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第57話:水遊びの誘惑と、暴れる水竜を鎮める全自動巨大濾過器



 ここ最近、僕は日々の修行(という名の師匠たちからの誘惑の回避)を終えるたび、「やはり魔術師の生活とは、魔獣よりも奥が深い」という言葉を脳内で繰り返していた。

 魔術の深淵を探求しているはずなのに、なぜか『魔獣』という単語が思考に混ざる。ただの言い間違いか、それとも疲労のせいかと思っていたのだが――その理由が、ついに明らかになった。


 星見の湖畔で、全自動空中写影ドローン・カメラによる記念撮影を終えた直後のことだ。


「あっついわね……。ねえアルド、せっかく湖に来たんだから、少し水浴びをして涼みましょうよ」


 湖畔の浅瀬に立ち、師匠であるエレノア・ヴェルベットが透け羽織の肩をはだけさせながら僕を誘ってきた。

 彼女は既に、腰の布を解きかけている。水面に反射する初夏の日差しが、彼女の雪のような肌と、今にも零れ落ちそうな豊満な果実を妖艶に照らし出していた。


「いいえ、アルド様。水浴びならば、聖女である私との『清浄なる洗礼の儀』が先ですわ。さあ、一緒に水に入り、濡れた肌に張り付く布の重みを感じながら、互いの水を掛け合いましょう」


 セレスティアもまた、薄衣の裾をまくり上げて水に足を踏み入れ、僕に向けて艶めかしく手招きをしている。


(ば、馬鹿な! この人混みの湖畔で、極薄着の美女二人と水を掛け合ってキャッキャウフフするだと!?)


 そんなことをすれば、どうなるか。

 水に濡れて完全に透けた布地。冷たい水と、密着した肌の熱。水浴びという大義名分の下で男としての「煩悩」が大暴走を起こし、僕の邪念という最悪の猛毒が、この美しい湖を欲望の泥沼に変えてしまう!


「し、師匠、セレスティア様……! いくら暑いからといって、ここで服を脱ぐのはあまりにも無防備すぎ――」


 僕が必死に説得を試みようとした、その瞬間だった。


 ズドォォォォォォォォンッ!!


 突如、穏やかだった湖の中央が爆発したように盛り上がり、巨大な水柱が天を衝いた。

 周囲の観光客たちが悲鳴を上げて逃げ惑う中、水煙を突き破って現れたのは、体長三十メートルは下らない、青黒い鱗に覆われた伝説の魔獣『暴食の水竜リヴァイアサン』だった。

 長きに渡り湖の底で眠っていた主が、日差しの強さと観光客たちの放つ活気マナに当てられ、凶暴化して目を覚ましたのだ。


「シャアァァァァァッ!!」


 水竜が咆哮を上げ、凄まじい大波が湖畔に押し寄せてくる。

 僕が最近、無意識に「魔獣」という言葉を思い浮かべていたのは、僕の【絶対空間感知】が、この湖の底で蠢く巨大な脅威の目覚めを本能的に察知していたからに他ならなかった。


「きゃあああっ! アルド、怖いっ! 巨大な魔獣よ、早く私を抱きしめて守ってぇっ!」

「アルド様、波がっ! 波が来ますわ! 私を力強く抱き上げて、その逞しい胸の中に匿ってくださいませっ!」


 水竜の登場をこれ幸いとばかりに、師匠とセレスティアが悲鳴を上げながら僕に抱きつこうと飛びかかってきた。(彼女たちの実力なら、指先一つで水竜を干物にできるはずなのだが、なぜか完全に無力な村娘のふりをしている)。


(これも試練だ……! 『巨大魔獣の脅威を利用した水着密着要請』という、恐怖と誘惑が入り混じる最強の罠。この極限状況下でも、決して相手に触れず、かつ一瞬で水竜の脅威を取り除き、平和な水辺を取り戻すという、超高度な環境浄化テスト!)


 僕は覚悟を決めた。

 波から守るために抱きしめれば、必ず煩悩に支配され、濡れた肌の感触に理性が崩壊する。

 ならば、僕自身が剣や魔法で戦うのではなく、「暴れる水竜ごと湖の水を丸ごと吸い上げ、一切の不純物を取り除いて安全な水辺に変える『巨大な浄化装置』を展開してしまえば」いいのだ。


「承知いたしました、お二人とも! 完璧な水質保全をお約束します!」


 僕は抱きついてくる二人からひらりと身をかわし、暴れる水竜に向けて両手をかざした。


「えっ? ちょ、アルド様? 私を受け止めないで何をして――」

「術式展開――土属性魔法『超巨大多層濾過槽メガ・フィルター』および、水属性魔法『全自動巨大浄化機構ウォーター・プラント』!」


 カチリ、と僕の魔力が、湖の空間そのものを強引に書き換えた。


 ゴォォォォォォォッ!!


 湖畔にそびえ立つほどの巨大な「見えない筒状の結界」が出現し、暴れる水竜ごと、湖の水を猛烈な勢いで吸い上げ始めた。

 結界の内部には、活性炭、魔力砂、浄化石などの無数の層が形成されている。吸い込まれた水竜は、「ギャオォォォ!?」と情けない声を上げながら、その多層フィルターの中を洗濯物のように揉みくちゃにされながら通過していく。


 凶暴な魔力、泥、寄生虫。水竜の持つあらゆる「不純物とストレス」がフィルターによって物理的に削り落とされ、結界の出口からは、純度百パーセントの透き通るような美しい水となって湖に還元されていく。


 スポァンッ!!


 わずか十数秒後。

 結界から吐き出された水竜は、青黒かった鱗がエメラルドグリーンにピカピカと輝き、凶暴な牙は丸くなり、まるで「よく懐いた巨大なイルカ」のようなつぶらな瞳を持った、完全なる無害な生物マスコットへと変貌して水面にぽっかりと浮かび上がった。


「な、何これぇぇぇっ!?」

「わ、私の水濡れ密着イベントが……巨大な浄水作業の巻き添えで消滅しましたわ!?」


 僕が展開した理不尽すぎる巨大インフラ魔法に、師匠と聖女の悲鳴が響く。


「――アルド師範!! 湖より超質量の魔力変動を感知し、急ぎ駆けつけ……な、なんとっ!?」


 その時、観光客達の避難誘導にあたっていたシルフィア団長が剣を抜いて飛び込んできた。

 彼女は、まるで鏡のように澄み渡った湖面と、その中で腹を見せて嬉しそうに泳ぐピカピカの水竜、そして涼しい顔で手を払う僕を見て、濡れた砂浜の上にガクンと片膝をついた。


「な、なんという……ッ!!」


 シルフィア団長はワナワナと震えながら、空中の全自動巨大浄化機構を指差した。


「強大な守護獣を討伐して自然のバランスを崩すのではなく、その狂気のみを濾過して無力化し、同時に水源そのものを永久に安全な霊水へと昇華させる『生態系完全支配陣テラ・フォーミング』……! これならば、どんな未開の魔境であろうと、一瞬にして自軍の安全な保養地として開拓することができる! アルド師範、貴殿の兵法はついに、大自然の脅威すらもインフラの一部として手懐けてしまったというのか!!」


 目をキラキラと輝かせる女騎士団長。

 一方で、水浴びの口実を失い、透け羽織の裾を握り締めながら立ち尽くす師匠は、虚無の表情でキュウキュウと鳴く水竜を見つめていた。


「……信じられない」


 師匠は、ワナワナと肩を震わせた。


「私……『キャッ、波をかぶっちゃった! 服が透けて見えない!?』って言って、アルドの視線を釘付けにしてイチャイチャする予定だったのに……。なんで私、ただ巨大な浄水器の試運転を見せられて、ピカピカになった水トカゲの横で棒立ちしてるだけの『工事現場の監督』みたいな扱い受けてんのよっ!!」

「完全に……完全に安全で美しい湖水浴場が完成してしまいましたわ……。危険という名のスパイスが、微塵も残っておりません……」


 師匠の絶叫と、セレスティアのうめき声が湖畔に響き渡る。

 水竜の脅威は一瞬で完璧に排除されたが、彼女たちの甘い目論見もまた、強力なフィルターによって不純物として完全に濾過されていた。


 僕のステータス画面には、新たに【全自動巨大浄化機構ウォーター・プラント】と【魔境開拓の土木王】という、どんな恐ろしい毒の沼地だろうと一瞬でリゾート開発してしまいそうな、狂気の土木スキルが刻まれていた。


 キュウ、と鳴きながら僕の足元にすり寄ってくる無害化された水竜の頭を撫でながら、僕はふと息を吐いた。

 魔獣の生態は確かに恐ろしい。一歩間違えれば命を落とす大自然の脅威だ。

 しかし、そんな巨大な水竜の脅威すらも、一切の悪びれもなく自分たちの誘惑のためのダシに使おうとしていた彼女たちの執念を前にすると、魔獣なんてものは酷く単純で御しやすい生き物のように思えてくる。


 僕は己の精神力の未熟さを恥じつつ、まずはすっかり浄化されてしまったこの湖の管理権限について、シルフィア団長にどう説明するかを考え始めるのだった。


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