第39話:崩壊する迷宮と、抱擁を拒む絶対物流配送
神代の鉄巨兵を資源ゴミへと解体し、最深部の祭壇から目的の『神代の魔導書』を手に入れた直後だった。
突如として、地下迷宮の空間全体が激しく揺れ始めた。
「主を失ったことで、遺跡の自壊プログラムが作動したようです! 天井が落ちてきますぞ!」
大剣を構えたシルフィア団長が、頭上から降り注ぐ瓦礫を弾き飛ばしながら叫んだ。
どうやら、古代の迷宮特有の『お宝を取ったら崩壊するお約束』の真っ最中らしい。
激しい地響きと粉塵が舞う中、師匠であるエレノア・ヴェルベットがフラフラと僕のそばへ駆け寄ってきた。
彼女の装備は、相変わらず胸元が全開の『高感度エコー・スーツ(極薄の全身ラバースーツ)』のままである。
「ああっ……! 瓦礫が降ってきて、これじゃあ走って逃げられないわっ!」
師匠はわざとらしく足をもつれさせ、僕の胸に飛び込むような姿勢でしなだれかかってきた。
そして、上目遣いで僕を見つめながら、艶やかな吐息を漏らして叫んだ。
「アルド! 早く私をお姫様抱っこして! 貴方のその逞しい腕で私を強く抱きしめながら、崩れゆく迷宮を間一髪で駆け抜けて! ……絶対に、私を離しちゃダメよ?」
それは、吊り橋効果(極限状態でのドキドキ)を最大限に利用した、アクションラブコメにおける『決死の脱出ハグ』の強要だった。
その言葉を聞いた瞬間、僕の脳内で最大級の警報が鳴り響いた。
(ば、馬鹿な! この足場の悪い崩壊現場で、あの全身ラバースーツ姿の師匠を抱きかかえ、あまつさえ激しく揺れながら地上まで疾走するだと!?)
そんなことをすれば、どうなるか。
走るたびに腕の中で弾む師匠の柔らかな体と、死の恐怖による心拍数の上昇(吊り橋効果)。
緊急事態という大義名分の下で男としての『煩悩』が大暴走を起こし、僕の邪念という最悪の猛毒が、極限状態で活性化している師匠の魔力回路を完全に焼き切ってしまう!
(これも試練だ……! 『崩壊する迷宮での決死の抱擁』という、男のヒロイズムを刺激する最強の誘惑。この極限状況下でも、決して相手に触れず、無傷で地上へ送り届けるという、師匠からの超高度な輸送テスト!)
僕は覚悟を決めた。
抱きかかえて走れば、必ず煩悩に支配され、過ちを犯す。
ならば、僕が抱えて走るのではなく、『師匠を外部からの衝撃を一切通さない完璧な荷物として梱包し、地上へと直接配送(出荷)してしまえば』いいのだ。
「承知いたしました、師匠! 完璧な救出(配送)をお約束します!」
僕は師匠を抱きとめる代わりに、彼女の周囲の空間に向けて両手を広げた。
「えっ? ちょ、アルド? 抱っこしないで何をして――」
「術式展開――無属性魔法『衝撃完全吸収緩衝材』及び、空間魔法『指定座標強制転送』!」
カチリ、と僕の魔力が、師匠の全身を覆い尽くすように物質を生成する。
「さあ師匠、一瞬で地上へお届けしますよ! 割れ物注意です!」
「お届け!? 割れ物!? ちょっと待っ――ひゃああっ!?」
ポンッ! シュルルルルルッ!
崩壊する迷宮に、およそ魔法とは思えない、梱包材を巻くような軽快な音が響き渡った。
僕が生成した無数の『魔力的な気泡シート(いわゆるプチプチ)』が、師匠のラバースーツの上から何重にもグルグル巻きになり、彼女の体を身動き一つ取れない完全な円柱状の『荷物』へと変えたのだ。
さらに、その上から見えない魔力の段ボール箱がスッポリと被せられ、頭頂部には『天地無用・ワレモノ注意』の赤い魔法陣(伝票)がペタリと貼り付けられた。
「ぎゃあぁぁぁっ!? な、何これ!? 私、プチプチで簀巻きにされて箱詰めされてるんだけど!?」
師匠のくぐもった悲鳴が箱の中から響く。
直後、足元の空間に転送陣が開き、梱包された師匠(荷物)は「ズボォッ!」という掃除機に吸い込まれるような音と共に、遥か上空の安全な地表へと産地直送で出荷されていった。
「アルド師範! 今、崩落する天井を斬り払い……な、なんとっ!?」
背中合わせで瓦礫を凌いでいたシルフィア団長が、振り返った瞬間に師匠が梱包材で簀巻きにされて出荷される光景を目撃し、崩れゆく床の上にガクンと片膝をついた。
「な、なんという……ッ!!」
シルフィア団長はワナワナと震えながら、空っぽになった転送陣を指差した。
「要人を抱えて逃げるという『護衛の足枷』を捨てるため、対象そのものを絶対に壊れない『荷物(物資)』へと変換し、安全圏へ強制転送する『究極の兵站退却』……! これならば、術者の体力や足場に左右されず、生存率百パーセントで対象を退避させることができる! アルド師範、貴殿の武術はついに、人命救助を完全に物流の領域へと昇華させたというのか!!」
「えっ? いえ、これはただの密着対策の産地直送でして……。さあ、団長も梱包しますよ」
「なんと! 私まで極上の荷物として扱っていただけるとは、騎士の誉れ!!」
目をキラキラと輝かせる女騎士団長を素早くプチプチで梱包し、出荷する。僕自身も同じ手順で地上への転送を完了させた直後、眼下の地下迷宮は完全に崩落し、深い地底へと沈んでいった。
* * *
地上の森の中。
安全な草原の上に並んで転送された三つの段ボール箱。
僕が魔力を解除すると、プチプチの包装がシュルリと解け、中から完全に無傷の師匠が現れた。
「……信じられない」
師匠は、静電気でまとわりつくプチプチの破片を払い落とし、ワナワナと肩を震わせた。
「私……瓦礫の中でアルドに抱きかかえられて、『俺から離れるな!』って強引に守られながらイチャイチャする予定だったのに……。なんで私、割れ物の壺みたいな扱い受けて緩衝材でぐるぐる巻きにされて、魔法の宅配便で地上にポイって出荷されてんのよ……」
「おや、師匠? どうされましたか? 配送時の揺れが気になりましたか?」
「アンタなんか……アンタなんか、一生倉庫で荷物の仕分けでもしてればいいのよぉぉぉっ!!」
師匠はラバースーツを擦り鳴らしながら、涙目で魔女の塔の方角へと走り去っていった。隣で箱から出てきたシルフィア団長は「なんと見事な開梱からの素早い陣形展開! これも包装による完璧な疲労回復のおかげか!」と的外れな感嘆の声を上げている。
僕のステータス画面には、新たに【完全梱包】と【神速の物流業者】という、どんな巨大なドラゴンだろうと生きたまま箱詰めして隣国に送りつけられそうな、狂気の運送スキルが刻まれていた。
やはり迷宮からの緊急脱出とは、魔術よりも奥が深い。
僕はさらなる修行の必要性を痛感しながら、目を輝かせるシルフィア団長に、とりあえずプチプチの正しい潰し方による精神統一の方法を教えるのだった。




