13.サルヴォ邸への招待
ここ数日、恵里は魔女アーデルに薬草の調合についての講義を受けていた。効能や特質、組み合わせによる作用を頭に入れた上で、処方する人の症状や体質によって配合を替えなければならない。もちろん一朝一夕で習得できるものではないが、恵里はレシピノートの作成を許されていたので、細かい注意点まで全てを覚える必要はなかった。それでも基幹となるフローチャートは頭に叩き込まねばならず、あまり勉強が得意でない恵里は辟易とするのだった。
講義の合間に魔動バイクの改良も進めた。シートには革を貼って綿を詰め、後部には荷台を取り付けた。やはりハンドルを可動にしたかったので鍛冶師のジッロに頼んでみると、
「妙な木馬だな、これに動く取っ手をつけるのか?」
と不思議がりつつも快く引き受けてくれた。二、三日してまた来てくれと言うので数日後ジッロの仕事場を訪れると、自転車で言うところのヘッドチューブとアヘッドステムのようなものを作ってくれていた。口頭でこんな感じ、という無茶振りだったにもかかわらず想像以上の完成度で、恵里はジッロの仕事ぶりに感嘆の声を上げた。
「すごい、完璧」
「こっちの筒になった方を本体に固定して…おい、ニーノ聞いてるのか?」
出来上がったハンドルをためつすがめついじくり回すのに忙しい恵里は、ジッロの話などまるで聞いてはいなかった。とにかく早く取り付けたい。そして走りに行きたい。
「ありがとうジッロ、本当にありがとう!」
「ふん、いいってことよ。ほら貸してみろ、取り付けてやるから」
ジッロが木製バイクに手際よく可動ハンドルを取り付ける。その後姿を恵里はほれぼれと眺めた。ジッロは本当に優秀な鍛冶師だ。
「しかしこの木馬、一体何なんだ?」
街外れからジッロの仕事場までは木製バイクを押して来ていた。ジッロがこんなものをどうするのだと不思議に思っても無理はない。木馬を喜ぶような歳でもあるまいし。
「魔女が乗る魔法のホウキって分かる?」
「ああ。飛んでる所を見たことはねえけど」
「私、魔女に乗り方を習ったんだけど乗れなくてさ。ホウキ細くて。だから代わりにこれに乗ることにしたんだ」
ジッロはふーんと生返事で首を傾げている。いまいちイメージ出来ないようだ。実際に乗ってみせた方が話は早い。恵里はバイクに跨りジッロの回りを一周した。
「おぉ、すげー。ニーノ、お前なんかカッコイイな」
「ジッロ作ってくれたハンドル、すごく調子いいよ。制作費はどれくらい?」
「この間奢ってもらったからな、材料費だけでいいや。三五〇ネイな」
「え、そんなに安くていいの?」
「大した手間じゃねえし」
「仕事が出来て気前が良くて、本当にジッロっていい男だなあ。惚れちゃうよ」
恵里がうっとり言うと、ジッロは慌てて手を振った。
「おいやめろよ、俺は男の趣味はねえからな!」
え、これだけ一緒にいてまだ男だと思われているのか。確かにこの世界では女は皆ドレスを着て長い髪を結い上げているけど、先入観って恐ろしい。…そういう事にしておこう。
恵里はジッロに代金を支払い、さっそく試運転に出かけた。タイヤもなく何を操舵するわけでもないただの飾りのはずなのに、ハンドルが動いたほうが操作性が良い気がする。目線の移動と上体の向き変えが自然に出来るからだろうか。旋回がずっとしやすいしバンクもスムーズだ。
ひとしきり草原を走り回って魔女の家に戻ると、珍しく来客があるようだ。表に二頭立ての馬車が停まっている。お邪魔ならもう一回りしてこようかとドアをノックすると、出てきた魔女は「アンタのお客だよ」と言う。家の中に居たロマンスグレーは恵里を見ると立ち上がり手を差し出した。
「やあ、はじめまして。私はディアゴ・サルヴォ」
アメリアやロベルトたちの父にしてこの地の領主。恵里は少し緊張しながらサルヴォ伯爵の手を握った。
「新野田恵里です。先日は…」
恵里がロベルトたちへの非礼を詫びようと口を開きかけると、サルヴォ伯爵はそれを遮って恵里の手の甲に軽くキスをした。
「失礼しましたレディ。どんな青年かと思ってきたのだが、いや驚いた。素敵なお嬢さんじゃないか」
恵里は面食らった。てっきり先日のことを詰問されるのだろうと思っていたからだ。
「アメリアが生まれたとき私はもう四十を過ぎていてね、初めての女の子ということもあってついつい甘やかして育ててしまった。妻が生きていればまた違ったのかもしれないが…。ニーノ・ダエリ、私は君に礼を言いに来たのだよ」
「そんな、私はお礼を言われるようなことなど」
「君の諫言で目が覚めたよ。感謝している。甘やかす事と大切にする事は別だものな。上二人の時は区別していたはずだったんだが…」
「アメリアのことをとても愛しておられるのですね」
伯爵はうん、と頷いた。それからいたずらっぽくここだけの話、と前置きをして、
「アメリアは君を初恋の人だと言ってすっかり夢中のようでねえ。息子たちから話を聞けばしっかりした青年のようだし、婿にどうかとさえ思ったんだが、ははは、レディじゃそういうわけにもいかないなぁ」
そう言うと伯爵は実に愉快そうに笑った。恵里は苦笑するしかない。
「今日は君をディナーに招待しようと思って来たんだ。明日、予定が空いているなら」
「身に余る光栄です」
「では明日四時に」
伯爵は颯爽と馬車に乗り込む。ロレントへと遠ざかる馬車の後ろ姿を見送りながら、恵里は頭を抱えた。せっかくの招待を無下にするわけにもいかず、後先考えずに咄嗟に承諾してしまったけれど。
「ディナーだって、どうしよう。服がない!」




