。状況判断と対処能力の高さは運び屋という職業故だろうか。恵里はその頼もしさに惚れ惚れした。
「そうだね、それがいい。さ、ドゥー・ジー、リリィと一緒にリー・ジーを迎えに行ってあげて」
「…かたじけない」
荷を全て下ろしたリリィの"無頭立て"は音もなくUターンすると、轟々と土煙を上げながらオルロへと遠ざかっていく。それを見送り、恵里とジッロ、トルド老人は一頭立ての馬車に荷を積んでペギア伯爵邸に向けて出発したのだった。
お白州。
江戸時代でもなければ日本でもなく、たぶん地球ですらないこの場所で、けれども恵里が置かれたこの状況は正しく時代劇で見るお白州そのものだった。
ペギア伯爵邸の一角にある謁見の間のような広い部屋、伯爵はその一段高い場所に置かれた椅子に座っている。壁際には帯剣した兵が並ぶ物々しい雰囲気である。その部屋の真中に片膝をついて頭を垂れているのは恵里、トルド親子、ドゥー・ジー親子、そしてデンイン。ジッロとリリィは部屋の隅でこの裁判の行方を見守っている。
「さて、デンイン。そこなニーノ・ダエリなるものの訴えによると、お主はトルドが地位を脅かそうと我がペギア家へ納めるべき品を奪い、それに飽きたらず小細工を弄した品物を納めようと画策したと。確かにここに、その細工された品物がある。何ぞ申し開きすることはあるか」
「滅相もないことでございます、ペギア伯爵様!」
デンインは大げさな身振りで芝居がかった声を上げた。
「襲撃事件とやらも、その細工とやらも、そこの田舎剣士が独断で企てたことでしょう。私めには全く身に覚えがないことでございます」
「ドゥー・ジーよ。それはまことか」
「いいえ、私がデンインの企みに加担せざるを得なかったのは娘を人質に取られたがゆえ。しかしデンインの手先となり恐れ多くも伯爵様の品物に手をかけたことは事実でございます。どのような刑であろうと処される覚悟はできております」
「娘が人質に。ドゥー・ジーが娘リー・ジー。それを証明することは出来るか」
リー・ジーは悲しげに首を振る。この国の識字率はあまり高くない。日常生活で困らない程度の読み書きはできても、筆談が出来るほどとなると滅多にいるものではなかった。
「娘は…口が利けぬのです」
「然らば、ニーノ・ダエリ。他に証拠があるか」
恵里は唇を噛んだ。他にと言われても、実行犯のチンピラ二人は今頃とっくに街を去っていることだろう。チンピラの身柄を確保しておかなかったのは失策だった。それ以外に思いつくものもない。デンインが黒幕であることを示す情況証拠があっても、科学捜査ができない以上デンインがやったことだという確証にはならないのだ。
「ないのならば、お主は無実の者を陥れようと企てた罪を問われることになるぞ」
ペギア伯爵のその判断は決して横暴なものだとは言えない。証拠のないものを罪人にすることはできないし、気軽に訴えを起こされたのでは領地運営はたちまち滞ってしまうだろう。伯爵に直訴する以上は相応の覚悟が必要なのだ。
もはやこれまでか。恵里は瞑目した。必ずデンインを潰すと誓ったのに。自分が罪人になることよりも、デンインが無罪のまま放免されることが悔しくてたまらない。恵里は歯を食いしばってデンインに殴りかかりそうになる衝動を必死に堪えるのだった。




