第53話:お酌の誘惑と、密着を回避する全自動飲料提供機
夜襲を仕掛けてきた暗殺者部隊を全方位自動迎撃で瞬時に炭化させた僕たちは、無事に王都郊外の高級宿場町へと到着した。
急な宿泊となったが、シルフィア団長の顔利きもあり、最も格式高い宿の「最高級の広間」を貸し切ることができた。
一息つき、宿が用意した夕食が部屋に運ばれてきた頃。
着替えを済ませて食卓についた僕の前に、またしても強大な「試練」が立ち塞がった。
「さあアルド、今日は夜道で怖い思いもしたし、疲れたでしょう。私が直々にお酒を注いであげるわ」
師匠であるエレノア・ヴェルベットが、徳利を手にしてすり寄ってきた。
彼女が着ているのは宿の浴衣ではなく、持参していた『湯上がり用・魔力解放和衣』だという。しかし、その着付けは意図的に崩されており、襟元は肩まで大きくはだけ、帯はゆるゆる。前かがみになるたびに豊満な胸の谷間が完全に露わになり、歩くたびにスリットから生足が覗くという、破廉恥極まりない代物だった。
「いいえ、アルド様。夜の恐怖を癒やすのは聖女の役目。さあ、私と同じ杯で、口移し……いえ、清らかなお酒を共に味わいましょう」
師匠の反対側には、セレスティアが身を乗り出していた。
彼女の『神聖休息・透け羽織』もまた、薄桃色の布地が照明に透け、下着の概念が存在しない肉体の起伏を容赦なく主張している。
「し、師匠、セレスティア様……! いくら部屋の中だからといって、お二人とも無防備すぎます! それに、飲み物なら僕が自分で注ぎますから!」
「あら、全然分かってないわね」
またしても見事に声が揃う二人。
師匠と聖女は、僕の左右にぴたりと密着し、酒の香りと共に艶めかしい体温を押し付けてきた。
「魔術師たるもの、休息の場では他者から注がれた水分を摂取し、マナの循環を委ねることが重要なのよ。肩を寄せ合い、肌の熱を感じながら互いの杯を満たし合う『密着給仕の儀(お酌)』は、緊張を解きほぐすための神聖な修行なの」
「な、なるほど……! アルコールという理性を鈍らせる毒をあえて摂取しつつ、極限まで密着した状態での誘惑に耐え、強靭な自制心を保つという、究極の精神修養!」
僕は深く頷いた。
ただの部屋食すらも、精神を鍛え上げるための過酷な修行の場だったとは。やはりお二人の探求心には頭が下がる。
(ば、馬鹿な! この密室で、極薄の和装美女二人に挟まれて酒を飲まされるだと!?)
そんなことをすれば、どうなるか。
酒が回れば必ず理性が飛び、密着した肌の熱と甘い香りに抗えなくなる。お酌という大義名分の下で男としての「煩悩」が大暴走を起こし、僕の邪念という最悪の猛毒が、この格式高い宿の広間を欲望の宴へと変えてしまう!
(これも試練だ……! 『アルコールと密着お酌の同時攻撃』という、判断力と自制心を完全に奪い去る最強の罠。この極限状況下でも、決して相手に触れず、かつ一滴の酒も飲まずに安全な水分補給を確立するという、超高度な兵站テスト!)
僕は覚悟を決めた。
お酌を受ければ、必ず煩悩に支配され、過ちを犯す。
ならば、僕たちが手作業で飲み物を注ぐのではなく、「無数の種類の安全な飲料を、ボタン一つで自動生成してコップに注ぎ込む『魔法の給水箱』を設置してしまえば」いいのだ。
「承知いたしました、お二人とも! 完璧な水分補給をお約束します!」
僕はすり寄ってくる二人からサッと身をかわし、部屋の隅の空きスペースに向けて両手をかざした。
「えっ? ちょ、アルド様? 杯を受け取らないで何をして――」
「術式展開――水属性魔法『多種液体生成』および、氷属性魔法『全自動飲料提供機』!」
カチリ、と僕の魔力が、畳の上に「様々な注ぎ口がついた、巨大な光る箱」を生成した。
「さあお二人とも、お酒は控えて、その箱のボタンを押してください! 冷たい果実水から温かいお茶まで、一瞬で注がれます!」
「果実水!? ちょっと待っ――ひゃああっ!?」
ポチッ。……ジュモモモモモッ!
僕が魔力で空中に浮かせてセットしたコップに、箱から冷たく弾ける緑色の液体が完璧な適量で注ぎ込まれた。
炭酸の爽やかな香りが部屋に広がる。隣のボタンを押せば熱い琥珀色の茶が、さらに隣を押せば甘い柑橘の果汁が、一切の物理的接触なしで無限に生成されていく。
「な、何これぇぇぇっ!?」
「わ、私の間接キスが……謎の機械の注ぎ口に奪われましたわ!?」
僕が展開した理不尽すぎる飲料システムに、師匠と聖女の悲鳴が響く。
「――アルド師範!! 隣室より未知の薬効成分の生成反応を感じ、急ぎ駆けつけ……な、なんとっ!?」
その時、隣の護衛部屋で食事をとっていたシルフィア団長が襖を開け放って飛び込んできた。
彼女は、畳の上に鎮座する光る箱と、コップ片手に緑色の液体をすする僕を見て、畳の上にガクンと片膝をついた。
「な、なんという……ッ!!」
シルフィア団長はワナワナと震えながら、全自動飲料提供機を指差した。
「水源の確保という野営における最大の課題を完全に無視し、毒殺の危険すら一切ない安全な飲料を虚空から無限に錬成する『無尽蔵・完全浄化水陣』……! これならば、敵に井戸に毒を投げ込まれるような籠城戦であろうと、全軍の渇きを癒やし、永久に戦い続けることができる! アルド師範、貴殿の兵法はついに、兵站の生命線である『水』の概念すらも支配してしまったというのか!!」
目をキラキラと輝かせる女騎士団長。
一方で、徳利を持ったまま放置され、はだけた和衣の襟を握り締める師匠は、虚無の表情で緑色の液体が注がれる箱を見つめていた。
「……信じられない」
師匠は、ワナワナと肩を震わせた。
「私……『ちょっと酔っちゃったみたい』って言ってアルドの膝に倒れ込んで、甘い吐息を吹きかけながらイチャイチャする予定だったのに……。なんで私、大衆食堂の片隅で、自分のコップを持って順番待ちしてる『お使いの子供』みたいな扱い受けてんのよっ!!」
「ムードも何もありませんわ……。神聖なる宴が、ただの水分補給の作業場に変わりました……」
師匠の絶叫と、セレスティアのうめき声が高級宿の広間に響き渡る。
喉の渇きは完璧かつ安全に潤されたが、彼女たちの甘い目論見はメロンソーダの泡と共に完全に弾け飛んでいた。
僕のステータス画面には、新たに【全自動飲料提供機】と【無毒化の給仕長】という、どんな過酷な砂漠地帯だろうと無限に炭酸飲料を振る舞ってしまいそうな、狂気の兵站スキルが刻まれていた。
やはり魔術師との宴とは、魔獣よりも奥が深い。
僕はさらなる修行の必要性を痛感しながら、目を輝かせるシルフィア団長に、とりあえず異なる飲料を混ぜ合わせて新しい味を作る正しい配合方法を教えるのだった。




