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第61話:鉄壁の入浴と、不正アクセスを阻む全自動セキュリティ浴場



 洞窟でのゲリラ豪雨、そして想定外の術式干渉ハッキングによる「物理的密着」という最大の危機を乗り越え、僕たちはようやく王都郊外の高級宿へと帰り着いた。

 不本意な形で師匠とセレスティアを強く抱きしめてしまった衝撃は、僕の心に深い戒めを刻んでいた。


(僕の魔術が甘かった。便利さを追求するあまり、外部からの悪意あるアクセス――すなわち、お二人からの情熱的な干渉に対する防壁が疎かになっていたんだ)


 部屋に戻った僕たちは、冷えた体を温めるために大浴場へと向かうことになった。宿には立派な岩風呂があるのだが、ここでもまた、僕の理性を揺るがす「試練」が待ち構えていた。


「アルド、さっきの雨で芯まで冷えちゃったわ。魔術師の健康管理は弟子の務めでしょう? さあ、私と一緒に湯船に入って、背中を流し合いながら魔力を循環させましょう」


 脱衣所の前で、師匠のエレノア・ヴェルベットが薄手のバスタオルを一枚巻いた姿で手招きをしてきた。

 彼女の装備は『魔力浸透・超吸水湯上衣』だという。しかし、湯気に濡れたその布地は肌にぴったりと張り付き、豊かな曲線と隠すべき要所を、隠すどころか強調して見せつけている。破廉恥極まりない代物だった。


「いいえ、アルド様。冷えた体には聖女の加護を受けた『神聖混浴』こそが特効薬。さあ、私の柔らかな肌から直接、神の温もりを摂取してくださいませ。さあ、遠慮はいりませんわ」


 セレスティアもまた、同じく極限まで面積の少ないタオルを纏い、潤んだ瞳で僕を見つめてきた。


「し、師匠、セレスティア様……! いくら体が冷えたからといって、お二人とも無防備すぎます! それに、混浴などせずとも魔術で温まれば済むはずです!」

「あら、全然分かってないわね」


 またしても見事に声が揃う二人。

 師匠と聖女は、僕を挟み込むように距離を詰め、湿り気を帯びた艶めかしい吐息を吹きかけてきた。


「魔術師たるもの、極限状態での術式暴走を経験した後は、他者の温もりの中でマナを再起動させる必要があるの。浴室という密閉空間で、互いの鼓動を感じるほど密着し、お湯の中で肌を擦り合わせる『深層魔力融解』は、精神の傷を癒やすための神聖な修行なのよ」

「な、なるほど……! あえて羞恥心を捨て去り、極限の誘惑が渦巻く浴室という戦場で、己の自制心と魔力制御を同時に再構築するという、究極の精神修養!」


 僕は深く頷いた。

 ただの入浴すらも、前回の敗北を糧にした過酷な修行の場だったとは。やはりお二人の探求心には頭が下がる。


(ば、馬鹿な! この湯気に包まれた密室で、ほぼ全裸の美女二人と湯船に浸かり、背中を流し合うだと!?)


 そんなことをすれば、どうなるか。

 お湯に濡れて滑る肌の感触。立ち込める甘い香りと、密着する身体。入浴という大義名分の下で男としての「煩悩」が大暴走を起こし、僕の邪念という最悪の猛毒が、この清らかな宿の温泉を煩悩の泥沼に変えてしまう!


(これも試練だ……! 前回のハッキングの反省を活かし、いかなる外部干渉も許さない『鉄壁の個人空間』を構築するという、超高度なセキュリティテスト!)


 僕は覚悟を決めた。

 一緒に入れば、必ず煩悩に支配され、過ちを犯す。

 ならば、僕たちが手作業でお湯に浸かるのではなく、「登録された個人のマナ以外、物理的にも魔術的にも一切の侵入を許さない『全自動の超セキュリティ浴場』を展開してしまえば」いいのだ。


「承知いたしました、お二人とも! 完璧なセキュリティをお約束します!」


 僕はすり寄ってくる二人からサッと身を引き、脱衣所の空間に向けて両手をかざした。


「えっ? ちょ、アルド様? 風呂場に入らないで何をして――」

「術式展開――空間属性魔法『絶対個室プライベート・ブース』、および情報属性魔法『二要素マナ認証セキュア・アクセス』!」


 カチリ、と僕の魔力が、脱衣所の空間を完全に隔離した。

 そこには、三つの独立した「光り輝く金属のポッド」が生成された。


「さあお二人とも、それぞれのポッドに入ってください! 指紋ならぬ『マナの波長』で認証を行い、本人以外は絶対に扉が開かない仕様です! 内部では全自動で洗浄、入浴、乾燥までが行われます!」

「認証!? ちょっと待っ――ひゃああっ!?」


 僕が魔力で二人の背中を押し、それぞれの個人ポッドへと誘導した瞬間。


 ピッ。……システム・オンライン。

 ウィィィィィィンッ!!


 静かな脱衣所に、およそ温泉宿とは思えない、重厚なハッチが閉まる音と電子的な駆動音が響き渡った。

 師匠とセレスティアは、それぞれ完全に独立した防弾・防魔仕様のポッドに閉じ込められ、内部で「超音波洗浄」と「最適な温度の霊水浴」が開始された。


 二人は内側から術式干渉を仕掛けようとしたようだが、僕が今回組み込んだのは『動的パズル認証マジック・キャプチャ』だ。常に変化する複雑な魔方陣のパズルを解かない限り、外部への魔力放出は一切遮断される。


「な、何これぇぇぇっ! 扉が開かないわ! アルド、出してぇっ!」

「わ、私の神聖なるハッキングが、パズル解きに阻まれておりますわーっ!」


 ポッドの隙間から漏れる二人の悲鳴を、僕は満足げに聞き流した。これこそが、僕が求めていた安全な入浴スタイルだ。


「――アルド師範!! 宿の内部に、最高機密施設に匹敵する強固な防壁の出現を感じ、急ぎ駆けつけ……な、なんとっ!?」


 その時、廊下を見張っていたシルフィア団長が飛び込んできた。

 彼女は、脱衣所に並ぶ三つの無機質な金属ポッドと、その横で涼しい顔で認証パネルを操作する僕を見て、床の上にガクンと片膝をついた。


「な、なんという……ッ!!」


 シルフィア団長はワナワナと震えながら、全自動セキュリティ浴場を指差した。


「全裸という最も無防備な瞬間を狙う暗殺を防ぐため、物理・魔法・情報の全てにおいて完璧な遮断空間を構築する『絶対隠密・防護休養陣バンカー・バス』……! これならば、敵国の中枢に潜入している間であろうと、一切の隙を見せずに心身を癒やすことができる! アルド師範、貴殿の兵法はついに、休息という概念すらも難攻不落の要塞へと変えてしまったというのか!!」


 目をキラキラと輝かせる女騎士団長。

 一方で、十五分のフルコース入浴を終え、ポッドから「ふんわりと乾いた状態」で強制排出された師匠は、虚無の表情で自分のバスタオルを握りしめていた。


「……信じられない」


 師匠は、ワナワナと肩を震わせた。


「私……お湯の中でアルドと手が触れ合って、『あら、滑っちゃったわ』って言ってしがみつく予定だったのに……。なんで私、最新鋭のゴーレム製造工場で出荷前の洗浄を受ける『未完成の部品』みたいな扱い受けて、一人で機械的に洗われなきゃいけないのよっ!!」

「完全に……完全にパズルを解いている間に、お風呂が終わってしまいましたわ……。情緒が、欠片も残っておりません……」


 師匠の絶叫と、セレスティアのうめき声が脱衣所に響き渡る。

 肉体は完璧に清潔になり、冷えも解消されたが、彼女たちの甘い目論見は、最新のセキュリティシステムによって不正アクセスとして完全にブロックされていた。


 僕のステータス画面には、新たに【全自動セキュリティ浴場】と【絶対防壁の管理者】という、どんな熟練の暗殺者やハッカーでも突破できそうにない、狂気の防御スキルが刻まれていた。


 僕は、自身の魔術の安全性が証明されたことに安堵しつつ、ふと息を吐いた。

 ハッキングへの対策は確かに重要だ。一歩間違えれば、魔術師としての尊厳を失いかねない。

 しかし、そんな鉄壁のセキュリティすらも「情緒がない」と切り捨てる彼女たちの執念を前にすると、次は生体認証だけでは足りないかもしれない、と危機感を強めるのだった。


 僕は己の精神力の未熟さを恥じつつ、目を輝かせるシルフィア団長に、とりあえずポッドの緊急脱出用パスワードの複雑な設定方法について教えるのだった。


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