第46話:四つん這いの誘惑と、床を這い回る全自動巡回清掃
聖女セレスティアとの共同生活も数日が経過し、魔女の塔での日々は常に油断のならない戦場と化していた。
僕が塔の一階にある広大なリビングに向かうと、そこには既に戦闘態勢に入った二人の姿があった。
「あらアルド、ちょうど良かったわ。少し床のホコリが気になってね、今から拭き掃除をするところなの」
師匠であるエレノア・ヴェルベットが、濡れた雑巾を手に床へ四つん這いになっていた。
本日の彼女の装備は『魔力同調・清掃用エプロン』。しかし、そのエプロンの下には下着すら身につけておらず、四つん這いの姿勢になることで、首元の隙間から豊満な果実が重力に従ってこぼれ落ちそうになっていた。さらに、背後から見れば、エプロンの紐しか存在しない無防備な腰周りが丸見えである。
「いいえ、アルド様。神聖なる居住空間の浄化は、聖女である私の役目。さあアルド様も、私の隣で一緒に床を磨き、清らかな汗を流しましょう?」
師匠の隣では、セレスティアが同じく四つん這いで床を拭く姿勢をとっていた。
彼女の『神聖浄化・奉仕用修道衣』は極端に丈が短く、床に這いつくばって腰を高く上げるそのポーズは、神への祈りというよりも、背後からの視線を強烈に意識した破廉恥極まりない誘惑の構えだ。
「し、師匠、セレスティア様……! いくら掃除中とはいえ、お二人ともあまりにも無防備すぎます! それに、床掃除なら僕がモップでやりますから立ち上がってください!」
「あら、全然分かってないわね」
またしても見事に声が揃う二人。
師匠と聖女は、四つん這いのまま艶めかしい視線を僕に向け、手招きをした。
「魔術師にとって、自らの手で居住空間の隅々まで触れ、マナの滞りを確認することは基本中の基本よ。こうして低い視線で肌を寄せ合い、同じリズムで床を拭く『同調清掃の儀』は、師弟の呼吸を合わせる神聖な修行なの」
「な、なるほど……! あえて最も無防備で屈辱的な姿勢をとり、埃にまみれながら己の虚栄心を捨てるという、究極の精神修養!」
僕は深く頷いた。
単なる床掃除すらも、己の驕りを戒めるための過酷な修行の場だったとは。やはりお二人の魔術への探求心には頭が下がる。
(ば、馬鹿な! この極限まで薄着の美女二人と、四つん這いで肩を並べて床を拭くだと!?)
そんなことをすれば、どうなるか。
すぐ隣で揺れる豊満な胸元。無防備に突き出された柔らかな曲線。掃除という大義名分の下で男としての「煩悩」が大暴走を起こし、僕の邪念という最悪の猛毒が、せっかく綺麗にした床を欲望の泥でベトベトに汚染してしまう!
(これも試練だ……! 『魅惑の四つん這いポーズによる同時誘惑』という、視覚と理性を同時に破壊する最強の罠。この極限状況下でも、決して対象を直視せず、完璧に塵一つない空間を作り上げるという、超高度な清掃テスト!)
僕は覚悟を決めた。
一緒に床を拭けば、必ず煩悩に支配され、過ちを犯す。
ならば、僕たちが手作業で掃除をするのではなく、「自律的に床を這い回り、一切の隙なく埃を吸い尽くす『自動巡回型の清掃陣』を放てば」いいのだ。
「承知いたしました、お二人とも! 完璧な空間浄化をお約束します!」
僕は四つん這いで待ち構える二人の前に歩み出ると、床に向けて両手をかざした。
「えっ? ちょ、アルド様? 雑巾を持たないで何をして――」
「術式展開――土属性魔法『自律浮遊円盤』及び、風属性魔法『真空吸引清掃』!」
カチリ、と僕の魔力が、リビングの床に直径三十センチほどの平べったい石の円盤を三つ、同時に生成した。
「さあお二人とも、危険ですから少し退いていてください! あとは彼らが隅々まで巡回します!」
「彼ら!? ちょっと待っ――ひゃああっ!?」
ウィィィィィィンッ……ガツンッ!!
静かなリビングに、およそ魔法使いの塔とは思えない、奇妙な駆動音が響いた。
僕が放った三つの円盤は、床からわずかに浮遊しながら猛スピードで滑り出し、手始めに四つん這いになっていた師匠の膝に容赦なく激突した。
「な、痛っ!? 何よこの石の塊っ!」
円盤は師匠の膝にぶつかると、くるりと方向を変え、今度は凄まじい吸引力を発しながらセレスティアの修道衣の裾を吸い込もうと突進した。
「きゃああっ!? わ、私の聖なる衣が、変な円盤に食べられそうになっておりますわ!?」
ウィィィィィィンッ! ガツンッ! ズォォォォォッ!
三つの自律型円盤は、部屋の壁や家具にぶつかっては正確に角度を変え、床の埃を真空の風で吸い尽くしていく。
しかし、床に四つん這いになっている師匠と聖女のことは、完全に「巨大な障害物」もしくは「巨大なゴミ」として認識していた。円盤たちは二人の足元に執拗にぶつかり、スカートの裾を吸い込み、避けても避けても追いかけてきては、容赦なく二人の下(床面)を通過しようとする。
「ちょ、来ないで! なんで私の膝下ばっかり執拗に狙ってくるのよっ!」
「ああっ、神聖なる祈りの姿勢を崩さないで……っ!」
二人の悲鳴と、円盤が障害物に激突する音がリビングに響き渡る。
「――アルド師範!! リビングより不規則な魔力の乱反射を感じ、急ぎ駆けつけ……な、なんとっ!?」
その時、剣を抜いた王室騎士団長のシルフィアがリビングに飛び込んできた。
彼女は、床を這い回る謎の円盤から逃げるように部屋の隅に追いやられた師匠たちと、ソファーの上からその様子を涼しい顔で眺める僕を見て、磨き上げられた床の上にガクンと片膝をついた。
「な、なんという……ッ!!」
シルフィア団長はワナワナと震えながら、埃一つなくなった床を滑る円盤を指差した。
「術者は安全圏から一歩も動かず、無数の自律型使い魔を放って地の利を掌握し、伏兵を炙り出す『広域自動索敵・掃討陣』……! これならば、罠が張り巡らされた迷宮であろうと、一切の犠牲を払わずに安全地帯を確保することができる! アルド師範、貴殿の兵法はついに、未知の戦場すらも居座るだけで制圧してしまうというのか!!」
目をキラキラと輝かせる女騎士団長。
一方で、ようやく円盤の魔力が切れ、石の塊となって床に転がったのを見た師匠は、ソファーの陰で乱れたエプロンを押さえながら虚無の表情を浮かべていた。
「……信じられない」
師匠は、ワナワナと肩を震わせた。
「私……四つん這いで床を拭きながら、胸の谷間を強調して『アルド、ここも汚れてるわよ』ってイチャイチャする予定だったのに……。なんで私、城の地下水路を這い回るお掃除スライムみたいな円盤に、何度も何度も膝カックンされて部屋の隅に追いやられてんのよっ!!」
「障害物……私が障害物扱い……っ。神の奇跡すら、あの執拗な体当たりには勝てませんわ……」
師匠の絶叫と、セレスティアのうめき声がリビングに響き渡る。
部屋の床は顔が映るほどピカピカに磨き上げられていたが、彼女たちのプライドは粉々に砕け散っていた。
僕のステータス画面には、新たに【自律巡回清掃機構】と【自動索敵の掃除屋】という、どんな複雑な迷宮の罠だろうと石の円盤を放り込むだけで全て起動させて破壊してしまいそうな、狂気の空間制圧スキルが刻まれていた。
やはり共同生活での清掃活動とは、魔術よりも奥が深い。
僕はさらなる修行の必要性を痛感しながら、目を輝かせるシルフィア団長に、とりあえず自律円盤の効率的な充電(魔力補充)ルートの引き方を教えるのだった。




