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第44話:川の字の誘惑と、密着を封じる立体隔離寝所



 聖女セレスティアが塔に滞在し始めた初日の夜。

 朝食、そして大浴場での激しい攻防(全自動洗浄)を経て、いよいよ一日の終わりである就寝の時間がやってきた。

 僕が自室の扉を開けると、そこには既に、部屋の半分を占める巨大な天蓋付きベッドを占拠している二人の姿があった。


「遅かったわね、アルド。さあ、私の隣に入りなさいな」


 シルクのシーツから上半身を乗り出した師匠エレノア・ヴェルベットが、妖艶に微笑んでシーツをめくった。

 彼女が纏っているのは『就寝時魔力同調・極薄ネグリジェ』。もはや布というより、霧のような薄絹を纏っているに等しく、寝返りを打つたびに豊かな胸元や太ももが危険なほど露わになる代物だ。


「いいえ、アルド様は私の隣ですわ。睡眠中こそ魂が最も無防備になる時間。聖女の私が添い寝をし、神聖なる体温で貴方を悪夢からお守りいたします」


 師匠の反対側には、セレスティアが優雅に横たわっていた。

 彼女の『神聖就寝衣』もまた、胸元から腹部にかけてが大胆に開いており、神への祈りよりも明らかな別の意図(誘惑)を感じさせる破廉恥な装いである。


「し、師匠、セレスティア様……! いくら就寝時とはいえ、お二人ともあまりにも無防備すぎます! それに、ここは僕の部屋のベッドです!」

「あら、全然分かってないわね」


 またしても見事に声が揃う二人。

 師匠と聖女は、ベッドの中央に一人分のスペースを空け、両側から僕を招き入れている。いわゆる「川の字」での就寝の要求だった。


(ば、馬鹿な! ただでさえ無防備になる睡眠中に、この極限まで薄着の美女二人に挟まれて朝まで過ごすだと!?)


 そんなことをすれば、どうなるか。

 寝返りを打つたびに触れ合う柔らかな肌。一つのシーツの中に充満する二人の甘い香りと熱気。就寝という大義名分の下で男としての「煩悩」が大暴走を起こし、僕の邪念という最悪の猛毒が、無意識下で二人の魔力回路を暴走させてしまう!


(これも試練だ……! 『左右からの同時添い寝』という、無意識の自制心すらも試される最強の誘惑。この極限状況下でも、決して相手に触れず、完璧な睡眠と魔力の清浄さを保つという、超高度な防衛テスト!)


 僕は覚悟を決めた。

 川の字で寝れば、必ず煩悩に支配され、過ちを犯す。

 ならば、僕が別の部屋に逃げるのではなく、「この巨大なベッドそのものを、互いの接触を物理的・空間的に完全に遮断する『独立階層構造』に改造してしまえば」いいのだ。


「承知いたしました、お二人とも! 完璧な就寝(安眠)をお約束します!」


 僕はベッドに潜り込む代わりに、ベッド全体を覆うように両手をかざした。


「えっ? ちょ、アルド様? パジャマに着替えないで何をして――」

「術式展開――空間魔法『三次元立体収納陣スリーディー・ラック』及び、結界魔法『完全防音・防護寝所カプセル・スリープ』!」


 カチリ、と僕の魔力が、寝室の空間そのものを縦に切り裂いた。


「さあお二人とも、おやすみなさい! 朝まで絶対に誰も干渉できない完璧な安眠空間です!」

「安眠!? 空間!? ちょっと待っ――ひゃああっ!?」


 ズズズンッ!!


 静かな寝室に、およそ就寝前とは思えない、地鳴りのような空間変動の音が響いた。

 僕が展開した魔力によって、巨大な一つのベッドが、見えない刃で縦に三分割され、そのまま空中に持ち上がって「三段ベッド」のような縦積みの構造へと変形したのだ。


 しかも、ただの三段ベッドではない。

 一段目(聖女)、二段目(僕)、三段目(師匠)のそれぞれの空間は、分厚い半透明の魔力結界(アクリル板のようなもの)で完全に箱状に密閉されている。外部からの音も、光も、匂いも、一切通さない。適温の空調だけが内部で循環する、一人用の『完璧な睡眠カプセル』である。


「な、何これぇぇぇっ!?」

「わ、私の声が……結界に弾かれてアルド様に届きませんわ!?」


 カプセルの中から、口パクで何かを叫びながら結界の壁をバンバンと叩く二人の姿が見える。(防音結界のおかげで声は全く聞こえない)。

 僕は真ん中の二段目のカプセルにするりと入り込み、完璧な静寂と適温に包まれながら、静かに目を閉じた。


「――アルド師範!! 寝室より凄まじい空間の歪みを感じ、夜警の途中に駆けつけ……な、なんとっ!?」


 その時、剣を抜いた王室騎士団長のシルフィアが寝室の扉を開け放った。

 彼女は、部屋の中央にそびえ立つ、半透明の結界で三段に積み上げられた異様な就寝カプセルと、その中で静かに寝息を立て始める僕の姿を見て、絨毯の上にガクンと片膝をついた。


「な、なんという……ッ!!」


 シルフィア団長はワナワナと震えながら、空中にそびえ立つ立体寝所を指差した。


「巨大な野営テント(ベッド)の専有面積を極限まで削り落とし、空間を縦に拡張することで兵士の居住区を確保する『超高密度立体陣地スタッキング・キャンプ』……! これならば、狭い洞窟や砦の中でも大軍を収容し、かつ個別の防音結界によって夜襲の混乱の連鎖を完全に防ぐことができる! アルド師範、貴殿の兵法はついに、兵士の睡眠空間すらも鉄壁の要塞へと昇華させたというのか!!」


 目をキラキラと輝かせる女騎士団長。

 一方で、結界の中からようやく僕の張った防音機能だけを解除することに成功した師匠は、虚無の表情で天井(三段目の結界)を見つめていた。


「……信じられない」


 師匠は、ワナワナと肩を震わせた。


「私……同じシーツの中でアルドの腕枕に包まれて、耳元で愛の言葉を囁いてイチャイチャする予定だったのに……。なんで私、錬金術師の工房で引き出しの中に綺麗に分類された『乾燥マンドラゴラ』みたいな扱い受けてんのよっ!!」

「神殿の地下宝物庫に封印される『呪われた遺物』じゃありませんのよ!? アルド様、出して! ここから出してくださいませ!」


 師匠と聖女の悲鳴が寝室に響き渡る。

 しかし、完璧な防音結界を再起動した僕の耳には、もはや安らぎの静寂しか届いていなかった。


 僕のステータス画面には、新たに【立体空間収納スタッキング】と【絶対安眠の守護者】という、どんな大軍隊の兵舎問題だろうと一瞬で解決し、不動産屋の概念を破壊しかねない、狂気の空間管理スキルが刻まれていた。


 やはり共同生活での就寝環境の整備とは、魔術よりも奥が深い。

 僕はさらなる修行の必要性を痛感しながら、目を輝かせるシルフィア団長に、とりあえず結界内での正しい寝返りの打ち方を教えるのだった。


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