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1:俺は、ロメオ・ロマーノ(前編)

BLです。最後まで執筆済みです。

毎日更新しております。


「ダハッ!」


 声を上げて飛び起きると、そこは見慣れた自分の部屋、自分のベッドの上だった。

 額の上あたりがやけにズキズキ痛む。触ってみると、ぽこりと膨らんだたんこぶがあった。


「そうだ、そうだ、そうだ! 思い出した!」


 シーツを跳ね除け、ベッドの上から飛び降り、脇の扉を開けて衣裳部屋へ飛び込む。

 壁際に立てている姿見に喰らいつくようにして、自分の姿を確認した。


「…………ん」


 そこに映っているのは、いつも通りの自分だった。いや、いつも通りではない。額にたんこぶをこさえている自分だった。

 勢いよく噛り付いた割に、見慣れた顔しか映っていなかったことで、少し冷静さを取り戻せた。


 うーん、と少し思考を彷徨わせてから、


「俺は、ロメオ・ロマーノ……」


 ……ですか? と問いかけようとして、馬鹿らしくなり途中で止めた。

 そう。俺は、どこをどう見てもロメオ・ロマーノで、ロメオ・ロマーノという名で生きてきた、先日二十一歳になる誕生日を迎えた男だ。

 問題は、昨夜起きたことだ。


 昨日、俺は、クラリーチェ・ヴィターレという辺境伯令嬢と結婚した。


 ロマーノ家は、我が国・サダヴィア王国の建国時から貿易を生業とし、主に財政面で王家を支え、伯爵位、侯爵位、公爵位を叙爵してきた由緒正しき家だ。


 だが、俺が十二の時、両親が事故で亡くなった。


 まだ幼いまま爵位を受け継ぐことになった俺だが、サダヴィア王国では、世襲制の貴族家の未成年が爵位を継いだ場合、成人まで後見人を公爵代理として立てなければならないという決まりがある。

 そのため、その公爵代理には、父の弟である叔父が立ったわけだが――この男が糞ったれすぎた。

 本当に父の弟であったのか疑わしいほど無能な男で、歴代の当主たちが蓄えた財産を、俺が十八で成人するまでの六年間に食い潰しかけたのだ。


 ギャンブル狂の癖にものの価値を理解していないから、借金のかたに不動産や船舶を安値で売り払ったり。

 領民からの支持を得たいがために、飢饉に備えて貯めてあった備蓄倉庫を無料開放して、物価を大幅に狂わせたりと――資産も信用も大打撃を喰らわされた。


 とは言え、建国時から栄えてきた公爵家だ。

 それでも一応は、家が傾くというほどではなかった。

 だが、未成年である俺ができることも少なくて、叔父の浪費や荒唐無稽な政策に耐えかね去った家臣も多かった。


 成人してまず始めに俺がしたことは、叔父を追い出すこと。ロマーノ家にかかわれないようにすること。

 そこから三年、俺は寝る間も惜しんでロマーノ家の立て直しに奔走した。


 そして、一時的でいい、経済面で援助をしてくれそうな婚約者探しをしていたところ、王家に目を付けられた。


 幼い頃、父に連れられ王城へ参内した俺を、王も王妃も可愛がってくれて――そんなおふたりから「親心のようなものだ」とおっしゃっていただき、慈悲を賜ったことは嬉しく思う。

 だが、その言葉の裏に、ここ最近政界で突出してきた第二王子派の侯爵家二家の嫡男と長女が婚姻を結んだことを受けて、中立派ではあるが国境防衛の要である武門・ヴィターレ辺境伯に、第一王子派である我がロマーノ家を後ろ盾に立たせ、貴族間の均衡を保とうとしていることは見え見えだった。


 ヴィターレ家は金があるが、政治に疎い。

 中立派とは名ばかりの家で、どっちに付けばいいか分からないから、結果としてのらりくらりと中立派にいる……というのが政界における評価だ。


 王家としては、金銭面でロマーノ家を援助させ、ヴィターレ辺境伯には、ロマーノの名を使い政界での発言権を得させる。だが、辺境伯の発言の手綱は俺に握らせる――ということがしたいのである。

 俺は、公爵と言ってもまだ二十一の若造。発言権が強くとも、発言力や求心力があるかと言えば、まだまだ足りないところが多い。逆に辺境伯家は、発言力はあるのに、政界に疎いがゆえ進出できない。そこを補完しあうのが、今回の政略結婚において王家が求める最大の要。


 簡単に言うと、金持ち脳筋辺境伯から援助を受けて、若い内は、その辺境伯の影に隠れて発言力を磨けということだ。


 そうして俺は、クラリーチェ・ヴィターレとの婚姻を王命として賜ることになった。


 だがしかし!

 クラリーチェ・ヴィターレ!

 この女!

 俺が死ぬ気で奔走して稼いだ金を露ほども気に留めず使いやがる!


 確かにサダヴィア王国では、結婚式にまつわる準備をするのは夫の役目だ。それはいい。

 けれども、準備段階の顔合わせの時も、熊ゴリラみたいな父親の隣にぼんやり座って茶をすすってるだけで、何にも手伝いやしない!

 王家が作った婚姻契約の枠組みの詳細を詰めようとしているのに、話に加わろうともしない!

 熊ゴリラも俺のことを子供扱いして、「ケーキは好きか?」とかわけ分らんことばかりほざいて、話は進まないし!

 それ見て「わたしはこちらのケーキを戴きます」じゃねーんだよ!

 ただドレスを見て「キレイですね」だとか、招待客一覧を見て「たくさんいらっしゃるのですね」だとか、どーーーでもいい感想だけ!

 せめて、素敵なドレスをご用意いただきありがとうございますくらい言えっ!

 俺の血と涙の結晶で仕立てたドレスだ!

 宝石も!


 確かに見栄は張った。

 なんせ、父親が熊ゴリラだ。一人娘に恥をかかせたとなれば、絞殺されてもおかしくないと思ったから、血肉を切る思いで見栄は張ったさ。

 公爵家当主として、品位維持をする義務もある。

 これでも俺は、社交界では「紫黒椿の貴公子」の二つ名で呼ばれるくらい、若く優秀な公爵として有名だからな。

 それもこれも、糞ったれ公爵代理であった叔父の後始末を華麗にこなしたからこそである。


 でぇ~もぉ~!!!!


 華麗に見せただけで、血の滲むような努力をしたんですぅ!

 寝る間も惜しんで駆けずり回ってたんですぅ!!

 過剰に華美なドレスや宝飾品で無駄遣いしている余裕はないんですよぉぉおお!


 ロマーノ家は、貿易を主とした経済基盤を築き、交易網を国内外に広げてきた。

 叔父のお蔭で途切れた繋がりや、切れかけた繋がりを築き直すのにどれだけ苦労したことか……。

 政界では有名な話だし、ヴィターレ辺境伯とて知らないはずがない。

 なぜなら、王命による婚姻を結ぶ場合、必ず両家の状況や利益、王家が何を両家に求めるかなど、仔細にわたり説明されてから、両家合意の許、契約に関する枠組みを王家が作成する決まりだからだ。


 王命であること、且つ、公爵家に嫁いでくるということは、それだけの責務を負う覚悟をヴィターレ家は当然受け入れねばならない。この内容は、嫁いでくる娘であるクラリーチェも知っていて然るべき。

 よもや、知りませんでした、教えてません、などという言い訳は立たず、高位貴族である俺を侮辱する行為であり、俺は罰を与えることができる立場にいた。


 でも、与えなかった!

 にも拘わらずだ!


 こちらが下手に出てることをいいことに、礼のひとつも言わずに茶だけすすってるような女!

 一体どんな教育をしてたらそんなことになるんだよ!

 所詮は、熊ゴリラが育てた娘ってか?!

 いくら政略結婚と言えど、誠意の釣り合いが取れていなければ信用などないんだよ!


 クラリーチェ・ヴィターレの社交の場への参加は数少なく、王都で開かれた夜会への参加は、社交界デビューの時の一度だけ。それ以外では訪れたことすらない箱入り娘だということは噂に名高かった。

 彼女が王都にやってきた唯一の夜会に、俺も出席していた可能性は高いが、なにせ子供だ。覚えていない。


 何はともあれ、箱入り娘であることと、課せられる責務について不勉強のまま嫁いでくることは、まったく別の話である。

 結婚式に参列してくださった貴族の名前を覚えていないなど言語道断!!!

 王家に所縁ある三大公爵家の当主の名すら覚えていないなど、ぼんやり娘にもほどがある!!!

 この程度なら、新興貴族の男爵家ですら家族一同覚えているぞ!!!


 そして、一番の問題。この茶すすり女、俺よりも身長が一センチ高い。

 サダヴィア王国の平均身長は、成人男性が百八十七、八センチ、成人女性は、百七十四、五センチと高めだ。百七十六センチのクラリーチェは、平均より少し高いというだけで高すぎるということはない。

 だが俺は、東方の小国出身の母の血が濃いせいか、そこの国民の特徴、小柄で華奢という外見をもろに受け継いでいて、百七十五しかない。



 なのに!

 なのに!!

 なのに!!!


 クラリーチェ・ヴィターレは、そんな俺に微塵の配慮も見せず!

 ヒールが低めの靴を勧める仕立て屋の言葉も聞かず!

 あいつは、「これが素敵ですね」なんてのんびり口調でのたまわって!

 十二センチのヒールの靴なんて選びやがってぇえッ!


 誓いのキスの時に、背伸びさせられたんだぞ!

 クラリーチェ・ヴィターレは屈んだんだぞ!

 恥をかかせないために血肉を切ってドレスだって宝石だって用意してやったのに!

 その十二センチのヒールの靴だって俺が用意したんだ!

 俺が金を出したんだ!

 なのに、俺には恥ばかりかかせるなんて……!

 ひどい!

 ひどすぎる!


 この国の理想の恋人像は、男女の身長差十二センチ。

 ざっくり平均身長の男女の身長差だ。

 もちろん、男側が高い方が好まれる。

 そう――たかが見た目の話だ。

 それで人間性をどうこう言われるわけではない。

 だけど、だけど……。


 なぜ逆転させたー!!!!!

 ひどいー!!!!

 俺のプライドはズタズタだ!!!!


 ……で。

 俺は、こんな女は愛せないと思った。


楽しんでいただけましたら、ブックマークや★で応援していただけると嬉しいです!


次回、1:俺は、ロメオ・ロマーノ(後編)

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