12.魔女アーデルの誕生
物語は、まだ幼かったアーデルが捨てられるところから始まる。
その頃は未だ魔法弾圧の風潮が残っていた。強い魔力を持つアーデルはその力の制御の方法を知らず、またそれを教える者もいなかった。害をなす気はなくとも周りを傷つけてしまう彼女を村の者たちは恐れ、両親はそんな彼女を疎んだ。貧しい農村で村八分にされるのは死活問題であった。十にも満たない幼さで、彼女は両親に捨てられ村を追われることになった。
親を憎み世を怨み神を呪い、己を疎みながらあてどもなくさまようアーデルを拾ったのが魔道士ノモルテであった。彼はアーデルに生きる術を教えた。方法だけでなく目的も与えた。
人は弱い。弱いがゆえに力を恐れる。だがアーデルよ、お前の持つ力は人を傷つけるためのものではない。癒し助けるためのものだ。疎まれるべきものではないのだよ。お前が正しく力を使い人々を助け、人々が魔法を受け入れるならば、お前もまた救われるだろう。そしてお前のように強い魔力を持つ者の福音となれ。
アーデルはノモルテの教えに従い、魔術を磨き人々を癒し助けた。そしてそれを喜びとした。アーデルが己に力を授けた神への感謝を紡いだとき、ノモルテはアーデルの元を去ったのだった。お前はもう一人で歩いて行けるね、とノモルテは諭すように言った。アーデルは否とは言えなかった。
「ノモルテ様はたくさんの知識と魔法を持っていて、気高く美しく何より優しいお方だった。別れるときはこの世の終わりかと思うほど辛かったものさ」
「そうまで好きだったのに、なぜ引き留めなかったの?」
「あの方はね、呪いをかけられていたんだ。不死の呪いさ。ずっとそれを解く方法を探して旅をなさっていた。アタシはあの方の足手まといにはなりたくなかったんだ」
「純情」
恵里の言葉にからかいの色は帯びていない。どちらかと言えば、羨望。そういう風に人を好きになったことがなかったから、恵里はそうして柔らかな手触りの思い出をそっと打ち明けられるアーデルが羨ましかった。アーデルは暖炉の炎を静かに見つめていたが、ゆっくりと恵里に向き直った。
「きっとノモルテ様なら、アンタを元の世界に戻す魔法をご存知のはずだ。己の不始末を押し付けるようなことになって心苦しい限りだが、アタシの力じゃ及ばないんだ」
恵里はこのとき初めて魔女アーデルの瞳を正面からじっと覗き込んだ。深い緑の彼女の目は憂いを帯び、優しい光を湛えている。こんなにも温かな眼差しを持つ人だったのか。さざ波を立てていた心の奥深いところが、静かに凪いでいくのを感じた。無意識のうちに積もっていた焦燥や不安が溶け出していくようだ。
「魔道士ノモルテはどこに?」
「ここよりずっと西、山脈を越え大河を渡り広い大地を過ぎて海へ出たその先に魔法使いの隠れ住む島があるという。おそらくはそこに。少なくとも手がかりはあるだろうし、他にアンタを帰す魔法を知っている者がいるかも知れない」
「ゴー・ウエストね」
ヴィレッジ・ピープルの曲が思い浮んだ。あれは理想郷を目指して西へ行こうと歌っていたんだったか。
「長い長い旅になるだろう。アタシはもうそんな旅をできるような歳ではないし、この老いさらばえた姿をあの方の前に晒したくもない。だけどアンタはもうこの世界でも一人でやっていけるだろう。アタシはこの通り質素な生活をしているから路銀は用意してやれないが、薬草の調合くらいならば教えてやれる。きっと役に立つから」
「うん、ありがとう」
恵里と魔女はしばし見つめ合い、それから一緒にくすくすと笑った。普段の二人の間には決して流れない妙にシリアスな空気にこらえ切れなくなってしまったのだ。
「それにしてもニーノ、このバウムクーヘンっての美味しいじゃないか」
話は終わったとばかりに魔女は一口大に切ったバウムクーヘンをぱくぱくと頬張る。恵里は何だか魔女が可愛く見えて、バウムクーヘンは魔女に譲ることにした。代わりにホットラムにバターと砂糖を足せば、ホット・バタード・ラム。身体も心も暖まる温かく甘いカクテルだ。
「ゴー・ウエストかぁ」
恵里は胸が高鳴るのを感じだ。元の世界に戻れるかもしれないことより、まだ見ぬ世界を旅することへの期待に胸が踊っているのだと、恵里自身気づいている。
子供の頃は冒険小説が好きだった。長じてからは鈍行列車であちこち旅をした。バイクの免許を取ってからはテントを積んでキャンプツーリングに出かけた。今度は、魔動バイクでこのファンタジー世界の果てまで走り回るのだ。どうしてそれを面倒だとか辛いだとか思うだろう。楽しみでしかない。
「うふふ。路銀を稼がなくちゃ」
「なんだい、やけに嬉しそうじゃないか。そんなに家に帰りたかったのかい?」
「違うよ、酔っ払ってるんだ」
恵里は空になったカップにラム酒を注いだ。
「アーデル、乾杯しよう」
「何に?」
「旅に!」
恵里があまりに上機嫌なのでアーデルは呆れ顔で「酔っ払いめ」と呟いたが、どこかホッとした様子でもある。やはり責任を感じていたのだろう。だから二人は杯を合わせるのだ。長い旅路の平安を祈って。
「乾杯!」




