第41話:聖女の来訪と、接触を滑らせる絶対同極反発
魔女の塔の最上階。開け放たれた窓から、純白の馬車から降り立った金髪の少女がふわりと浮遊し、部屋の中へと舞い降りた。
彼女は、その可憐な容姿に似合わぬ膨大な神聖魔力を放ちながら、僕を熱を帯びた瞳で見つめ、優雅に修道服の裾をつまんで一礼した。
「突然の訪問をお許しください。我が名はセレスティア・ルミナス。西の大国、ルミナス聖教国の筆頭聖女を務める者です」
「ルミナス聖教国の、筆頭聖女……?」
僕が唖然と呟くと、セレスティアは頬をほんのりと朱に染め、両手を胸の前で組んだ。
「ああ……やはり間違いありません。貴方様こそ、あの日、私の魂の深層に直接繋がってくださった運命のお方……!」
セレスティアが両手を胸の前で組み、一歩踏み出す。
彼女が纏う『神聖回廊・巡礼用衣』は、一見すると清楚な純白の修道服だ。しかし、その実態は脇腹から腰にかけての布地が大きく欠損しており、歩くたびに深いスリットから雪のような太ももが覗くという、破廉恥極まりない代物だった。
「神の恩寵を余すことなく受信するためには、大気との隔たりを極限まで減らす必要があるのです」と彼女は微笑むが、それは僕の師匠、エレノア・ヴェルベットが常日頃から口にしている『魔力効率のための露出』という理屈と完全に一致していた。
「ちょっと、そこの小娘! いきなり人の塔に乗り込んできて、私の愛弟子に変な魔力通信を送らないでくれるかしら!?」
僕の傍らに立っていた師匠が、修羅の如き形相で前に出た。
極小のパレオという無防備な部屋着姿のまま、師匠の全身からは怒りによって黒く変質した魔力が立ち上っている。
「あら、エレノア様。貴女との師弟関係は存じております。ですが、アルド様の魂はより高次なる繋がり――すなわち、私との『星の導きによる婚姻』を求めていらっしゃるのです」
「……アンタ、今すぐその金髪、根元から焼き切ってやろうか?」
バチバチと激しい火花が散る二人。
だが、セレスティアは師匠の威圧を涼しい顔で受け流すと、再び僕の方へ向き直り、その豊かな胸元を強調するように両手を広げた。
「さあ、アルド様。今一度、私と『魂の同期』を完了させましょう。互いの肉体を密着させ、神聖なるマナを循環させるのです……さあ、私を強く抱きしめて!」
「させないわよ! アルド、こっちに来なさい! 魔力回路の主導権は師匠である私にあるわ。彼女より先に、私と『深層魔力同調』を行うのよ!」
師匠も負けじと両腕を広げ、僕の正面へと回り込んでくる。
右からは豊満な胸元を晒した聖女が、左からは極小パレオ姿で太ももを露わにした師匠が、同時に僕に向かって飛び込もうと身構えていた。
その言葉を聞いた瞬間、僕の脳内で最大級の警報が鳴り響いた。
(ば、馬鹿な! あんな神々しいオーラを放つ聖女と、絶大なる魔力を持つ師匠から、同時に強く抱きしめられるだと!?)
そんなことをすれば、どうなるか。
二人の極めて柔らかな体温と、甘い香りが僕の理性を瞬時に焼き切る。魂の同期という大義名分の下で、男としての『煩悩』が大暴走を起こし、僕の邪念という最悪の猛毒が、彼女たちの清浄な魔力回路を同時に汚染し、再起不能にさせてしまう!
(これも試練だ……! 『絶世の美女二人からの同時抱擁』という、信仰心すら揺るがす最強の誘惑。この絶対包囲網の中でも、決して相手に触れず、己の魔力を清浄に保つという、超高度な自制心テスト!)
僕は覚悟を決めた。
抱きしめられれば、必ず煩悩に支配され、過ちを犯す。
ならば、僕が逃げるのではなく、『僕自身の魔力の波長を彼女たちと完全に同調させ、磁石の同じ極同士のように絶対的な反発力を生み出せば』いいのだ。
「承知いたしました! お二人とも、完璧な同期をお約束します!」
僕は身構える代わりに、両手を下げたまま直立不動の姿勢をとった。
「えっ? ちょ、アルド様? 受け止めてくださらないの――」
「術式展開――無属性魔法『魔力波長完全同調』及び『絶対同極反発』!」
カチリ、と僕の魔力が、師匠と聖女の放つ魔力の性質を完璧に模倣し、瞬時に自身の表面へと定着させる。
「さあ、いつでも来てください!」
「アルドぉぉっ!!」
「アルド様ぁぁっ!!」
師匠とセレスティアが、同時に僕の胸を目掛けて飛び込んできた。
その柔らかな肉体が僕に触れようとした、まさにその瞬間。
ドムゥッ!!
目に見えない強烈な反発力が生じ、僕に抱きつこうとした二人の体は、まるで氷の上を滑るように『僕の体の表面に沿って』ツルンと滑り抜けた。
「きゃああっ!?」
「な、何これっ!?」
二人の体は空中で勢いよく交差すると、互いに激突することはなく、そのまま明後日の方向へと回転しながら飛んでいき、絨毯の上をゴロゴロと転がっていった。
「アルド様に触れようとした瞬間、見えない壁に弾かれるのではなく……体が勝手に横に滑っていきましたわ!?」
「くっ……魔力の極性が完全に一致しているせいで、磁石みたいに弾き飛ばされてるのよ! アルド、術を解きなさい!」
師匠とセレスティアが立ち上がり、再び僕に向かって突進してくる。
しかし結果は同じだった。彼女たちがどれほど強く抱きしめようと腕を回しても、僕の体に触れる寸前でヌルリと軌道が逸れ、虚しく空を掻き抱いては床に転がるだけである。
「な、なんという……ッ!!」
先ほどから部屋の隅で、お盆を持ったまま来訪者の様子を窺っていた王室騎士団長のシルフィアが、ティーカップをカチャカチャと震わせながら絨毯の上にガクンと片膝をついた。
彼女は、直立不動のまま微動だにしない僕と、僕に触れようとしては磁石のように反発して周囲をクルクルと滑り回り、床を転げ回っている師匠と聖女の姿を食い入るように見つめている。
「己は一歩も動かず、敵の闘気と自らの闘気を完全に同化させることで、いかなる猛攻をも摩擦ゼロで受け流す『無空の柳』……! これならば、四方八方からの同時攻撃であろうと、一切の体力を消耗せずに永遠に回避し続けることができる! アルド師範、貴殿の武術はついに、攻撃を『当てる』という概念すらも無に還したというのか!!」
目をキラキラと輝かせる女騎士団長。
一方で、何度突進しても僕に触れられず、息を切らして床に座り込んだ師匠とセレスティアは、信じられないものを見る目で僕を見上げていた。
「……はぁ、はぁ。アルド様、どれほど強固な魂の壁を持っておいでなのですか……。ですが、諦めませんわ。私は、隣国との正式な使節として、今日からこの魔女の塔に長期滞在することが決定しておりますのよ」
「……はぁぁっ!?」
セレスティアの言葉に、師匠が素っ頓狂な声を上げた。
聖女は優雅に立ち上がり、ふっと妖艶な笑みを浮かべた。
「さあ、24時間体制での『同期作業』の始まりです。明日こそは、貴方の魔力の壁を突破し、私の愛で満たして差し上げますわ、旦那様!」
「ふざけないで! 私の塔に泥棒猫を住まわせるもんですか!」
僕のステータス画面には、新たに【同極反発】と【絶対非接触の体現者】という、どんな軍勢の突撃だろうと全て横に受け流してしまいそうな、完全なる回避スキルが刻まれていた。
やはり他国からの使節の応対とは、魔術よりも奥が深い。
僕はさらなる修行の必要性を痛感しながら、目を輝かせるシルフィア団長に、とりあえず磁石のS極とN極の基本的な仕組みについて教えるのだった。




