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第40話:魅惑の膝枕と重力を拒む絶対浮遊、そして空からの来訪者

新キャラ出ます。



 古代の地下迷宮『崩石の遺跡』から無事に帰還し、魔女の塔には数日ぶりの穏やかな日常が戻っていた。

 午後下がり。塔の最上階にある師匠エレノア・ヴェルベットの私室に呼ばれた僕は、ふかふかの絨毯の上で信じられない光景を目の当たりにしていた。


「さあ、アルド。迷宮探索の疲れを癒やしてあげるわ。ここへ来て、横になりなさいな」


 絨毯の上にぺたりと女の子座りをした師匠が、ポンポンと自身の上に手招きをしている。

 本日の彼女の室内装備は『治癒促進型・極小パレオ(部屋着)』だという。

 しかし、その実態は、ゆったりとした薄絹のトップスに、腰に布切れを一枚巻いただけの代物だった。彼女が座ることで布は完全にまくれ上がり、雪のように白く柔らかな『太もも』が、一切の障害物なく剥き出しになっている。


「し、師匠……! いくら疲労回復のためとはいえ、そのお姿は……あまりにも無防備すぎます! 風邪を引いてしまいますよ!」

「あら、全然分かってないわね」


 師匠は艶やかな吐息を漏らし、手にした『魔鳥の羽の耳かき』を揺らしながら尤もらしい魔術理論を語り始めた。


「脳の疲労を取り除くには、頭部をマナの豊富な『生体クッション』に委ねるのが一番なのよ。そして、聴覚から直接魔力を注ぎ込むには、波長の合う魔術師同士が密着し、柔らかな太ももの上で心音を感じながらリラックスすることが不可欠なの」

「な、なるほど……! 己の羞恥心を捨て、自らの肉体を極上のクッションへと変える究極の回復魔術!」


 僕は深く頷いた。

 弟子の疲労を労うため、自らの太ももを差し出す大魔女の慈愛。やはり師匠は偉大だ。

 だが、それは同時に『膝枕ひざまくら』という、男の理性を根底から破壊する悪魔の誘惑でもあった。


(ば、馬鹿な! あの剥き出しの柔らかな太ももに僕の後頭部を預け、あまつさえ至近距離で師匠の顔を見上げながら耳かきをされるだと!?)


 そんなことをすれば、どうなるか。

 後頭部に伝わる極上の弾力と体温、そして見上げれば確実に視界に入るであろう、重力に従って垂れ下がる胸元の絶景。

 疲労回復という大義名分の下で男としての『煩悩』が大暴走を起こし、僕の邪念という最悪のノイズが、師匠の純粋な癒やしのマナを黒く淀ませてしまう!


(これも試練だ……! 『膝枕での耳かき』という母性とエロスの結晶のような誘惑。この絶対包囲網の中でも、決して相手に触れず、己の精神を清浄に保つという、師匠からの超高度な自制心テスト!)


 僕は覚悟を決めた。

 太ももに頭を乗せれば、必ず煩悩に支配され、過ちを犯す。

 ならば、僕が頭を乗せるのではなく、『自らの肉体にかかる重力を完全にゼロにし、師匠の太ももの数センチ上で宙に浮き続ければ』いいのだ。


「承知いたしました、師匠! 完璧な疲労回復をお約束します!」


 僕は師匠の太ももに向かって倒れ込む代わりに、直立した姿勢のまま、静かに目を閉じた。


「えっ? ちょ、アルド? 座らないで何をして――」

「術式展開――重力魔法『局所重力無効化ゼロ・グラビティ』及び『完全姿勢制御ジャイロ・バランサー』!」


 カチリ、と僕の魔力が、僕自身の肉体にかかる星の引力を完全に断ち切った。


「さあ師匠、いきますよ!」

「いくって、何が――ひゃああっ!?」


 スーッ……ピタッ。


 僕の体は直立姿勢のまま、まるで目に見えない糸で操られる人形のように、空中で九十度回転して横たわった。

 そして、頭から足先まで床と完全に平行になった状態で、師匠の太ももの『真上わずか三センチ』の空間でピタリと静止したのだ。


「な、何これ!? アルドの頭が、私の太ももの上で完全に浮いてるんだけど!?」


 師匠の悲鳴が部屋に響く。

 僕は目を閉じたまま、空中でピーンと体を張り詰めていた。体重は一グラムたりとも師匠の太ももに乗っていない。完全なる非接触の膝枕エアーである。


「さあ師匠、頭部の固定は完了しました! いつでも耳かきをどうぞ!」

「いや、無理よ! あんたの頭が空中に浮いてるから、私の手も空中でキープしなきゃいけなくて、腕がプルプル震えるんだけど! 危なくて耳かきなんてできないわよ!」


 空中の僕の耳を狙おうとして、不自然な姿勢で腕を上げる師匠が涙目で抗議してくる。


「――失礼する! アルド師範、エレノア殿、淹れたての紅茶をお持ちし……な、なんとっ!?」


 その時、コンコンとノックの音と共に扉が開き、お盆を持った王室騎士団長のシルフィアが入ってきた。

 彼女は、空中で木の板のようにピーンと横たわって浮遊している僕と、その下で腕をプルプル震わせながら耳かきを持て余している師匠の姿を見て、お盆をサイドテーブルに置き、絨毯の上にガクンと片膝をついた。


「な、なんという……ッ!!」


 シルフィア団長はワナワナと震えながら、重力を無視して浮遊する僕を指差した。


「己の肉体を大地から完全に切り離し、いかなる振動や不意打ちをも許さない『虚空(こくう)臥竜がりょう』……! これならば、寝込みを襲う地の底からの刺客であろうと、罠が敷き詰められた毒の沼地であろうと、意に介さず完璧な休息を取ることができる! アルド師範、貴殿はついに、大地の法則すらも拒絶して眠りにつくというのか!!」


 目をキラキラと輝かせる女騎士団長。

 一方で、一人太ももを晒したまま、空中に浮く僕の頭を見上げていた師匠は、虚無の表情で耳かきを床に落とした。


「……信じられない。私……アルドの頭を優しく撫でながら、『いつも頑張ってるわね……』って膝枕でイチャイチャする予定だったのに……なんで私、マジックショーの人体浮遊イリュージョンの助手みたいなことさせられてるのよ……」


 師匠がワナワナと肩を震わせ、僕の空中に浮くおでこに向かって拳を振り上げようとした、まさにその時だった。


 ――ドゴォォォォォォンッ!!!


 突如として、塔の周囲の大気が凄まじい魔力によって激しく震え、窓ガラスがビリビリと鳴動した。

 いつもの僕の暴走魔法ではない。外部からの、圧倒的で神聖なマナの奔流だ。


「な、何事だ!?」


 シルフィア団長が剣を抜き、窓の外を見下ろす。僕も空中に浮いたまま(姿勢制御を保ちながら)窓の外へ視線を向けた。

 魔女の塔の中庭。そこに降り立ったのは、四頭の白銀の天馬ペガサスに引かれた、王族のそれよりもさらに豪奢で神聖な、純白の馬車だった。


 ガチャリ、と馬車の扉が開き、一人の少女が降り立つ。

 太陽の光を編み込んだような金糸の髪。純白の修道服に身を包み、その背後には後光のような魔力の輪が浮かび上がっている。

 彼女は塔の最上階の窓――僕のいる部屋――を真っ直ぐに見上げ、その可憐な両手を胸の前で組んだ。


『ああ……ようやく、ようやく見つけました……!』


 距離が離れているにもかかわらず、彼女の澄んだ声は、魔力通信テレパシーとなって僕たちの脳内に直接響き渡った。


『あの日……王立学院の大講堂で、私の魂の奥底まで直接、パスワードなしの神聖なる繋がり(フリーWi-Fi)を結んでくださった、私の運命のお方……!』


「……は?」

「えっ?」


 師匠とシルフィア団長が、同時に間の抜けた声を漏らす。

 少女は頬を真っ赤に染め、恍惚とした表情で天を仰いだ。


『神の導きにより、貴方様の御妻(みめ)となるべく参りました! どうか私を、貴方様の専用回線にしてくださいませ、アルド様ぁぁっ!!』


 ――王立学院での「絶対無線同期マナ・ワイファイ」。

 あの時、講堂にいた五百人の生徒たちの中に、とんでもない電波(信仰)を受信してしまった他国の『聖女』が混ざっていた事実を、僕たちはまだ知らなかった。


「……アルド?」


 僕の下で太ももを晒していた師匠が、地鳴りのような低い声を出した。

 見下ろすと、師匠の瞳からハイライトが消え、修羅のような暗黒のオーラが立ち上っている。


「なんか下から、やべー女が『正妻』とか名乗って押し掛けてきてるんだけど……アンタ、王都で私の目を盗んで、一体どんな破廉恥な『通信』をしてきたのよ……?」

「し、師匠! 誤解です! 僕はただ、空間にフリーWi-Fiを飛ばしただけで――」


 重力を切って浮遊していた僕の体が、師匠の放つ凄まじい魔力(殺気)の引力によって、ズンッ!と床に引きずり下ろされる。

 完璧な防衛線を敷いていたはずの魔女の塔に、今、かつてない波乱の幕が上がろうとしていた。


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