第42話:朝食のあーんと、給仕を拒む全自動配膳
聖女セレスティアが「特別監査官」という名目で魔女の塔に居座り始めて、初めての朝が来た。
塔の一階にあるダイニングルームは、夜明けとともに始まった二人の女性による凄まじい魔力の衝突によって、壁のタイルがひび割れるほどの緊張感に包まれていた。
「さあ、アルド。貴方の好物のふっくら焼き立てパンよ。私が千切ってあげるから、さあ、口を開けてちょうだい」
テーブルの右側に陣取った師匠エレノア・ヴェルベットが、パンを指先で摘まみながら妖艶に微笑んだ。
本日の師匠の朝食時装備は『マナ循環効率化・朝用ネグリジェ』だという。
しかし、その実態は、薄手のシルク地が肌に吸い付くように密着し、肩紐が今にも滑り落ちそうなほど細い、もはや下着に等しい代物だった。彼女が前屈みになるたびに、豊かな胸の谷間がテーブルの上で大胆に主張している。
「いいえ、アルド様。朝の清浄なマナを摂取するには、聖女である私が祝福を込めた特製のスープが最適です。さあ、火傷しないように私がフーフーして差し上げますから、そのままあーんと……」
テーブルの左側には、セレスティアがぴったりと寄り添っていた。
彼女の『神聖回廊・礼拝用衣』もまた、胸元のボタンが大きく外され、脇腹から腰にかけての過激なスリットから雪のような素肌が覗く、師匠に負けず劣らずの破廉恥な装いだ。
「し、師匠、セレスティア様……! 朝からお二人とも、あまりにも無防備すぎます! それに、食事は自分の手で取りますから、どうか椅子にお戻りください!」
「あら、全然分かってないわね」
師匠と聖女が、まるで打ち合わせでもしたかのように声を揃え、尤もらしい魔術理論を語り始めた。
「魔導師の朝は、最も繊細な魔力の調整が必要なの。他者の手から直接栄養を摂取することで、マナの波長を強制的に外部へと同調させ、一日の活動に必要なバイオリズムを整える『経口魔力供給』は、古来より伝わる正当な修行なのよ」
「な、なるほど……! 己の自尊心を捨て、他者の慈愛という名の魔力を直接体内に取り込むことで、精神の柔軟性を養う究極の受容訓練!」
僕は深く頷いた。
朝食の時間すらも、己の器を広げるための過酷な修行の場だったとは。やはりお二人の魔術への探求心には頭が下がる。
(ば、馬鹿な! 左右から迫る薄着の美女二人に、至近距離で食べ物を口に運ばれるだと!?)
そんなことをすれば、どうなるか。
食べ物越しに伝わる二人の指先の熱や、耳元で囁かれる甘い吐息。そして視界を埋め尽くす露出度の高い絶景が、僕の理性を瞬時に焼き切る。朝食という大義名分の下で男としての「煩悩」が大暴走を起こし、僕の邪念という最悪の猛毒が、神聖なる食事を汚染し、不浄なエネルギーへと変質させてしまう!
(これも試練だ……! 『左右からの同時あーん』という、胃袋と理性を同時に攻め落とす最強の誘惑。この極限状況下でも、決して相手に触れず、効率的かつ清浄に食事を完遂するという、師匠(と聖女)からの超高度な補給テスト!)
僕は覚悟を決めた。
お二人の手から食べれば、必ず煩悩に支配され、過ちを犯す。
ならば、僕にお二人が給仕する必要がないように、「テーブルそのものを自律型の無人配膳システムに作り変えれば」いいのだ。
「承知いたしました、お二人とも! 完璧な朝食をお約束します!」
僕は差し出されたパンとスプーンを避けるように、椅子ごと一歩後ろへと下がった。
「えっ? ちょ、アルド様? 口を開けないで何をして――」
「術式展開――空間魔法『仮想領域投影』及び、無属性魔法『全自動物質転送配膳』!」
カチリ、と僕の魔力が、ダイニングテーブルの空中に光り輝く透明な板(魔力パネル)を生成した。
「さあお二人とも、そこに食べたいメニューをタッチしてください! 出来立てが直接、目の前に転送されます!」
「タッチ!? メニュー!? ちょっと待っ――ひゃああっ!?」
ピポッ、シュンッ!!
静かなダイニングに、およそ朝の食卓とは思えない、未来的な電子音が響き渡った。
僕が空中に構築した「魔力パネル(タッチパネル)」を聖女の手が偶然叩いた瞬間、キッチンに置いてあったスープ皿が空間を跳躍し、一瞬で僕の目の前に音もなく着席(着膳)したのだ。
さらに、テーブルの表面には魔力のレールが敷かれ、師匠の手から離れたパンが、目に見えないコンベアに乗って「自動回転寿司」のように僕の周りを規則正しく巡回し始めた。
「な、何これ!? 私が食べさせようとしたパンが、アルドの周りを高速で回ってて掴めないんだけど!?」
「私のスープも……アルド様の手元に吸い込まれるように移動してしまいましたわ!?」
二人の悲鳴がダイニングに響く。
僕は空中のパネルを軽やかに操作しながら、次々と転送されてくる料理を、誰の手も借りずに、かつ物理接触ゼロで口に運んでいった。
「――アルド師範!! 早朝より凄まじい魔力の波形を感じ、念のため武装して……な、なんとっ!?」
その時、重厚な甲冑の音を響かせながら、王室騎士団長のシルフィアがダイニングへと飛び込んできた。
彼女は、空中に浮かぶ光の板を指先で叩きながら無言で食事を済ませる僕と、その周囲をベルトコンベアのように回転し続けるパンを必死に追いかけている師匠たちの姿を見て、磨き上げられた床の上にガクンと片膝をついた。
「な、なんという……ッ!!」
シルフィア団長はワナワナと震えながら、空中の魔力パネルを指差した。
「給仕という『人為的な隙』を一切排除し、思考と同時に物資を前線(食卓)へと転送・循環させる絶対効率の兵站管理術『無人自動供給』……! これならば、猛毒や暗殺者の介在する余地を完全に断ち切り、全軍に寸分の狂いなく糧食を分配することができる! アルド師範、貴殿の武術はついに、平時の食事すらも鉄壁の防衛陣地へと変えたというのか!!」
「えっ? いえ、これはただの密着対策のセルフサービスでして……」
「謙遜されるな! 二人の美女による至高の奉仕という誘惑に目もくれず、自らを効率化の極致へと追い込むその鋼の自制心! 我が騎士団の遠征キャンプにも、ぜひその『全自動配膳パネル』を取り入れさせていただきます!!」
目をキラキラと輝かせる女騎士団長。
一方で、高速回転するパンをようやく掴み取った時には既に、僕が完食してパネルを閉じた後だった。師匠とセレスティアは、空っぽになったテーブルの上で、虚無の表情で互いを見つめ合っていた。
「……信じられない」
師匠は、はだけたネグリジェを直す気力もなく、ワナワナと肩を震わせた。
「私……アルドの口にパンを押し込んで、『美味しい?』って耳元で囁いてイチャイチャする予定だったのに……。なんで私、朝から回転寿司のレーンを全力で追いかける客みたいな扱い受けて、またあの金髪女の兵站研究の参考にされてんのよ……」
「おや、師匠? どうされましたか? 注文の品に品切れがありましたか?」
「アンタなんか……アンタなんか、一生ファミレスの厨房にでもこもってればいいのよぉぉぉっ!!」
師匠と聖女の絶叫が重なり、塔の朝はいつになく騒がしく明けていった。
僕のステータス画面には、新たに【全自動配膳システム(セルフ・サービス)】と【効率化の鬼】という、どんな大宴会だろうと一人で回し切り、既存の飲食店を全て廃業に追い込みかねない、神域の効率化スキルが刻まれていた。
やはり共同生活での食事管理とは、魔術よりも奥が深い。
僕はさらなる修行の必要性を痛感しながら、目を輝かせるシルフィア団長に、とりあえず「お一人様」でも気まずくない空間の作り方を教えるのだった。




