1:俺は、ロメオ・ロマーノ(後編)
BLです。最後まで執筆済みです。
本日夜、22:10にも更新します。
一般的に、貴族家の婚姻における信頼関係において、恋や愛などといった薄っぺらい感情は不要である――という考えが強い。
高位貴族であればあるほど、その考え方は普通で、俺も例にもれずそういう価値観だ。
それでも俺だって政略結婚と言えど、良い人間関係を築きたいとは思っていた。
父も異国から母を娶り、交易関係を充実させつつ、母を大事にしていた記憶が強いし、母も父を大事に思っていた。そこに恋愛感情があったのかは、もう分からないけれども。お互いが慈しみあっていたことは確かだ。
だから、俺だって妻とそんな関係になれるよう努力をしようと思っていた。
でも、端から信頼関係すら築こうとしないこの女と子作りなどできないと思ったんだ。
この女の血をロマーノに入れることはできない。
そうして迎えた初夜で、言ってやったんだ。
「この結婚は王命だが、私があなたに好意をもって結んだ婚姻ではない。私があなたを愛することはない。抱くこともない」
ってな。
この女の父親、ヴィットリオ・ヴィターレ辺境伯も予想をはるかに超えた脳筋だった。政界で発言権を持たせたところで、所詮一時的なものになるだろう。持続させられるとは考え難い。
であれば、俺の代以降でヴィターレ家との結束を強める意味はない。
サダヴィア王国の王家ならびに貴族は、直系男系に後継の資格が与えられる。
俺の父は三兄弟の嫡男で、俺が未成年公爵だった時代に公爵代理を務めた糞ったれの次男の他に、遠国へ婿に行った三男がいる。その三男の息子――要は俺の従兄弟が子宝に恵まれていて、女系も後継資格が認められているというのに、男児もすでに三人いる。
そこで、下の子を養子に欲しいと連絡を入れたら、了承する返事をもらえた。こちらの方がよほど、将来的にも利がある。だから、後継の問題もクリアしてると……そんな話をしてる時に、ドンッと何かが俺の頭に降りてきた。
クラリーチェ・ヴィターレが主役の物語を見た記憶だった。
目の前にいるクラリーチェ・ヴィターレとは別に、繊細な絵柄のクラリーチェ、簡潔ながらも表情豊かな絵柄のクラリーチェ、写実的とはほど遠いがなんだか可愛らしい絵柄のクラリーチェ……。
肖像画ともまた違った絵柄の彼女がわんさか浮かんできて、クラリーチェなんだか違うんだかよく分からないままに、色んな彼女の記憶が頭を駆け巡り、結局目の前の人間に「クラリーチェか?」と問いかけた。
そこから、ぶわっと情報が目の前を通過していき、クラリーチェ・ヴィターレが主役の物語の中で、俺らしきロメオ・ロマーノという男が、初夜での発言を皮切りに、最後彼女に処刑される末路を辿ることを知った。
今思えば、走馬灯だったのかもしれない。
少なくとも、俺がロメオ・ロマーノとして生きていない時の俺が見た話だということは、分かった。
とりあえず、殺されるのはごめんなので、クラリーチェ・ヴィターレに発言の取り消しをしようとしたところまでは、なんとなく覚えているが、その後の記憶がない。
俺がロメオ・ロマーノとして生きていない時の俺の記憶を思い出したせいだろうか、このたんこぶのせいだろうか、それは分からないが――とにもかくにも、俺はクラリーチェ・ヴィターレに殺される未来があるかもしれないということに――
「気づいたんだ!!!」
「あの……旦那様? いつまでそうされているつもりですか?」
「なんだ、リヨ。いたのか」
姿見の縁を握って自分の顔を確認しただけのつもりだったが、いつの間にかそのままの状態でそれなりの時間が経過していたらしい。
衣裳部屋のドアから顔を半分だけ覗かせる形で、従者のリヨに声をかけられた。
「旦那様、頭大丈夫ですか?」
「なんだ、その失礼な質問は!」
「昨夜、奥様の寝室で突然発狂して部屋の中を駆けずり回って大暴れした挙句、滑って転んで天蓋の支柱に頭をぶつけて気絶したんです。それ、そのたんこぶ、その時にできたんですって。痛くないですか?」
「なんだそれは! 痛いに決まってる!」
「元気で何より。でも一応医師に診てもらった方が良いと、奥様からご指示いただきましてね。今そこに医師も来ています。一旦ベッドへお戻りください」
リヨは、俺より十歳年上で、俺が物心つく前からロマーノ家で従者見習いとして働いていた。俺もリヨによくなついていたようで、リヨが成人した年に正式に俺の従者となったので、かれこれ十五、六年の付き合いになる。
百九十八センチと大柄な男で、顔は……割とハンサムな方だと思う。
可愛い顔、美しい顔と言われて育った俺は、人の美醜について少し疎い。だが、リヨを連れて歩いていると、すれ違う令嬢がリヨの容姿を褒めたり、領の視察などで、街の酒場で商人と飲んだりしていると、よく女がリヨの顔を口実に寄ってくる。
……ええ、ええ、そうですよ。
リヨの影に隠され、俺は誰にも見てもらえないことも多いですよ。
商談の場とは言え、酒場なのにジュースが出されることすらありますよ。
リヨが別室で控えてる夜会では、輝いているんだけどな!
リヨに連れられて、ベッドに戻ると、ベッドサイドで控えていた医師に診察を受けた。
たんこぶの状態と目の状態、手足の動きなどを確認されて、いくつか質問に答えると、「とりあえずしばらくは安静に」と言って、医師は部屋を出て行った。
「食欲はありますか? 朝食は食べられます?」
「む……あの女はどうしてる?」
「奥様ですか? まだ寝ていらっしゃるのでは?」
「は?! 寝てる?!」
「ええ、まだ四時ですから。外、見えてます? 暗いでしょ」
リヨが指さす方に顔を向ける。もちろん、そこは窓なわけだけれども。確かに、薄っすらと明るくなったようななってないような、そんな青藍色の空が広がっていた。
曇天の日のような暗さだったから気づかなかったが、日が昇る前か……。
「……そうか。とりあえず、モーニングティーをくれ」
「かしこまりました」
紅茶を淹れるリヨの後ろ姿を見て、またふっと知らない記憶が頭に浮かんだ。
「……ベンヴォーリョ。そうだ、リヨ。お前、本当はベンヴォーリョ・モンテッキって名前で、俺の従兄弟じゃないか?」
そうだ、そうだ。ベンヴォーリョ・モンテッキという男が、ロメオという男の従兄弟だった話があったはずだ。
この話のロメオも美男子だった!
もしかしたら――
「何をバカなことを。私は、生まれてこの方ずっとリヨ・ルッソですし、旦那様との血のつながりはありません。医師、呼び戻しますか?」
「…………いや、いい」
だよな。リヨがベンヴォーリョ・モンテッキなら、俺だってロメオ・モンテッキだ。
でも俺はロメオ・ロマーノだし、もし俺がロメオ・モンテッキだったら六年くらい前にもう死んでるはず……。ジュリエッタという名の少女と出会った覚えもない。
「ということは、やはりクラ愛か……」
リヨは、俺に淹れたての紅茶を手渡すと「熱いですからお気をつけて」と言った。
もう子供じゃないからいらない注意だと何度も言ってるのに止めない小言を落としてから、「それ飲み終わったら、少しお休みください」と言って、部屋を出て行く。
湯気立つティーカップを顔に近づけると、カモミールの匂いがした。
「モーニングティーって言ったのに」
すっと鼻で吸い込み、カモミールの香りで肺を満たしてから、そっとカップに口を付ける。
「アチッ!」
舌の火傷は免れたが、上唇の先がジンッとする。
さきほどのリヨの注意を思い出し、フンッと鼻を鳴らしてから、紅茶をサイドテーブルの上に置いてベッドに寝転がり、天蓋に描かれているロマーノ家の紋章を眺めた。
楽しんでいただけましたら、ブックマークや★で応援していただけると嬉しいです!
次回、2:強いていうなら前世の記憶というやつ(前編)
本日夜、22:10にも更新します。




