第49話:裸エプロンの誘惑と、熱情を封じる全自動魔法箱
遠隔市場網(Eコマース)による絶対的空中補給によって、魔女の塔のリビングには山のような食材が積み上げられていた。
夕刻が近づき、いよいよこれらの食材を調理して夕食の準備に取り掛かる時間となった時、キッチンに向かった僕の前に、またしても強大な「試練」が立ち塞がった。
「さあ、アルド。せっかく新鮮なお肉と野菜があるのだから、一緒にシチューを作りましょう」
キッチンカウンターの前に立つ師匠エレノア・ヴェルベットが、妖艶に微笑んで包丁を手にした。
本日の調理時装備は『魔力練成・裸身エプロン』だという。文字通り、素肌の上に直接エプロンを一枚羽織っただけの状態であり、横から見れば豊満な胸の膨らみが完全に露わになっている、破廉恥極まりない代物だった。
「いいえ、アルド様。神聖なる食卓の準備は、聖女である私と共に行いましょう。私が味付けをしたスープを、貴方様の唇で直接確かめてくださいませ」
師匠の隣には、セレスティアが木べらを握りしめて立っていた。
彼女の『神聖給仕・奉仕用前掛け』もまた、背中や腰回りの布地が一切存在せず、わずかな布切れで前方を隠しているだけの、神への冒涜としか思えない過激な装いだ。
「し、師匠、セレスティア様……! いくら火の前に立つからといって、お二人ともあまりにも無防備すぎます! それに、料理なら僕がやりますから少し離れていてください!」
「あら、全然分かってないわね」
またしても見事に声が揃う二人。
師匠と聖女は、僕をまな板の前に立たせると、左右からぴったりと身を寄せてきた。
「魔術師にとって、食材が持つ生命のマナを調理によって引き出す過程は、互いの波長を合わせる最高の儀式なの。私が貴方の背後から腕を回し、一緒に包丁を握って野菜を切る『背後密着・魔力伝導切り』は、師弟の絆を深める神聖な修行なのよ」
「料理の味見も同じですわ。私が口をつけたスプーンで、そのままアルド様がスープを飲む。唾液……いえ、清らかな聖水を交わらせることで、料理の味が完成するのです!」
「な、なるほど……! 極めて密着した状態で刃物を扱い、さらに同じ食器を共有するという、理性の維持と衛生観念を同時に試される究極の厨房訓練!」
僕は深く頷いた。
日々の料理すらも、精神を鍛え上げるための過酷な修行の場だったとは。やはりお二人の魔術への探求心には頭が下がる。
(ば、馬鹿な! この極限まで薄着の美女二人に背後から抱きつかれた状態で包丁を握り、さらに間接キスで味見をするだと!?)
そんなことをすれば、どうなるか。
背中に押し当てられる柔らかな感触と、首筋にかかる甘い吐息。そして艶めかしい唇が触れたスプーン。料理という大義名分の下で男としての「煩悩」が大暴走を起こし、僕の邪念という最悪の猛毒が、せっかくの新鮮な食材を黒焦げの消し炭に変えてしまう!
(これも試練だ……! 『裸エプロン密着と間接キスの同時攻撃』という、視覚と触覚と味覚を同時に破壊する最強の罠。この極限状況下でも、決して相手に触れず、かつ火も包丁も使わずに完璧な料理を完成させるという、超高度な調理テスト!)
僕は覚悟を決めた。
一緒に料理をすれば、必ず煩悩に支配され、過ちを犯す。
ならば、僕たちが手作業で調理をするのではなく、「食材を箱の中に入れ、見えない熱波(魔力)で瞬時に内部から加熱・調理を完了させる『魔法の調理箱』を構築してしまえば」いいのだ。
「承知いたしました、お二人とも! 完璧な夕食をお約束します!」
僕はまな板から一歩下がり、キッチンの空きスペースに向けて両手をかざした。
「えっ? ちょ、アルド様? 包丁を握らないで何をして――」
「術式展開――火属性魔法『極所超加熱』及び、無属性魔法『全自動魔法調理箱』!」
カチリ、と僕の魔力が、キッチンカウンターの上に「分厚いガラス扉のついた、四角い金属の箱」を生成した。
「さあお二人とも、切る前の野菜と生肉を、そのままその箱に放り込んでください! 一瞬でシチューが完成します!」
「放り込む!? ちょっと待っ――ひゃああっ!?」
ブゥゥゥゥゥゥンッ……!!
静かなキッチンに、およそ料理の音とは思えない、奇妙な振動音が響いた。
僕が魔力で空中に浮かせて箱の中に放り込んだ肉と野菜は、箱の中で目に見えない熱波(極小の火属性魔力の振動)を浴び、瞬く間に火が通り始めた。
鍋も水も使っていないのに、食材の内部から勝手に水分と旨味が染み出し、グツグツと煮込まれていく。
チィィィンッ!!
数十秒後、心地よい澄んだ鐘の音と共に箱の魔法が停止した。
僕がガラス扉を開けると、そこには完璧に煮込まれ、とろりとした湯気を立てる極上のシチューが完成していた。
「な、何これぇぇぇっ!?」
「わ、私の聖なる味見の工程が……謎の鐘の音と共に飛ばされましたわ!?」
箱から漂う完璧なシチューの香りに、二人の悲鳴が響く。
包丁で切ることも、鍋で煮ることもなく、ただ箱に入れて数十秒待つだけ。一切の物理的接触なしで調理が自動進行してしまったのだ。
「――アルド師範!! 厨房より火を使わない異常な熱源反応を感じ、急ぎ駆けつけ……な、なんとっ!?」
その時、剣を抜いた王室騎士団長のシルフィアがキッチンに飛び込んできた。
彼女は、火の気のないカウンターの上に置かれた謎の箱と、そこから取り出された熱々のシチューを見て、キッチンの床の上にガクンと片膝をついた。
「な、なんという……ッ!!」
シルフィア団長はワナワナと震えながら、全自動魔法調理箱を指差した。
「野営における最大の弱点である『火の光と煙』を一切発生させず、無音かつ一瞬で温かい食事を錬成する『無煙隠密糧食陣』……! これならば、敵の目と鼻の先で夜間行軍をしていようと、自軍の陣地を露呈させることなく兵士に完璧な食事を与えることができる! アルド師範、貴殿の兵法はついに、戦場の夜を照らす焚き火という概念すらも消し去ってしまったというのか!!」
目をキラキラと輝かせる女騎士団長。
一方で、シチューの入った皿を呆然と見つめる師匠は、はだけた裸エプロンの裾を握り締めながら虚無の表情を浮かべていた。
「……信じられない」
師匠は、ワナワナと肩を震わせた。
「私……アルドに背中から抱きつかれて、『師匠、上手に切れましたね』ってイチャイチャする予定だったのに……。なんで私、錬金術師の工房で、ただ光る箱の前に突っ立って『チーン』って鳴るのを待つだけの『見張りのガーゴイル』みたいな扱い受けてんのよっ!!」
「私の間接キスが……ただの金属の箱に奪われました……」
師匠の絶叫と、セレスティアのうめき声がキッチンに響き渡る。
夕食の準備は一瞬で完璧に完了したが、彼女たちの甘い妄想は箱の中で完全に蒸発していた。
僕のステータス画面には、新たに【全自動調理機構】と【無煙野営の料理長】という、どんな過酷な隠密任務だろうと兵士にホカホカのシチューを振る舞ってしまいそうな、狂気の調理スキルが刻まれていた。
やはり共同生活での料理とは、魔術よりも奥が深い。
僕はさらなる修行の必要性を痛感しながら、目を輝かせるシルフィア団長に、とりあえず箱の中に入れてはいけない危険な金属の識別方法を教えるのだった。




