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第48話:腕組みデートの誘惑と、密着を回避する遠隔市場網



 全自動の揉み解し(マッサージ・チェア)によって疲労を強制排除された、共同生活二日目の夕方。

 キッチンを確認した僕は、聖女セレスティアという滞在者が増えたことにより、塔の食材や生活備品が底を突きかけていることに気がついた。


「あらアルド、食材が足りないの? それなら王都の市場へ買い出しに行きましょうか」


 声をかけてきた師匠、エレノア・ヴェルベットは、満面の笑みを浮かべていた。

 本日の外出用装備は『市街地用・擬態ローブ』だという。しかし、そのローブは薄いレース状で完全に肌が透けており、その下は極小のビキニアーマーに等しい。これを着て街を歩けば、擬態どころか王都中の視線を釘付けにする破廉恥極まりない代物だった。


「いいえ、アルド様。買い出しならば、聖女である私が同行いたします。さあ、迷子にならないよう、私の腕にしっかりと腕を絡ませてくださいませ」


 師匠の隣には、セレスティアが既に外出の準備を整えていた。

 彼女の『お忍び用・巡礼服』もまた、胸元からへそにかけてが大胆に開き、歩くたびにスリットから太ももが覗く仕様だ。そして彼女は、自身の豊かな胸の谷間で僕の腕を挟み込もうと待ち構えている。


「し、師匠、セレスティア様……! いくらお忍びとはいえ、お二人ともあまりにも無防備すぎます! それに、買い出しなら僕が一人で転移魔法を使ってパパッと済ませてきますから!」

「あら、全然分かってないわね」


 またしても見事に声が揃う二人。

 師匠と聖女は、僕の両脇を固めるように一歩距離を詰めてきた。


「魔術師たるもの、時には喧騒の中で俗世のマナに触れることも必要なの。人混みで離れ離れにならないよう、互いの肌を密着させて腕を組み、市場の熱気の中で魔力波長を同調させる『市街地歩行訓練デート』は、精神の練度を高める重要な修行なのよ」

「な、なるほど……! あえて欲望や雑念が渦巻く市場に丸腰で飛び込み、群衆の波に揉まれながらも己の集中力と規律を保つという、究極の実地訓練!」


 僕は深く頷いた。

 単なる買い出しすらも、精神を鍛え上げるための過酷な修行の場だったとは。やはりお二人の魔術への探求心には頭が下がる。


(ば、馬鹿な! この極限まで薄着の美女二人と腕を組み、人混みで揉みくちゃにされるだと!?)


 そんなことをすれば、どうなるか。

 狭い路地裏や、すれ違う人々の波。そのたびに避けようとして、彼女たちの豊満な果実が僕の腕に押し付けられる。買い出しという大義名分の下で男としての「煩悩」が大暴走を起こし、僕の邪念という最悪の猛毒が、王都の平和な市場を欲望の坩堝へと変えてしまう!


(これも試練だ……! 『絶世の美女二人との密着市街地歩行』という、視覚と触覚を同時に破壊する最強の罠。この極限状況下でも、決して相手に触れず、かつ一歩も外に出ずに完璧な物資調達を行うという、超高度な兵站テスト!)


 僕は覚悟を決めた。

 市場に行けば、必ず煩悩に支配され、過ちを犯す。

 ならば、僕たちが市場へ行くのではなく、「塔の空間と王都の商業ギルドの倉庫を術式で直結させ、必要な物資だけを無人で空中輸送させれば」いいのだ。


「承知いたしました、お二人とも! 完璧な物資調達ロジスティクスをお約束します!」


 僕は腕を組もうとする二人からサッと身を引き、何もない空間に向けて両手をかざした。


「えっ? ちょ、アルド様? 玄関に向かわないで何をして――」

「術式展開――空間魔法『遠隔市場網』及び、風属性魔法『無人航空輸送ドローン・デリバリー』!」


 カチリ、と僕の魔力が、リビングの空中に光り輝く「王都商業ギルドの巨大な商品目録」のホログラムを生成した。


「さあお二人とも、欲しい食材をその空中の板で選んでください! 一分以内に空から直接届きます!」

「空から!? ちょっと待っ――ひゃああっ!?」


 ポチッ。ヒュンッ……ドスッ!!


 師匠が反射的に空中の目録(果物の絵)に触れた瞬間、リビングの天井付近に小さな空間の穴が開き、そこから新鮮なリンゴの詰まった木箱が、風の魔力に包まれてふんわりと床に着地した。


「な、何これぇぇぇっ!?」

「空中に浮かぶ絵に触れただけで、王都の特産品が……空間を飛び越えて落ちてきましたわ!?」


 ポチッ、ヒュンッ、ドスッ! ポチッ、ヒュンッ、ドスッ!


 僕が空中の目録を指先でなぞるたび、天井の空間の穴から、肉、野菜、小麦粉、果ては洗剤やトイレットペーパーの代わりとなる生活必需品までが、次々と風のクッションに乗ってリビングへと投下されていく。

 瞬く間に、リビングの床には数日分の物資が山のように積み上がった。


「――アルド師範!! 王都方面からの不自然な空間転移の連続反応を感じ、急ぎ駆けつけ……な、なんとっ!?」


 その時、剣を抜いた王室騎士団長のシルフィアがリビングに飛び込んできた。

 彼女は、空中の光る板を操作する僕と、次々と天井から降ってくる木箱の山に呆然としている師匠たちを見て、積み上がったジャガイモの袋の横にガクンと片膝をついた。


「な、なんという……ッ!!」


 シルフィア団長はワナワナと震えながら、天井の空間の穴を指差した。


「城壁という概念を完全に無視し、後方の補給基地から前線拠点へと、直接かつ瞬時に物資を投下し続ける『絶対的空中補給エア・ドロップ』……! これならば、敵の大軍に完全に包囲された絶望的な籠城戦であろうと、全軍の飢えを凌ぎ、無限に戦い続けることができる! アルド師範、貴殿の兵法はついに、兵站線へいたんせんを断つという戦術の基本すらも過去の遺物にしてしまったというのか!!」


 目をキラキラと輝かせる女騎士団長。

 一方で、ようやく全ての物資が投下され、空間の穴が閉じたのを見た師匠は、透け透けのローブの裾を握り締めながら虚無の表情を浮かべていた。


「……信じられない」


 師匠は、ワナワナと肩を震わせた。


「私……アルドと腕を組んで街を歩いて、すれ違う女たちに『あら、いい男ね』って思われるのをドヤ顔で牽制してイチャイチャする予定だったのに……。なんで私、薄暗い塔の中で、空から降ってくる木箱を延々と受け止める『荷揚げのオーガ』みたいな扱い受けてんのよっ!!」

「私など、ただの在庫の受け入れ係ですわ……。お忍びのデートが、倉庫番の苦行に変わりました……」


 師匠の絶叫と、セレスティアのうめき声がリビングに響き渡る。

 塔の備品は数分で完璧に補充されたが、彼女たちの淡い期待は木箱の下敷きとなって完全に潰れていた。


 僕のステータス画面には、新たに【遠隔市場網(Eコマース)】と【絶対的補給の支配者】という、どんな兵糧攻めだろうと空から物資を落として無効化してしまいそうな、狂気のロジスティクス・スキルが刻まれていた。


 やはり共同生活での買い出しとは、魔術よりも奥が深い。

 僕はさらなる修行の必要性を痛感しながら、目を輝かせるシルフィア団長に、とりあえず商業ギルドへの正確な支払い(自動引き落とし)の術式について教えるのだった。


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