第47話:密着指圧の誘惑と、疲労を粉砕する全自動揉み解し
自律型円盤(お掃除ロボット)による理不尽な床掃除から数時間後。
午後のお茶の時間を迎え、僕はリビングのソファーに腰掛け、一息ついていた。
「お疲れ様、アルド。午前の修行と掃除で、随分と肩が凝っているんじゃないかしら?」
ふわりと甘い香りを漂わせ、師匠であるエレノア・ヴェルベットが僕の背後に回ってきた。
本日の休息時装備は『魔力循環・指圧用薄衣』だという。しかし、その実態は背中が腰のあたりまで完全に開き、前面の布地も申し訳程度に胸の膨らみを覆っているだけの、およそ休まることのない破廉恥極まりない代物だった。
「いいえ、アルド様。疲労回復には、神の祝福を受けた聖女の膝枕こそが至高。さあ、私の太ももに頭を預け、全身の力を抜いてくださいませ」
僕の正面には、セレスティアがふんわりと座り込んでいた。
彼女の『神聖癒やし・奉仕用修道着』もまた、深くスリットが入っており、膝枕をするために正座をした彼女の太ももが、眩しいほど無防備に晒されている。
「し、師匠、セレスティア様……! いくら休息中とはいえ、お二人ともあまりにも無防備すぎます! それに、僕は自分でストレッチをしますから!」
「あら、全然分かってないわね」
またしても声が揃う二人。
師匠は僕の背後から肩へ手を伸ばし、セレスティアは正面から僕の頭を自身の太ももへと引き寄せようとした。
「魔術師の肉体的疲労は、他者の魔力を帯びた肌で直接揉みほぐすことで最も効率よく解消されるの。私の柔らかな胸を貴方の背中に密着させ、指先で優しくツボを押さえる『深層魔力指圧』は、極上の癒やしを与える神聖な儀式なのよ」
「な、なるほど……! 己の身を完全に他者に委ね、強烈な肉体的快楽に耐えながら精神の平穏を保つという、究極の忍耐修養!」
僕は深く頷いた。
ただの休息時間すらも、精神を鍛え上げるための過酷な修行の場だったとは。やはりお二人の魔術への探求心には頭が下がる。
(ば、馬鹿な! 前からは絶世の美女の膝枕、後ろからは豊満な胸の密着による同時マッサージだと!?)
そんなことをすれば、どうなるか。
前と後ろから迫る柔らかな弾力、密着する肌の熱、そして耳元で囁かれる甘い声。休息という大義名分の下で男としての「煩悩」が大暴走を起こし、僕の邪念という最悪の猛毒が、せっかくの癒やしの時間をドロドロの欲望で塗り潰してしまう!
(これも試練だ……! 『絶世の美女二人による肉体解放の誘惑』という、本能と理性を同時にトロトロに溶かす最強の罠。この極限状況下でも、決して相手に触れず、かつ完璧に肉体の疲労を取り除くという、超高度な回復テスト!)
僕は覚悟を決めた。
手で揉まれれば、必ず煩悩に支配され、過ちを犯す。
ならば、僕がマッサージを受けるのではなく、「慣れない掃除で疲れているであろう彼女たちを、一切の物理的接触なく完璧に揉みほぐす『自動指圧の座席』に座らせてしまえば」いいのだ。
「承知いたしました、お二人とも! 完璧な癒やしをお約束します!」
僕はソファーから立ち上がると、振り返って二人の背後にある空間に両手をかざした。
「えっ? ちょ、アルド様? 膝枕を避けて何をして――」
「術式展開――土属性魔法『生体構造把握』及び、風属性魔法『空気圧式全身揉み解し』!」
カチリ、と僕の魔力が、リビングの空間に「ふかふかの皮に覆われた、巨大で奇妙な形の椅子」を二脚、同時に生成した。
「さあお二人こそ、午前中の掃除で疲れているはずです! その椅子にお座りください!」
「座る!? ちょっと待っ――ひゃああっ!?」
僕が魔力で軽く二人の背中を押すと、師匠とセレスティアは巨大な椅子にすっぽりと収まった。
ウィィィィン……ゴリッ、ゴリゴリゴリッ!!
プシュウゥゥゥッ!!
静かなリビングに、およそ魔法使いの塔とは思えない、重厚な機械音と空気の抜ける音が響いた。
僕が構築した椅子は、二人の座った体重を感知すると同時に、背もたれから無数の「見えない土の指」を出現させ、背骨のラインに沿って完璧な力加減でゴリゴリと揉み解し始めたのだ。
さらに、脚部からは強烈な風の圧力が生じ、ふくらはぎを左右からギュウギュウと締め付けては離す、血流促進のポンプ運動を開始した。
「な、何これぇぇぇっ!? ああっ、そこっ、痛気持ちいいけど……っ!」
「わ、私の聖なる肩甲骨が……的確に、情け容赦なくゴリゴリと削られておりますわーっ!?」
椅子の放つ「一切の容赦がない、医学的に完璧な指圧」に、二人の悲鳴と嬌声が響く。
癒やし、揉み解し、そして強烈な空気圧による疲労物質の排出工程まで、一切の物理的接触なしで自動進行していく。二人は椅子のホールド力によって完全に拘束され、立ち上がることすらできない。
「――アルド師範!! リビングより重厚な岩石の駆動音を感じ、急ぎ駆けつけ……な、なんとっ!?」
その時、剣を抜いた王室騎士団長のシルフィアがリビングに飛び込んできた。
彼女は、巨大な椅子に拘束されたまま「ああっ」「ひゃあっ」と声を上げながら全身を揉みくちゃにされている師匠たちと、その横で涼しい顔でお茶をすする僕を見て、磨き上げられた床の上にガクンと片膝をついた。
「な、なんという……ッ!!」
シルフィア団長はワナワナと震えながら、全自動指圧椅子を指差した。
「負傷し疲労困憊した兵士を強制的に拘束し、有無を言わさず肉体を最適な状態へと造り変える『全自動強制回復陣』……! これならば、士気の落ちた兵士であろうと、一切の休養時間を与えずに即座に前線へと復帰させることができる! アルド師範、貴殿の兵法はついに、兵士の疲労すらも効率化の部品として組み込んだというのか!!」
目をキラキラと輝かせる女騎士団長。
一方で、ようやく十五分のマッサージコースが終了し、完全に骨抜きにされて椅子から崩れ落ちた師匠は、虚無の表情で床に突っ伏していた。
「……信じられない」
師匠は、ワナワナと肩を震わせた。
「私……アルドの背中に胸を押し付けて、『耳元で吐息を感じるでしょ?』ってイチャイチャする予定だったのに……。なんで私、オークの厨房でハンバーグ用に捏ね回される挽肉みたいな扱い受けてんのよっ!!」
「完全に……完全に体が軽くなりましたわ……。でも、心は驚くほど重傷です……」
師匠の絶叫と、セレスティアのうめき声がリビングに響き渡る。
二人の肉体は、一切の疲労もなく完璧な状態に仕上がっていたが、彼女たちのプライドは粉々に砕け散っていた。
僕のステータス画面には、新たに【全自動指圧機構】と【肉体疲労の強制執行者】という、どんな疲弊した軍隊だろうと椅子に座らせるだけで十五分で戦線に叩き返してしまいそうな、狂気の医療スキルが刻まれていた。
やはり共同生活での休息とは、魔術よりも奥が深い。
僕はさらなる修行の必要性を痛感しながら、目を輝かせるシルフィア団長に、とりあえず自身の肩こりの度合いに応じた正しい空気圧の調整方法を教えるのだった。




