第58話:触手拘束の誘惑と、密林を更地にする自律型草刈機
星見の湖畔で水竜を完全浄化(濾過)した僕たちは、王都郊外の宿場町へと帰路についていた。
日が傾き始めた頃、近道として選んだのは「絡み蔦の森」と呼ばれる薄暗い原生林だった。だが、この森そのものが、迷い込んだ獲物を生け捕りにする巨大な植物型の魔獣『迷宮樹木』のテリトリーだったのだ。
足元や頭上から、意思を持ったように蠢く無数の緑色の蔦が伸びてくる。
「ああっ……! 大変、アルド! 足が蔦に絡まれちゃったわ!」
師匠のエレノア・ヴェルベットが、わざとらしく足を止めて悲鳴を上げた。
本日の観光用装備である『避暑地用・涼感透け羽織』のスリットから伸びた白い太ももに、太い蔦がするすると巻き付いている。しかし、どう見ても彼女自身が蔦の軌道に足を差し出し、なんなら自分から巻き付けに行っているようにしか見えなかった。
「いいえ、アルド様! 私も捕まってしまいましたわ! 蔦が……蔦が私の神聖なる薄衣を締め付け、ボディラインを際立たせてしまいますっ!」
セレスティアもまた、両腕を頭上に持ち上げた非常に不自然かつ強調されたポーズで、みっちりと蔦に巻かれていた。
「し、師匠、セレスティア様……! いくら魔獣の罠とはいえ、その拘束のされ方はあまりにも無防備すぎます!」
「あら、全然分かってないわね」
またしても見事に声が揃う二人。
師匠と聖女は、蔦に巻かれたまま艶めかしい視線を僕に向けた。
「魔術師たるもの、植物系の魔獣に捕縛された際は、味方の魔力を帯びた小刀で、肌を撫でるように慎重に蔦を切り裂いてもらうのが基本なの。息がかかるほどの距離で拘束を解き、恐怖で震える身体を抱きとめてもらう『密着救出の儀』は、極限状態での信頼関係を築く神聖な修行なのよ」
「な、なるほど……! 刃物と肌が触れ合うスリルの中で、一切の邪念を抱かずに正確な救出作業を行うという、究極の集中力修養!」
僕は深く頷いた。
ただの魔獣の罠すらも、精神を鍛え上げるための過酷な修行の場だったとは。やはりお二人の探求心には頭が下がる。
(ば、馬鹿な! この薄暗い森の中で、極薄着の美女二人が同時に触手のような蔦に拘束されるだと!?)
そんなことをすれば、どうなるか。
蔦を切り裂くためには、彼女たちの身体に極限まで接近し、刃物を振るわなければならない。救出という大義名分の下で男としての「煩悩」が大暴走を起こし、僕の邪念という最悪の猛毒が、この森を欲望の生贄の祭壇へと変えてしまう!
(これも試練だ……! 『触手拘束からの密着救出要請』という、視覚と理性を同時に破壊する最強の罠。この極限状況下でも、決して相手に触れず、かつ一瞬で森中の蔦を駆逐するという、超高度な環境伐採テスト!)
僕は覚悟を決めた。
手作業で蔦を切れば、必ず煩悩に支配され、過ちを犯す。
ならば、僕自身が刃物を振るうのではなく、「対象の肌を傷つけることなく、周囲の雑草と蔦だけを自動で感知して刈り取る『自律型の回転刃』を放てば」いいのだ。
「承知いたしました、お二人とも! 完璧な草刈りをお約束します!」
僕は小刀を抜く代わりに、蠢く森の地面に向けて両手をかざした。
「えっ? ちょ、アルド様? 助けに来ないで何をして――」
「術式展開――風属性魔法『超高速回転刃』および、土属性魔法『自律型草刈機』!」
カチリ、と僕の魔力が、森の空間を書き換えた。
ブゥゥゥゥゥゥンッ!!
静かな森に、およそ魔法使いの戦いとは思えない、重低音の駆動音と風切り音が響き渡った。
僕が放ったのは、円盤状の見えない風の刃を底面に備えた、小型の土のゴーレム数十体だ。
「さあお二人とも、少しだけくすぐったいかもしれませんが我慢してください! 一瞬で森を綺麗にします!」
「綺麗に!? ちょっと待っ――ひゃああっ!?」
ヴィィィィィィンッ! ズバババババッ!!
草刈機ゴーレムたちは猛スピードで地を這い、師匠とセレスティアに巻き付いていた蔦を、肌には一切触れない絶妙な距離感でコンマ数秒のうちに粉砕した。
それだけではない。ゴーレムたちはそのまま森中に散開し、獲物を狙って伸びてきていた無数の蔦、さらには足元を覆う雑草や邪魔な低木に至るまで、凄まじい勢いで「均等な高さ」に刈り揃えていく。
「な、何これぇぇぇっ!?」
「わ、私の触手イベントが……ものすごい勢いの庭の手入れで終わってしまいましたわ!?」
空中に青臭い草の匂いが充満する中、師匠と聖女の悲鳴が響く。
「――アルド師範!! 森の奥から異常な伐採の音を感知し、後方の警戒から急ぎ戻り……な、なんとっ!?」
その時、後方で他の魔獣を警戒していたシルフィア団長が駆け戻ってきた。
彼女は、まるで王宮の庭園のように芝生が綺麗に刈り揃えられた森の道と、巨大な迷宮樹木が丸く可愛らしいトピアリー(庭木)の形に剪定されて震えている姿を見て、刈り立ての芝の上にガクンと片膝をついた。
「な、なんという……ッ!!」
シルフィア団長はワナワナと震えながら、高速で走り回る自律型草刈機を指差した。
「進軍を阻む鬱蒼とした密林を、兵士の体力を一切削ることなく一瞬にして平坦な舗装路へと変えてしまう『絶対的行軍路開拓陣』……! これならば、どんな険しい魔境であろうと、大軍を疲労させずに最短距離で進撃させることができる! アルド師範、貴殿の兵法はついに、大自然の地形そのものを自軍の都合に合わせて造り変えてしまったというのか!!」
目をキラキラと輝かせる女騎士団長。
一方で、蔦から解放され、頭の上に刈り取られた葉っぱを乗せたまま立ち尽くす師匠は、虚無の表情で丸く刈り込まれた魔獣(迷宮樹木)を見上げていた。
「……信じられない」
師匠は、ワナワナと肩を震わせた。
「私……『ああっ、蔦が! アルド、優しく切って!』って言って、密着しながら息を荒らげてイチャイチャする予定だったのに……。なんで私、庭師のゴーレムに周囲の雑草ごとまとめてバリカンで刈り上げられた『王城の生垣』みたいな扱い受けてんのよっ!!」
「完全に……完全に森が綺麗に整備されましたわ……。魔獣の恐ろしさなど、芝刈りの音にかき消されてしまいました……」
師匠の絶叫と、セレスティアのうめき声が、綺麗に整備された森に響き渡る。
植物型魔獣の脅威は一瞬で完璧に排除されたが、彼女たちの甘い目論見もまた、高速回転する刃によって木端微塵に粉砕されていた。
僕のステータス画面には、新たに【自律型草刈機】と【魔境の庭師】という、どんな恐ろしい密林の迷宮だろうと数分でゴルフ場に変えてしまいそうな、狂気の環境整備スキルが刻まれていた。
僕は、すっかり丸く剪定されて大人しくなった迷宮樹木を眺めながら、ふと息を吐いた。
魔獣の罠は確かに恐ろしい。一歩間違えれば囚われの身となる大自然の脅威だ。
しかし、そんな恐るべき触手の罠すらも、自ら飛び込んで誘惑のダシに使おうとしていた彼女たちの執念を前にすると、魔獣なんてものは酷く単純で、ただ定期的な剪定が必要なだけの庭木のように思えてくる。
僕は己の精神力の未熟さを恥じつつ、この広大で綺麗に刈り揃えられた芝生の上で、明日の朝にシルフィア団長と一緒に素振りの稽古でもしようかと考えるのだった。




