第52話:吊り橋効果の誘惑と、夜襲を粉砕する全方位自動迎撃
空間燻蒸によって魔女の塔から強制退去させられた僕たちは、王都の郊外にある高級宿場町を目指し、夜の森を歩いていた。
急な避難だったため、師匠エレノア・ヴェルベットとセレスティアは、護衛として同行するシルフィア団長から借りた予備の外套を羽織っている。
「ああっ、暗い森は怖いわね……アルド、いつ魔獣が飛び出してくるか分からないから、私の腰を強く抱き寄せて歩きなさい」
師匠は怯えたふりをしながら、僕の腕にすり寄ってきた。
借り物の外套の下は、塔にいた時の極薄の部屋着のままである。しかも彼女は、意図的に外套の前を大きくはだけさせ、夜風にさらされた柔らかな肌を僕の腕に押し付けようとしていた。
「いいえ、アルド様。暗闇の恐怖は、肌の触れ合いで打ち消すのが聖教国の教え。さあ、私を力強く抱きしめ、その逞しい胸板で私を守ってくださいませ!」
セレスティアもまた、修道衣の隙間から白い太ももを覗かせながら、正面から僕の胸に飛び込もうと両手を広げている。
「し、師匠、セレスティア様……! いくら夜の森が危険だからといって、お二人とも無防備すぎます! それに、索敵なら僕が魔法でやりますから!」
「あら、全然分かってないわね」
またしても見事に声が揃う二人。
師匠と聖女は、暗闇の中で艶めかしい視線を僕に向けた。
「魔術師たるもの、未知の脅威が潜む暗闇では、互いの恐怖心を魔力に変換して共有するの。極限の緊張感の中で身体を密着させ、鼓動を高め合う『吊り橋効果・魔力増幅法』は、危機的状況を乗り切るための神聖な修行なのよ」
「な、なるほど……! あえて恐怖に身を委ね、心拍数の上昇に伴う身体的興奮を自ら引き起こし、極限の精神力でそれを制御するという、究極の胆力修養!」
僕は深く頷いた。
単なる夜道すらも、精神を鍛え上げるための過酷な修行の場だったとは。やはりお二人の探求心には頭が下がる。
(ば、馬鹿な! この薄暗い密林の中で、極薄の部屋着姿の美女二人と抱き合いながら歩くだと!?)
そんなことをすれば、どうなるか。
暗闇だからこそ際立つ、密着した肌の熱と甘い香り。護衛という大義名分の下で男としての「煩悩」が大暴走を起こし、僕の邪念という最悪の猛毒が、ただでさえ危険な夜の森を、理性を失った欲望の迷宮へと変えてしまう!
その時だった。
「――見つけたぞ。ルミナスの偽聖女め、その命、我ら『黒の月』がもらい受ける!」
バサバサッと木々が揺れ、森の暗がりから十数人の黒装束の男たちが飛び出してきた。
彼らの手には、毒が塗られた禍々しい短剣が握られている。先ほど塔の裏で仕留めた害虫(影魔獣)の仲間だろうか。どうやら僕たちは、完全に包囲されてしまったようだ。
「きゃあああっ! アルド、怖いっ! 早く私を抱きしめて守ってぇっ!」
「アルド様、私の盾となって、その腕で強く、激しく抱きすくめてくださいませっ!」
暗殺者たちの登場をこれ幸いとばかりに、師匠とセレスティアが悲鳴を上げながら僕に抱きつこうと飛びかかってくる。(彼女たちの実力なら、瞬きする間に男たちを灰にできるはずなのだが、なぜか完全に弱者のふりをしている)。
(これも試練だ……! 『絶体絶命の危機を利用した同時密着要請』という、恐怖と誘惑が入り混じる最強の罠。この極限状況下でも、決して相手に触れず、かつ一瞬で全ての敵を無力化するという、超高度な迎撃テスト!)
僕は覚悟を決めた。
彼女たちを抱きしめれば、必ず煩悩に支配され、過ちを犯す。
ならば、僕自身が剣や魔法で戦うのではなく、「僕たちの周囲に、敵の害意のみを感知して自動で撃ち落とす『不可視の防空網』を展開してしまえば」いいのだ。
「承知いたしました、お二人とも! 完璧な絶対防衛をお約束します!」
僕は抱きついてくる二人から紙一重で身をかわし、周囲の空間に向けて両手をかざした。
「えっ? ちょ、アルド様? 私を受け止めないで何をして――」
「術式展開――光属性魔法『自律型浮遊砲台』および、雷属性魔法『全自動防空網』!」
カチリ、と僕の魔力が、夜の森の空間を書き換えた。
「さあお二人とも、そのまま一歩も動かないでください! あとは空の光が全て片付けます!」
「光!? ちょっと待っ――」
暗殺者の一人が、毒刃を振りかざして僕たちに飛びかかってきた。
しかし、彼が一歩踏み込んだ瞬間。
ピピッ。……ズギュゥゥゥゥンッ!!
僕の頭上に浮かび上がった無数の「見えない光の結晶」が、敵の殺気を自動で感知し、コンマ一秒の狂いもなく極太の雷光を撃ち下ろした。
「ぎゃあああっ!?」
雷光に撃たれた暗殺者は、一瞬で全身を麻痺させられ、白目を剥いて地面に転がった。
「な、なんだ!? 構うな、一斉にやれっ!」
残る十数人の暗殺者たちが四方八方から同時に襲いかかってくる。
だが、僕が構築した防空網は、あらゆる方向からの脅威を完璧に演算処理していた。
ピピピッ。ズギュン! ドギュゥゥゥンッ!!
森の中に、激しい閃光と雷鳴が連続して響き渡る。
接近しようとした者は光に撃ち落とされ、遠くから投げられた投げナイフすらも、空中で正確に撃ち落とされて蒸発していく。僕たちは一歩も動くことなく、わずか三秒で、十数人の暗殺者部隊は全員が黒焦げになって地面に転がっていた。
「な、何これぇぇぇっ!?」
「わ、私の吊り橋効果が……謎の光の雨であっという間に終わってしまいましたわ!?」
僕が展開した理不尽すぎる弾幕に、師匠と聖女の悲鳴が響く。
「――アルド師範!! 背後より凄まじい雷鳴と閃光を感じ、前方の警戒から急ぎ戻り……な、なんとっ!?」
その時、前方の道を偵察していたシルフィア団長が駆け戻ってきた。
彼女は、一歩も動かずに立ち尽くす僕たちと、周囲に転がる黒焦げの暗殺者集団を見て、焦げた土の上にガクンと片膝をついた。
「な、なんという……ッ!!」
シルフィア団長はワナワナと震えながら、空中の見えない砲台を指差した。
「指揮官の号令すら必要とせず、敵の殺気のみを感知して全方位から自動で精密射撃を下す『無人絶対防衛陣』……! これならば、兵士たちは武器を持つ必要すらなく、ただ歩いているだけで敵軍が勝手に自滅していく! アルド師範、貴殿の兵法はついに、戦いという行為そのものを完全に自動化してしまったというのか!!」
目をキラキラと輝かせる女騎士団長。
一方で、恐怖の抱擁をかわされ、外套をはだけさせたまま立ち尽くす師匠は、虚無の表情で転がっている暗殺者たちを見下ろしていた。
「……信じられない」
師匠は、ワナワナと肩を震わせた。
「私……『もう駄目、アルド助けて!』って胸に飛び込んで、震える背中を撫でてもらいながらイチャイチャする予定だったのに……。なんで私、砦の屋上に設置された魔道砲の横で、ただ光るのを眺めてるだけの『案山子』みたいな扱い受けてんのよっ!!」
「早すぎますわ……。せめて一分くらいは、絶望的な攻防を演じてくれないと、抱きつく隙もありません……」
師匠の絶叫と、セレスティアのうめき声が夜の森に響き渡る。
暗殺者たちの脅威は一瞬で排除されたが、彼女たちの甘い目論見もまた、雷光によって完全に消し炭と化していた。
僕のステータス画面には、新たに【全自動防空網】と【歩く不可視の要塞】という、どんな大軍に包囲されようと散歩気分で殲滅してしまいそうな、狂気の迎撃スキルが刻まれていた。
やはり魔術師との夜道とは、魔獣よりも奥が深い。
僕はさらなる修行の必要性を痛感しながら、目を輝かせるシルフィア団長に、とりあえず気絶した暗殺者たちを効率よく縛り上げるためのロープの結び方を教えるのだった。




