19.襲撃犯を探せ
「これからどうする?」
恵里の先を歩いていたルシアーノが肩越しに振り返って尋ねた。窓から差し込む午後の光が照らし出すのは輝くばかりの美貌。この触れることすら憚られるような神々しさを、なぜ賤劣な欲望で踏みにじることができたのだろう。
「おい、」
苛ついた声に恵里ははっと意識を引き戻された。ぼんやりしているとついルシアーノの美しさに見入ってしまう。名画を立体動画で見ているような感覚なのだ。
「ごめんごめん。とりあえず襲撃現場に行ってみよう。何か手がかりがあるかも」
「だが、ここからだと馬車でも一時間近く掛かる。悠長すぎないか」
「それならバイク飛ばせばすぐだよ。革の鎧持ってる?あと肘当てとブーツ」
「革の防具ということなら持っているが、…バイク?」
襲撃現場はオルロからペギア伯爵領に向かう街道の、中間よりもペギア伯爵領寄りの位置だ。街道は南側に広がる森を大きく迂回していて、襲撃者たちはどうやらその森に潜んでいたらしい。そして剣や防具を奪うと、それを抱えるなり身につけるなりして森に隠していた馬に乗り、オルロの方へと走り去ったのだという。バドやジャン爺さんに聞いた話を総合してみるとそういうことだった。
この襲撃事件に関して、恵里は二つの疑問を感じていた。ひとつは、なぜ荷馬車ごと奪わなかったのかということだ。しかしこれはトルド家所有の荷馬車を見てすぐに解消した。荷馬車の車体に描かれたトルド家の紋章、それに武器商を表す剣と盾の模様。こうまで特徴があっては奪って逃げるのは難しい。そもそもの目的は荷を手に入れることではなく納期を遅らせることなのだから、その一部を持ち去るだけで十分だったのだ。
「ルシアーノ、しっかり捕まってないと落っこちるよ」
恵里とルシアーノはその現場に向かうために魔動バイクにまたがっていた。単にバイクという乗り物を知らないからか、接触を嫌うからかは分からないが、ルシアーノは恵里に体が触れないように荷台の後ろの方に座って遠慮がちに恵里の服の裾を掴んでいる。
「まあいいや、行くよ」
恵里が魔動バイクを発進させ少しスピードを上げると、ルシアーノは慌てて恵里にしがみついた。ああ、いいなぁこれ。役得だ。状況も忘れてニヤついてしまう恵里だった。
「すごい!なんて速さだ!」
恵里の後ろで興奮気味にルシアーノが叫ぶ。メーターがあるならばその針が一〇〇キロ毎時を指しているというところだろうか、いかな駿馬でもここまでの速度は出せない。ドンと圧されるような加速感、風を切り裂き景色を流し去る疾走感。ああ、これこそバイクだ。エンジン駆動か魔法駆動かの違いはあれど、バイクにまたがればいつだって得られるこの高揚感。やっぱり私はバイクが好きだ。改めて確認する恵里だった。
ややスピード超過気味だったためか、襲撃現場にはものの十数分で到着した。争った形跡や血の跡が今も生々しく残っている。恵里はバイクを降りて辺りを見回した。遺留品がないかと思ってきてみたが、さすがにそんなヘマをしたりはしないか。ざっと探した程度ではそれらしきものは見当たらなかった。
いや、遺留品という意味では既に最も重大なものを手に入れている。恵里が感じたもう一つの疑問点はそれだった。つまりはなぜ、バドとジャン爺さんを殺さなかったのか。犯人の特定に大きな手がかりとなる目撃者をなぜそのままにしたのか。単なる物取りではない今回の事件の背景を考えれば愚策としか言い様がない。うずくまって震えていたという爺さんを放っておくのはまだ分かる。が、大立ち回りを演じたバドにとどめを刺さなかったのはどうにも解せない。
「ルシアーノ?大丈夫?」
考え込みながら道端をウロウロと行き来していた恵里は、ふと気づいて顔を上げた。ルシアーノがふらふらとおぼつかない足取りで恵里の方へ向かって来る。
「ああ…なんだかフワフワする」
「酔っちゃったかな、ごめん。気持ち悪い?」
「いや、そうじゃないが、雲の上を歩いているみたいだ」
魔動バイクは接地面がないせいか、長く乗ると降りても浮遊感が続く時があった。恵里でもそうなのだから、慣れないルシアーノなら余計に違和感があることだろう。だがこれは地面を歩いていればすぐに治る。そう心配することもない。
「私、森の方見て来るね」
「ああ」
ルシアーノは頷き、何か考え事をするように腕を組んで未だ道に残る痕跡を調べはじめた。
森の木々は背が高く、地面には落ち葉がふかふかと積もっている。歩けばサクサクと音を立てた。少し甘いような懐かしい匂いがする。その上を踏み荒らしたような形跡は残っているが、手がかりらしい手がかりはないようだ。
「ちぇっ」
恵里が乱暴に落ち葉を蹴り上げると、その下から植物の種のようなものが出てきた。
「…ん?」
邪魔な落ち葉をかき分けてみればやはり植物の種だ。この辺りでは珍しい、ディジルの種。恵里は魔女に教わった薬草学の記憶からディジルの項目を引っ張り出した。確かこのニールバー国ではイラケイアという地方にのみ自生する植物で、その種は食用にもなる。
「ねえルシアーノ、これ何の種だか分かる?」
「見たことないな」
ひまわりに似た形の黒い殻を割ると中には乳白色の種が入っていて、それを食べるのだ。森に落ちていたディジルの種は、明らかに人の手で殻を割った後の状態だった。
「イラケイア地方にだけ見られるディジルって花の種。これ、食べられるんだよ」
だがこのディジルの種、栄養は豊富なものの苦味が強くて好んで食べることは少ない。イラケイア地方では携行食にする者もいるそうだが、その他の地方で流通することはまずなかった。希少というわけではなく、特に秀でた効能もないのであえてディジルを選ぶ必要がないのだ。
「…イラケイアだって?それは確かか?」
「多分、襲撃犯の誰かがイラケイア出身なんじゃないかな。落ち葉の様子からして種が捨てられてからそんなに時間は経っていないと思う」
「イラケイアの剣士!」
ルシアーノが得心行ったような声を上げた。何やら心当たりがあるようだ。
「そうか、既視感があったのはそのせいか」
「どういうこと?」
「そこの争った痕跡。それに、バドたちに聞いた男の構えや太刀筋。間違いない、昔一度だけ見たことがある。これはイラケイア出身の剣士のものだ」
さすが剣聖と名高いルシアーノ、それだけの情報で犯人像をずいぶんと絞り込んでしまった。
「イラケイアって剣豪の産地とかそういうの?」
「そうではなくて、この痕跡を残した剣士を知っている。四年前の剣技大会で見かけた。一回戦だけだが」
「一回戦敗退?」
「違う。彼には大会のレベルが低すぎた。棄権だよ」
「じゃあめちゃくちゃ強いんじゃ…っていうか、その人が犯人ってこと!?」
絞り込んだどころではない、特定じゃないか。恵里はルシアーノの記憶力と分析力に目を剥いた。しかしそうするとますます二番目の疑問が不可解になってくる。果たしてそんな剣豪が、見つけてくださいと言わんばかりのあからさまな痕跡を残していくものだろうか。
「ねえ、なんでバドは殺されずに済んだのかな」
「バドの傷は、見た目だけは派手だが内蔵まで達していない。皮一枚のほとんど神業だよ」
バッサリやられたにしちゃバドは元気そうだと思ったが、そういう事だったのか。恵里はうーんと唸った。
「何か事情がありそうだね」
「ああ。伝手はないでもない。調べてみよう」
武器商の子息であり剣の道にも秀でたルシアーノならばその方面の顔も広かろう。そちらは彼に任せるとして、
「じゃあ私はチンピラ二人の方を探してみる」
「だが、どうやって?手がかりは腕の刺青と傷だけだろ?この時期、皆長袖だぞ」
ならば服を脱ぐ状況を思い浮かべてみればいい。未成年は立入禁止だ。
「考えはあるよ。さあ、オルロに帰ろう」
恵里がバイクにまたがると、ルシアーノもそれに倣う。そして今度は最初から、しっかりと恵里の腰にしがみつくルシアーノなのだった。




