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第50話:汗だくの誘惑と、熱気を凍らせる全自動空間空調



 魔法の調理箱スマート・オーブンによって夕食の準備が自動化され、塔での共同生活も少しずつ効率化されてきたある日の午後。

 この日の王都周辺は季節外れの異常な熱波に見舞われ、石造りの魔女の塔の内部は、まるで蒸し風呂のような過酷な暑さに包まれていた。


「ああっ……暑いわね、アルド。こんな日は、肌と肌を合わせて涼むしかないわ」


 リビングのソファーで横たわっていた師匠、エレノア・ヴェルベットが、熱っぽい吐息を漏らしながら身を乗り出してきた。

 本日の猛暑対策装備は『極薄冷却・氷糸の紐水着』だという。しかし、冷却効果を持つというその糸はあまりにも細く、面積も皆無に等しい。汗ばんだ雪のような肌に細い紐が食い込み、ほとんど裸と変わらない破廉恥極まりない代物だった。


「いいえ、アルド様。熱波を乗り切るには、聖女である私の清らかな汗を舐めと……いえ、分け与える『神聖冷却の儀』が必要ですわ」


 師匠の反対側には、セレスティアが荒い息をつきながら座っていた。

 彼女の『神聖沐浴(しんせいもくよく)・透水衣』は、既に彼女自身の汗によって完全に肌に張り付き、下着の概念すら存在しないその肉体の起伏を、水に濡れたガラスのように透けさせている。


「し、師匠、セレスティア様……! いくら暑いからといって、お二人ともあまりにも無防備すぎます! それに、暑さなら僕が氷魔法で氷柱を作りますから!」

「あら、全然分かってないわね」


 またしても見事に声が揃う二人。

 師匠と聖女は、汗の滴る艶めかしい体を僕にすり寄せようと、じりじりと距離を詰めてきた。


「魔術師たるもの、急激な環境変化には自身のマナを直接他者と交わらせて適応するの。汗ばんだ肌同士を極限まで密着させ、互いの体液と魔力を気化させることで熱を奪う『肉体密着・気化冷却法』は、極限状態を生き抜くための神聖な修行なのよ」

「な、なるほど……! 不快指数が限界に達した猛暑の中で、あえて他者の汗と体温を直接受け入れ、己の不快感と欲望を同時に制圧するという、究極の精神修養!」


 僕は深く頷いた。

 ただの暑さしのぎすらも、精神を鍛え上げるための過酷な修行の場だったとは。やはりお二人の魔術への探求心には頭が下がる。


(ば、馬鹿な! この蒸し風呂のような空間で、汗だくで極限まで薄着の美女二人と全身を密着させるだと!?)


 そんなことをすれば、どうなるか。

 汗で滑る柔らかな肌。熱を帯びた甘い体臭。冷却という大義名分の下で男としての「煩悩」が大暴走を起こし、僕の邪念という最悪の猛毒が、この部屋を本物の灼熱の地獄へと変えてしまう!


(これも試練だ……! 『汗だくの美女二人による密着冷却』という、触覚と嗅覚を同時に狂わせる最強の罠。この極限状況下でも、決して相手に触れず、かつ空間の熱のみを完璧に排除するという、超高度な環境制御テスト!)


 僕は覚悟を決めた。

 肌を合わせれば、必ず煩悩に支配され、過ちを犯す。

 ならば、僕たちが汗を流すのではなく、「部屋の空気そのものを吸い込み、熱だけを奪って冷気として循環させる『魔法の風箱』を壁に設置してしまえば」いいのだ。


「承知いたしました、お二人とも! 完璧な避暑をお約束します!」


 僕は迫りくる二人からサッと身をかわし、リビングの壁の何もない高い位置に向けて両手をかざした。


「えっ? ちょ、アルド様? 服を脱がないで何をして――」

「術式展開――氷属性魔法『熱量交換機ヒート・ポンプ』及び、風属性魔法『全自動空間空調エアコンディショナー』!」


 カチリ、と僕の魔力が、壁の高い位置に「横に細長い、白い魔法の箱」を生成した。


「さあお二人とも、そのままソファーでお寛ぎください! 一瞬で極上の涼風が部屋を満たします!」

「涼風!? ちょっと待っ――ひゃああっ!?」


 ピッ。……フォーーーーーーッ!!


 静かなリビングに、およそ魔法使いの塔とは思えない、静かで規則的な送風音が響き渡った。

 僕が壁に構築した白い箱は、部屋の不快な熱気と湿気を瞬時に吸い込み、代わりに「湿度四〇パーセント、室温二十二度」に完璧に調整された、氷のように冷たく心地よい風を部屋全体に吐き出し始めた。


 瞬く間に、蒸し風呂だったリビングは、秋の高原のように爽やかで涼しい空間へと作り変えられた。


「な、何これぇぇぇっ!?」

「ああっ、冷たいっ!? 汗で濡れた衣に、容赦なく極寒の風が吹きつけてきますわ!?」


 完璧な冷風を浴びた二人の悲鳴が響く。

 僕にとっては快適な温度だが、ほぼ全裸の紐水着や、汗で濡れ透けた修道衣を着ている二人にとっては、二十二度の冷風は「寒すぎる」のである。


「――アルド師範!! 塔の内部から異常な吹雪の気配を感じ、急ぎ駆けつけ……な、なんとっ!?」


 その時、剣を抜いた王室騎士団長のシルフィアがリビングに飛び込んできた。

 彼女は、壁の白い箱から吹き出す冷風を浴びて涼む僕と、ソファーの上でガタガタと震えながら身を寄せ合う師匠たちを見て、冷え切った床の上にガクンと片膝をついた。


「な、なんという……ッ!!」


 シルフィア団長はワナワナと震えながら、壁の全自動空間空調を指差した。


「灼熱の砂漠であろうと毒の沼地であろうと、局地的な天候そのものを完全に支配し、自軍にのみ最適な気候を提供する『絶対領域気象操作スマート・クライメート』……! これならば、過酷な環境による兵士の疲労や病を完全に防ぎ、世界のいかなる辺境の地でも進軍し続けることができる! アルド師範、貴殿の兵法はついに、大自然の脅威すらもボタン一つでねじ伏せてしまったというのか!!」


 目をキラキラと輝かせる女騎士団長。

 一方で、あまりの寒さに毛布を引っ張り出し、ミノムシのように丸まった師匠は、ガチガチと歯を鳴らしながら虚無の表情を浮かべていた。


「……信じられない」


 師匠は、ワナワナと肩を震わせた。


「私……汗ばんだ肌をアルドにすり寄せて、『暑いわね……脱がせてくれる?』ってイチャイチャする予定だったのに……。なんで私、氷竜の巣に放り込まれた生贄のゴブリンみたいに、ただひたすら凍えながら震えなきゃいけないのよっ!!」

「寒いです……。私の燃え上がるような愛が、物理的な冷風で急速冷却されております……」


 師匠の絶叫と、セレスティアのうめき声がリビングに響き渡る。

 部屋の空気は完璧に快適な状態に保たれていたが、彼女たちの情熱は霜が降りるほど完全に冷え切っていた。


 僕のステータス画面には、新たに【全自動空調機構スマート・クライメート】と【環境支配の氷将】という、どんな灼熱の地獄だろうと快適なリゾート地に変えてしまいそうな、狂気の環境制御スキルが刻まれていた。


 やはり共同生活での温度管理とは、魔術よりも奥が深い。

 僕はさらなる修行の必要性を痛感しながら、目を輝かせるシルフィア団長に、とりあえず白い箱の内部にあるフィルターの定期的な水洗いと、埃の落とし方について教えるのだった。


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