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第56話:記念肖像画の誘惑と、一瞬を切り取る全自動空中写影



 全自動被膜展開スプレー・コーティングによって完璧な紫外線対策を済ませた僕たちは、王都郊外の宿場町から少し足を伸ばし、観光名所である「星見の湖畔」へとやってきた。

 初夏を思わせる強い日差しの中、湖面は宝石のようにキラキラと輝き、絶景を楽しむ多くの観光客で賑わっている。


 湖を見下ろす展望台には、観光客向けに筆を走らせる腕利きの肖像画の絵師たちが何人も店を出していた。


「素晴らしい景色ね。ねえアルド、せっかくの旅行なんだから、ここで私たちの肖像画を描いてもらいましょう」


 湖畔の風に髪を揺らしながら、師匠であるエレノア・ヴェルベットが僕の腕にすり寄ってきた。

 本日の観光用装備は『避暑地用・涼感透け羽織』である。極小の布地で胸と腰の要所だけを辛うじて覆い、背中や太ももは完全に露出している。日焼け止めスプレーの完璧なコーティングがあるとはいえ、周囲の観光客たちが目を丸くして振り返るほど破廉恥極まりない代物だった。


「いいえ、アルド様。神聖なる旅の記録は、聖女と共に残すべきです。さあ、私を力強く抱き寄せ、絵師の筆が止まるまでその逞しい腕で私を拘束してくださいませ」


 師匠の反対側からは、セレスティアが大きく背中を開いた『神聖巡礼・薄衣』の裾を翻し、僕の胸元に顔をうずめようとしてきた。


「し、師匠、セレスティア様……! いくら記念の絵を描いてもらうからといって、お二人とも無防備すぎます! それに、そんなにくっつかなくても絵は描けます!」

「あら、全然分かってないわね」


 またしても見事に声が揃う二人。

 師匠と聖女は、僕の両脇をがっちりと固め、艶めかしい体温を押し付けてきた。


「魔術師たるもの、キャンバスに自身の姿とマナを永遠に定着させるためには、対象同士の波長を極限まで同調させる必要があるの。絵が完成するまでの一時間、頬と頬を寄せ合い、息遣いを感じるほど密着し続ける『魔力同調・静止拘束の儀』は、忍耐力を極限まで高めるための神聖な修行なのよ」

「な、なるほど……! 極めて密着した無防備な体勢のまま、長時間一切身動きをとらずに己の欲望を抑え込むという、肉体と精神の限界を試す究極の忍耐修養!」


 僕は深く頷いた。

 ただの観光の思い出作りすらも、精神を鍛え上げるための過酷な修行の場だったとは。やはりお二人の探求心には頭が下がる。


(ば、馬鹿な! この人混みの中で、極薄着の美女二人と一時間も抱き合ったまま静止するだと!?)


 そんなことをすれば、どうなるか。

 風に揺れる彼女たちの甘い香りと、押し付けられる柔らかな肌の感触。肖像画という大義名分の下で男としての「煩悩」が大暴走を起こし、僕の邪念という最悪の猛毒が、せっかくの美しい湖畔の風景をドロドロの欲望で塗り潰してしまう!


(これも試練だ……! 『一時間の密着静止』という、理性の持続力を完全に破壊する最強の罠。この極限状況下でも、決して相手に触れず、かつ完璧にこの瞬間の姿を記録に残すという、超高度な情報保存テスト!)


 僕は覚悟を決めた。

 一時間も密着すれば、必ず煩悩に支配され、過ちを犯す。

 ならば、僕たちが手作業で絵を描いてもらうのではなく、「空中に浮かべた魔力の目を用いて、一瞬の光と共に風景と人物を完全に紙へ焼き付ける『魔法の写影機』を構築してしまえば」いいのだ。


「承知いたしました、お二人とも! 完璧な記録保存メモリーをお約束します!」


 僕は頬を寄せようとしてくる二人からサッと顔を背け、湖畔の空中に向けて両手をかざした。


「えっ? ちょ、アルド様? 絵師の椅子に座らないで何をして――」

「術式展開――光属性魔法『瞬間光画フラッシュ』および、風属性魔法『全自動空中写影ドローン・カメラ』!」


 カチリ、と僕の魔力が、頭上の空中に「四つの小さな風車がついた、一つ目の奇妙な箱」を生成した。


「さあお二人とも、上空の箱の目を見てください! 一瞬で絵が完成します!」

「上空!? ちょっと待っ――ひゃああっ!?」


 ピピッ。……カシャァァァァッ!!


 のどかな湖畔に、およそ絵を描くとは思えない、耳慣れない機械音と強烈な閃光が弾けた。

 僕が魔力で上空に待機させた写影機は、瞬時に風景と僕たち三人の姿を光の束として取り込み、箱の底から「一枚の四角いツルツルとした紙」をペッと吐き出した。


 風に乗ってひらひらと落ちてきたその紙には、湖のさざ波の一滴、背後の木々の葉の一枚に至るまで、絵筆では絶対に不可能なほどの「恐るべき現実リアルそのもの」が焼き付けられていた。


「な、何これぇぇぇっ!?」

「わ、私の密着の一時間が……一瞬の光と共に終わりましたわ!?」


 僕が展開した理不尽すぎる記録システムに、師匠と聖女の悲鳴が響く。


「――アルド師範!! 上空より強烈な光魔法の炸裂を感知し、急ぎ駆けつけ……な、なんとっ!?」


 その時、少し離れた場所で周囲の警戒にあたっていたシルフィア団長が駆け寄ってきた。

 彼女は、空中でホバリングを続ける謎の箱と、僕が拾い上げた「現実の風景をそのまま切り取った紙」を見て、湖畔の石畳の上にガクンと片膝をついた。


「な、なんという……ッ!!」


 シルフィア団長はワナワナと震えながら、空中の全自動空中写影機を指差した。


「何日もかけて密偵が地図を描くという常識を完全に覆し、遥か上空から敵陣の地形、要塞の構造、兵の配置に至るまでを一瞬にして紙に焼き付ける『超高速上空偵察陣エアロ・リコン』……! これならば、敵に気付かれる前に絶対的な情報優位を確立し、完璧な奇襲作戦を立てることができる! アルド師範、貴殿の兵法はついに、戦場の『目』を空へと拡張してしまったというのか!!」


 目をキラキラと輝かせる女騎士団長。

 一方で、僕の手元にある写影紙(写真)を覗き込んだ師匠は、はだけた羽織の裾を握り締めながら虚無の表情を浮かべていた。


「……信じられない」


 師匠は、ワナワナと肩を震わせた。


「私……一時間かけてアルドと見つめ合って、美化された愛の女神みたいな肖像画を残す予定だったのに……。なんで私、いきなり光魔法の目眩ましを食らって、白目をひん剥いて口を半開きにした『森を追い出された哀れなマンドラゴラ』みたいな顔で、永遠に記録されなきゃいけないのよっ!!」

「完全に……完全に素の驚き顔ですわ……。神の威厳など欠片もありません……」


 師匠の絶叫と、セレスティアのうめき声が湖畔に響き渡る。

 一瞬で完璧な光景が記録されたその写真には、涼しい顔でカメラを見上げる僕の両脇で、強烈なフラッシュに驚き、見事なまでに変顔を晒している絶世の美女二人が写っていた。


 僕のステータス画面には、新たに【全自動空中写影ドローン・カメラ】と【真実を暴く監視者】という、どんな厳重な警備の砦だろうと上空から丸裸にしてしまいそうな、狂気の偵察スキルが刻まれていた。


 やはり魔術師との思い出作りとは、魔獣よりも奥が深い。

 僕はさらなる修行の必要性を痛感しながら、目を輝かせるシルフィア団長に、とりあえず被写体が一番美しく見えるための「斜め四十五度からの採光角度」について教えるのだった。


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