06.悪評なき成り上がり者
まず恵里はセミオンを調べることにした。恵里が知っているのはミーズの話に登場する彼だけで、何をしている人物なのかすら知らないのだ。
どこをとっかかりに調べるか…。思案した恵里がとりあえず行きつけの酒場で常連客に尋ねてみると、セミオンについてのだいたいのことは分かってしまった。
「世話になってる女の子にさ、セミオンって金持ちの客が付いたらしいんだけど…そいつ何者か知ってる?」
恵里がそう切り出すと、男はおっと小さく声を上げた。
「そりゃよっぽどいい女なんだな!金持ちのセミオンといやあ一人しかいねえ、そいつに気に入られんだからよ」
「そんな有名人なの?」
「この街で商売しようと思や、必ず耳にする名さ」
セミオン・エイデック、オルロ商人組合の重鎮。オルロ近郊の村に豪農の子として生まれた彼は、商人としての類まれな才覚を持っていた。穀物商からスタートした彼はその商才を武器にメキメキと頭角を現し、次々と商いの幅を広げていくうちついにはオルロ商人組合の最上部にまで上り詰めていた。彼が扱う品物は多岐に渡り、穀物をはじめとして織物から金銀までとにかく幅広い。セミオンの部下として働くものは側近が十数人、さらに彼らに部下、そしてそのまた部下がおり、それらをひとまとめに会社として捉えるなら、千人を超す従業員を抱える大企業、総合商社といって差し支えないだろう。
「家はどこだか知ってる?」
「川沿いのでかい庭付きのお屋敷さ。お前、忍び込もうったって無理だぜ。イカツイ門番がいるし、庭にゃ獰猛な番犬。とても潜り込めやしねえよ」
「物騒なこと言わないでよ、そんな気はないって。それにしても一代でそこまでのし上がったんなら、そうとう悪いことしてんじゃない?」
「それがなぁ、不思議と悪い話は聞かねぇんだよな。まあ、多少の荒事はあったろうが、基本的には正攻法で商売広げたって話だぜ。あやかりてぇもんだ」
男はぐっと杯を空け、ふーっと酒臭い息を吐き出した。恵里は男に礼を言って席を立った。その後も何人かにあたってみたが、回答は概ね似たり寄ったりだった。
聞いた話を総合してみると、なるほどセミオンはオルロを牛耳る商人組合の重鎮らしい、それなら地位も権力も申し分ない。そして悪い噂もない。実情がどうであれイメージは大切だ。つまりはそのコントロールにも十分注意を払っているということだ。恵里にとってこれらの情報は好材料だった。
恵里の他力本願な計画というのは、サルヴォ伯爵長男ロベルトとその妻ラウレッタの結婚の経緯から思いついたものだ。
伯爵の嫡男であるロベルトと、平民出身のラウレッタが結婚するには家柄の格差が問題になる。二人の仲がとても引き裂けるものではなく、ロベルトがサルヴォ家を捨てる覚悟までしていると知り、サルヴォ伯爵は一計を案じた。
親交のあった元王侯貴族の老人とラウレッタを結婚させたのである。王国時代の爵位の取り扱いはうやむやになったまま慣習的に存続していたから、結婚によってラウレッタは公爵夫人ということになる。初婚ではなくなってしまうが、次期領主の妻がかつて公爵夫人の座にあったということは箔付けには申し分ない。しかも、純潔を守ったままの死別であったならなおさら。
さてこの老人公爵は重い病を患っており、老い先は長くないだろうと思われた。サルヴォ伯爵はラウレッタに精一杯"夫"に尽くしその最期を看取るように命じたのだった。ラウレッタはその言いつけをしっかり守った。老人公爵が早く亡くなればそれだけ早くロベルトと結婚できただろう。だが、看病をおろそかにはしなかった。自分に公爵夫人という過分すぎる身分を与えてくれた老人を蔑ろにするなど、ラウレッタは考えもしなかったのだ。そうして結婚から一年後、ラウレッタは"献身的な妻"から未亡人となった。それから更に一年後、元公爵夫人は次期サルヴォ伯爵領領主ロベルトの妻となるのである。
ラウレッタとは異なり、ミーズはもともと貴族の娘だ。家柄自体に問題はない。確執は彼女自身の問題だった。詰まるところ、実の親との縁が切れさえすれば良いのである。
恵里はサルヴォ伯爵に事情を打ち明け、ミーズを彼自身かまたは縁のある貴族の養女にしてもらえないかと相談してみるつもりだった。形式上だけで構わない、ミーズはすぐにセミオンの元に嫁ぐのだから。言い方は悪いが出自のロンダリングである。一旦他家に養子に出てしまえば生家との縁はなくなる。養女に出た後にいくら実の両親が騒いでも既にミーズは他家の者だ。これを覆すことはできない。
そしてセミオンはオルロ商人組合の重鎮だ。その妻の実家として、あるいは姻族として縁続きになることの利点は大きかろう。また、セミオンには目立つような黒い噂がないことも好都合だった。もしも領主の女婿が悪評高い成り上がり者だったとしたら、家の名を地に落とすようなことにもなりかねない。一方でオルロ住民のセミオンに対するイメージはクリーンなものであったから、貴族の娘の嫁ぎ先としてはうってつけだろう。
だが所詮、イメージはイメージだ。もしかするとセミオンは汚れた裏の顔を持っているかもしれない。だとすれば領主たるサルヴォ伯爵がそれを知らぬはずはない。あるいは個人的な対立や因縁が彼らの間にあるかもしれない。だからこれは五分の賭けなのだ。
サルヴォ伯爵は連邦議会の開かれる期間中はオルロに滞在する。そしてちょうど今がその会期中だった。オルロのサルヴォ邸がどこにあるかも恵里は知っている。自分の情けない状況を知られたくなくてずっと避けていたサルヴォ別邸。恵里は今、その戸を叩いている。




